「…………お姉ちゃん」
「リベカ……」
――姉妹が、対面を果たす。
林を抜けた先、そこにソフィーが立っていた。
早く会いたい。けれど会うのが怖い。
そんな葛藤を思わせるような、中途半端な場所に立っていたソフィー。
結局、心の準備など出来なかったようで、今にも泣きそうな、それ以上に罪悪感に塗りつぶされそうな、そんな複雑な顔をしている。
リベカはリベカで、目の前に立つソフィーを見て硬直している。
呼吸すら危ういくらいに緊張して、静止画のようにぴくりとも動かない。
そんな二人を、教会の庭にいる面々が遠巻きに眺めている。
時間が止まっているかのような錯覚。
それを、壊す。
「ほれ。会いに行ってやれ」
リベカの背中をぽんと押す。
ほんのそれだけの小さな力で、世界は再び流れ始める。
勢いよく。一気に。
「お姉ちゃんっ!」
「リベカッ!」
リベカが走り出し、迎えるようにソフィーが駆け出す。
ちょうど中間くらいの場所で二人は出会い、力一杯抱きしめ合う。
「……うぅっ!」
リベカの嗚咽が聞こえる。
折角メイクした顔を、ソフィーの胸に埋めてぐりぐりとこする。
温もりを、感触を、匂いを確認するように、全身でソフィーにしがみつく。
「ごめん……ごめんね、リベカ」
掠れながらも、絞り出された謝罪の言葉。
それをリベカは、首を振って否定する。
「つらい思い、させたよね」
首を振る。
「お姉ちゃんのこと……怨んでる?」
全力の否定。
髪を振り乱して首を振る。
「寂しかった?」
そして、全力の肯定。
「私も…………ずっと、会いたかったっ!」
抱きしめる腕に力を入れて、全力でリベカを引き寄せる。
もう二度と手放さないと体で示すように。
リベカも小さな腕を必死に伸ばして、ありったけの力でソフィーにしがみつく。
そして、魂から発せられる声で、姉を呼ぶ。
「お姉ちゃぁぁああん!」
「リベカ……っ!」
そこから先は、言葉はなかった。
ただただ、互いの温もりを確かめ合うように肌を寄せ、時折互いのウサ耳をこすりつけるようにぶつけて、二人は二人だけの時間を過ごした。
外野の連中が何人か泣いてやがる。
ロレッタが目を真っ赤に染め、ジネットは目尻を押さえ、ウーマロがバカみたいに号泣している。
「しばらく、二人きりにさせてあげよう」
「だな」
エステラの手が俺の肩を叩く。
二人の邪魔をしないように、少し迂回して庭へと出る。
みんなと合流して、視線だけを交わし、少し、笑う。
感動しているところ悪いんだが、こっちはこっちで、そろそろ準備を始めなきゃいけないんでな。しんみりしてる暇はない。
さて、どうやってこのしんみり空気を払拭しようかと思った矢先。
「むはぁあ!? なんですかマグダっちょ、そのちょっとハイソな雰囲気のオシャレメイクは!?」
ロレッタの素っ頓狂な声がこだました。
「……まぁ、なんというか。接客業のプロとしての……嗜み?」
「ぬゎあ!? なんだかマグダっちょが、遙か高みから物凄い全力で見下してくるです!? ズルいです! あたしも! あたしもオシャレメイクしたいです!」
「……大丈夫。ロレッタはそのままでも十分可愛いから」
「余裕に満ちあふれた発言です!? 明らかに自分の優位を確信した者の発言です、それは!」
まぁ、予想通りというか、ロレッタならそういう反応をするだろうなとは思ったが……このタイミングでやるとは思わなかったぞ。
「ぬっはぁぁあああ!? マ、マグダたんが薄っすらメイクをぉぉ!? ま、眩し過ぎて直視できないッスー!?」
あぁ、もう一人騒がしいのがいた。
「……今日のマグダはと・く・べ・つ」
「撃ち抜かれたッスー! ハートがズギューンで木っ端微塵ッスー!」
じゃあもう朽ち果てちゃえばいいのに。
「……くすっ」
「……ぷふっ」
「「あははははは!」」
ソフィーとリベカが揃って笑い声を上げる。
「くすくす……もう、本当に楽しい人たちですね……」
「アホなのじゃ、揃いも揃ってアホばっかりなのじゃ」
抱き合って、額を寄せ合って、仲睦まじく笑い合う姉妹。
六年の時間は、もう埋まったみたいだな。
あとは、ゆっくり取り返していけばいいさ。時間はいくらでもある。
「ん~~~! おねーちゃーん!」
「リベカァ~~~!」
「「んふふふふふふ~!」」
……いや、ちょっと怖いかも。もうちょっと普通に出来ないかな、そこの姉妹?
