異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

227話 リベカとソフィー -2-

公開日時: 2021年3月23日(火) 20:01
文字数:2,987

「…………お姉ちゃん」

「リベカ……」

 

 ――姉妹が、対面を果たす。

 

 林を抜けた先、そこにソフィーが立っていた。

 早く会いたい。けれど会うのが怖い。

 そんな葛藤を思わせるような、中途半端な場所に立っていたソフィー。

 結局、心の準備など出来なかったようで、今にも泣きそうな、それ以上に罪悪感に塗りつぶされそうな、そんな複雑な顔をしている。

 

 リベカはリベカで、目の前に立つソフィーを見て硬直している。

 呼吸すら危ういくらいに緊張して、静止画のようにぴくりとも動かない。

 

 そんな二人を、教会の庭にいる面々が遠巻きに眺めている。

 

 時間が止まっているかのような錯覚。

 それを、壊す。

 

「ほれ。会いに行ってやれ」

 

 リベカの背中をぽんと押す。

 ほんのそれだけの小さな力で、世界は再び流れ始める。

 勢いよく。一気に。

 

「お姉ちゃんっ!」

「リベカッ!」

 

 リベカが走り出し、迎えるようにソフィーが駆け出す。

 ちょうど中間くらいの場所で二人は出会い、力一杯抱きしめ合う。

 

「……うぅっ!」

 

 リベカの嗚咽が聞こえる。

 折角メイクした顔を、ソフィーの胸に埋めてぐりぐりとこする。

 温もりを、感触を、匂いを確認するように、全身でソフィーにしがみつく。

 

「ごめん……ごめんね、リベカ」

 

 掠れながらも、絞り出された謝罪の言葉。

 それをリベカは、首を振って否定する。

 

「つらい思い、させたよね」

 

 首を振る。

 

「お姉ちゃんのこと……怨んでる?」

 

 全力の否定。

 髪を振り乱して首を振る。

 

「寂しかった?」

 

 そして、全力の肯定。

 

「私も…………ずっと、会いたかったっ!」

 

 抱きしめる腕に力を入れて、全力でリベカを引き寄せる。

 もう二度と手放さないと体で示すように。

 リベカも小さな腕を必死に伸ばして、ありったけの力でソフィーにしがみつく。

 そして、魂から発せられる声で、姉を呼ぶ。

 

「お姉ちゃぁぁああん!」

「リベカ……っ!」

 

 そこから先は、言葉はなかった。

 ただただ、互いの温もりを確かめ合うように肌を寄せ、時折互いのウサ耳をこすりつけるようにぶつけて、二人は二人だけの時間を過ごした。

 

 外野の連中が何人か泣いてやがる。

 ロレッタが目を真っ赤に染め、ジネットは目尻を押さえ、ウーマロがバカみたいに号泣している。

 

「しばらく、二人きりにさせてあげよう」

「だな」

 

 エステラの手が俺の肩を叩く。

 二人の邪魔をしないように、少し迂回して庭へと出る。

 みんなと合流して、視線だけを交わし、少し、笑う。

 

 感動しているところ悪いんだが、こっちはこっちで、そろそろ準備を始めなきゃいけないんでな。しんみりしてる暇はない。

 さて、どうやってこのしんみり空気を払拭しようかと思った矢先。

 

「むはぁあ!? なんですかマグダっちょ、そのちょっとハイソな雰囲気のオシャレメイクは!?」

 

 ロレッタの素っ頓狂な声がこだました。

 

「……まぁ、なんというか。接客業のプロとしての……嗜み?」

「ぬゎあ!? なんだかマグダっちょが、遙か高みから物凄い全力で見下してくるです!? ズルいです! あたしも! あたしもオシャレメイクしたいです!」

「……大丈夫。ロレッタはそのままでも十分可愛いから」

「余裕に満ちあふれた発言です!? 明らかに自分の優位を確信した者の発言です、それは!」

 

 まぁ、予想通りというか、ロレッタならそういう反応をするだろうなとは思ったが……このタイミングでやるとは思わなかったぞ。

 

「ぬっはぁぁあああ!? マ、マグダたんが薄っすらメイクをぉぉ!? ま、眩し過ぎて直視できないッスー!?」

 

 あぁ、もう一人騒がしいのがいた。

 

「……今日のマグダはと・く・べ・つ」

「撃ち抜かれたッスー! ハートがズギューンで木っ端微塵ッスー!」

 

 じゃあもう朽ち果てちゃえばいいのに。

 

「……くすっ」

「……ぷふっ」

「「あははははは!」」

 

 ソフィーとリベカが揃って笑い声を上げる。

 

「くすくす……もう、本当に楽しい人たちですね……」

「アホなのじゃ、揃いも揃ってアホばっかりなのじゃ」

 

 抱き合って、額を寄せ合って、仲睦まじく笑い合う姉妹。

 六年の時間は、もう埋まったみたいだな。

 あとは、ゆっくり取り返していけばいいさ。時間はいくらでもある。

 

「ん~~~! おねーちゃーん!」

「リベカァ~~~!」

「「んふふふふふふ~!」」

 

 ……いや、ちょっと怖いかも。もうちょっと普通に出来ないかな、そこの姉妹?

 ほら、頭こすりつけてぐりんぐりんしない!

 なんかテンションの上がり過ぎた室内犬みたいな、アクロバティックな甘え方とかしないの!

 

「リ~~~~ベ~~~~…………カッ!」

 

 と、ぽ~んと空高く放り投げられるリベカ。

 思いっ切り放り投げたな、ソフィー!? 獣人族のパワー、フル活用してない!? なんか4メートルくらい飛んでんだけど!?

 

「ぉねぇぇぇぇぇ………………ちゃんっ!」

 

 と、落下してくるリベカ。

 ソフィー、見事キャッチ!

 雑伎団か!?

 

「仲良しさんなんですね」

 

 微笑ましそうに見つめるジネット。

 いや、あれ一歩間違ったら家庭内暴力だから。ドメスティックバイオレンスだぞ、もはや。

 

「リベカさん。ごきげんよう」

「あっ! シスターの婆さん! ご機嫌なのじゃ!」

「こら、リベカ。シスターバーバラに失礼でしょう。きちんと挨拶なさい」

「む……うむ。わしは大人じゃからの。挨拶はきちんとするのじゃ」

 

 ソフィーに叱られ、耳をぴんっと立てるリベカ。

 姉に怒られるのも久しぶりなんだろう。きちんと言うことを聞くらしい。

 

「お招きありがとうなのじゃ、シスターの婆さん」

 

 おい、「婆さん」が直ってねぇぞ、リベカ!?

 

「はい。よく出来ました」

 

 出来てないよ、ソフィー!?

 

 いかん……あの姉、妹に甘々だ。教育はバーサに丸投げの方がよさそうだな。

 

「お元気そうで何よりです、シスターバーバラ」

「あら。バーサさん。あなたもお元気そうで」

 

 バーサとバーバラが挨拶を交わす。

 共に、ホワイトヘッドの娘を預かる身。話も合いそうだ。

 

「寒い朝にヒザが痛くなることな~い?」

「あら、あるのよ。今朝もね~」

「どこで話が合ってんだ、ババアども!?」

 

 そういや年齢も近いし、話、合いまくるだろうな!

 

「ヤシロ様」

「ヤシロさん」

「「ババアだなんて失礼ですよ、こちらの方に」」

「二人揃って『自分は違うけど』なスタンスの発言してんじゃねぇよ!」

 

 どっちもババアだよ! 漏れなく! ハズレなく!

 

「そうでした。本日はささやかならが、差し入れをお持ちしたんです」

「まぁ、お気遣いいただいて。ありがとうございます」

 

 麹工場のまとめ役、兼リベカの給仕としてのバーサと、教会のシスターであるバーバラ。

 どちらも敬語なのだが、言葉の纏う雰囲気がそれぞれに違う。

 礼儀に厳しそうな印象を与えるバーサに対し、とことんまで柔和な印象のバーバラ。

 

「ヤシロ様からのご依頼で、久しぶりに甘酒を造ってみました」

「まぁ~っ、懐かしいわねぇ、甘酒! 私、大好きだったのよ。こっちに来たばかりの時はよく大通りのお店でいただいて」

「それは、中路地を過ぎた先にあった赤い屋根のお店?」

「そうそう! 甘酒処『あま甘』」

「『あま甘』懐かしいわねぇ~。ほら、あのお店、売り子さんのエプロンが」

「そうなの、可愛くて!」

「お隣の花屋さん覚えてる?」

「あら、そうだったわね。たしか昔はあそこが花屋さんで」

「懐かしいわね~」

「ねぇ~」

 

 ……と、こうなってくると同じ生き物に見えてくるな、このババアたち。

 昔はあぁだったこうだったトークに花が咲いたようだ。敬語もなくなって、当時の口調で話してやがる。

 

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