ほら、頭こすりつけてぐりんぐりんしない!
なんかテンションの上がり過ぎた室内犬みたいな、アクロバティックな甘え方とかしないの!
「リ~~~~ベ~~~~…………カッ!」
と、ぽ~んと空高く放り投げられるリベカ。
思いっ切り放り投げたな、ソフィー!? 獣人族のパワー、フル活用してない!? なんか4メートルくらい飛んでんだけど!?
「ぉねぇぇぇぇぇ………………ちゃんっ!」
と、落下してくるリベカ。
ソフィー、見事キャッチ!
雑伎団か!?
「仲良しさんなんですね」
微笑ましそうに見つめるジネット。
いや、あれ一歩間違ったら家庭内暴力だから。ドメスティックバイオレンスだぞ、もはや。
「リベカさん。ごきげんよう」
「あっ! シスターの婆さん! ご機嫌なのじゃ!」
「こら、リベカ。シスターバーバラに失礼でしょう。きちんと挨拶なさい」
「む……うむ。わしは大人じゃからの。挨拶はきちんとするのじゃ」
ソフィーに叱られ、耳をぴんっと立てるリベカ。
姉に怒られるのも久しぶりなんだろう。きちんと言うことを聞くらしい。
「お招きありがとうなのじゃ、シスターの婆さん」
おい、「婆さん」が直ってねぇぞ、リベカ!?
「はい。よく出来ました」
出来てないよ、ソフィー!?
いかん……あの姉、妹に甘々だ。教育はバーサに丸投げの方がよさそうだな。
「お元気そうで何よりです、シスターバーバラ」
「あら。バーサさん。あなたもお元気そうで」
バーサとバーバラが挨拶を交わす。
共に、ホワイトヘッドの娘を預かる身。話も合いそうだ。
「寒い朝にヒザが痛くなることな~い?」
「あら、あるのよ。今朝もね~」
「どこで話が合ってんだ、ババアども!?」
そういや年齢も近いし、話、合いまくるだろうな!
「ヤシロ様」
「ヤシロさん」
「「ババアだなんて失礼ですよ、こちらの方に」」
「二人揃って『自分は違うけど』なスタンスの発言してんじゃねぇよ!」
どっちもババアだよ! 漏れなく! ハズレなく!
「そうでした。本日はささやかならが、差し入れをお持ちしたんです」
「まぁ、お気遣いいただいて。ありがとうございます」
麹工場のまとめ役、兼リベカの給仕としてのバーサと、教会のシスターであるバーバラ。
どちらも敬語なのだが、言葉の纏う雰囲気がそれぞれに違う。
礼儀に厳しそうな印象を与えるバーサに対し、とことんまで柔和な印象のバーバラ。
「ヤシロ様からのご依頼で、久しぶりに甘酒を造ってみました」
「まぁ~っ、懐かしいわねぇ、甘酒! 私、大好きだったのよ。こっちに来たばかりの時はよく大通りのお店でいただいて」
「それは、中路地を過ぎた先にあった赤い屋根のお店?」
「そうそう! 甘酒処『あま甘』」
「『あま甘』懐かしいわねぇ~。ほら、あのお店、売り子さんのエプロンが」
「そうなの、可愛くて!」
「お隣の花屋さん覚えてる?」
「あら、そうだったわね。たしか昔はあそこが花屋さんで」
「懐かしいわね~」
「ねぇ~」
……と、こうなってくると同じ生き物に見えてくるな、このババアたち。
昔はあぁだったこうだったトークに花が咲いたようだ。敬語もなくなって、当時の口調で話してやがる。
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