異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

186話 キツネvsキツネ -3-

公開日時: 2021年3月18日(木) 20:01
文字数:2,700

「あ、返事が来たッスよ」

 

 ウーマロの言葉に頭上を見上げると、スーッと電動かというようなスムーズな動きで木箱が下降してくる。

 いや、恐れ入ったよ、このスムーズな動き。

 

 かと思いきや、着地間際になって「ガコンッ、ガコンッ!」と、木箱が激しく暴れ始めた。

 

「何やってんッスか!?」

「お、おかしいさね!? こんなはずじゃ……!」

 

 慌てて駆け寄り、木箱をキャッチするノーマとウーマロ。

 ノーマはすぐさま柱の裏側に回り、制御盤的な何かを検査している。覗き込んだら、大小様々な歯車がかっちり噛み合っていた。かなり複雑な作りになっているっぽいな。

 

「歯車の精度が悪いんじゃないッスか?」

「そ、そんなはずないさね! この歯車は、ヤシロにも褒められたヤツさよ!」

 

 ちょいちょいと、金物の精度を見てくれとノーマは俺のもとへやって来る。

 最初はハサミみたいな単純ながらも精度を上げるのが難しい物で、最近はこういう歯車にまで進化していた。

 歯車は、歯の形状や間隔が均等でないと役に立たない、非常に難しいパーツだ。

 最近、ノーマの歯車はかなりの精度を誇るようになっており、俺も一目置いていたところだ。

 

 ……けどまぁ、失敗もあるわな、そりゃ。

 

「調子に乗って作業を疎かにしたんじゃないんッスか?」

「そんなことないさね!」

「まぁ、歯車は難しいからな。たまにはこういうこともあるだろうよ」

「ほら! ヤシロもこう言ってるさよ!」

「ヤシロさんがそう言うなら……そういうもんなんッスねぇ」

 

 いや、だからなんなの、俺へのこの信頼?

 機械工作の神か何かだとでも思ってるのか?

 

「おにーちゃーん! お手紙入ってたー!」

 

 こっちが整備の話をしている間に、ハムっ子たちが木箱を勝手に開けて中身を持ってきた。

 ……もう自分たちの仕事のつもりでいやがるな。気の早いお子様たちだ。

 

「何か送り返すー!」

「一人二人乗り込んで、一緒に送るー!」

「人は乗せちゃダメだぞ」

 

『BU』には通行税という制度がある。

 荷物を持っていないとはいえ、許可されたルート以外から区内へ侵入すれば心象が悪くなる。最悪、密輸入を疑われても文句は言えない。

 人の行き来は、領主間の合意が行われるまで控えるべきだ。

 

「人はダメだってー!」

「残念ー!」

「乗りたかったー!」

「人権保有者は不許可ー!」

「なら人権放棄するー!」

「今日から名実ともにお荷物ー!」

「「「ぅわ~い! それは名案やー!」」」

「こらこらこらっ!」

 

 新しいオモチャで遊びたいがために人権を放棄するんじゃない!

 ……つか、オモチャじゃねぇから!

 

「「「みんなでガッコンガッコンしたかったー」」」

「ガッコンガッコンはすぐ直すさよ!」

「「「えぇー! ぶーぶー!」」」

「ぶーぶー言うんじゃないさね!」

「「「めぇええええっ!」」」

「なんでヒツジさね!?」

 

 あぁ……ヤンボルドの悪ふざけがハムっ子に感染している……いや、伝承か?

「なんでヒツジだ」のくだりに、すげぇ既視感があるよ、俺は。

 

 それはそうと、上から手紙が返ってきているようなので、そいつに目を通してみる。

 

「あれ?」

 

 手紙は、二通あった。

 一つは、ウーマロが送りつけたチェック項目の入った紙。

 そしてもう一通は……

 

「毒々しいまでにハートマークの飛び交った封筒ッスね……」

「俺宛てじゃありませんように俺宛てじゃありませんように俺宛てじゃありませんように……」

「残念ッス。思いっきり『ヤシぴっぴへ』って書いてあるッス」

「ほぉ~、ウーマロお前『ヤシぴっぴ』なんて呼ばれることがあるのかぁ」

「確実にヤシロさんのことッスよね!? オイラに擦りつけようとしても無理があるッスからね!」

 

 ちっ……。

 マーゥルから、俺宛ての手紙だった。

 この毒々しいまでのハート飛び交う封筒は、一種のお茶目なのだろう。

 ……俺の感覚では『嫌がらせ』に該当するけどな。

 

 しくしくと痛む心臓をなんとか抑えつけ、封を切る。

 中には、これまた毒々しいまでに可愛らしい便箋が入っており、そんな可愛らしさを帳消しにするような達筆な文字が筆で書かれていた。

 

 

『ヤシぴっぴ。無事、トレーシーちゃんとは会えたかしら? どう? いい娘でしょう? 私と趣味が似ているから、きっとヤシぴっぴとも話が合うと思うわ。少し難しい娘だけれど、とてもいい娘よ。面倒を見てあげてね』

 

 

 ……そういや、マーゥルがトレーシーとは「趣味が似ている」と言っていたが……その趣味ってのは、アレか? 四十二区マニアとか、そういうことか?

 確かに、どっちも四十二区ウォッチングとか好きそうだけどな。目的こそ違うんだろうが。

 

 俺たちが接触しやすいというようなことも言っていたし、まぁ、そういうことなんだろう。

 

 

『それと、素敵な出会いをありがとうね。彼、アッスント君。話の分かる、とても頭のいい子だわ。ソラマメの流通が大きく変わるかもしれないわね。その点も、惜しみない感謝を込めておくわね』

 

 

 ……アッスント君って。

 あのアッスントが「いい子」扱いとか……どんだけ器デカいんだよ、あのオバサンは。

 まぁ、あえて「オバサン」ぶることで、有利な立ち位置に立とうとしてるんだろうが……アッスントですら手を焼く相手かもしれないな、アレは。

 

 

『あの頑固な麹職人を口説き落とすなんて、なかなかの手腕よ。ヤシぴっぴ、素敵なお友達がいるのね。羨ましいわ』

 

 

 はっはっはっ、面白い冗談だ。俺とアッスントが友達なんてな、はっはっはっ……けっ。

 

 

『もし、ヤシぴっぴも麹職人に会う気があるなら、二十四区の領主に手紙を書いてあげるわ。いつでも言ってね。あ、でも心配しないで、それを恩に着せるつもりはないの。これは、豆板醤のお礼。それが完成すれば、二十九区のソラマメの需要は飛躍的に上がるもの。手紙くらいいくらでも書くわ。感謝しているの。本当よ』

 

 

 なんでかな……マーゥルに言われると、すげぇ胡散臭い。

 乾いた笑いが自然と零れる中、先を読み進めると――

 

 

『任せて。二十四区の領主とは昔ちょっといろいろあったから、少しのわがままくらいは聞いてもらえるわ、きっと』

 

 

 ――そんな、不穏なことが書かれていた。

 ……何があったんだよ。聞きたくもねぇけど。

 

 

「とりあえず……エステラに相談するか」

 

 二十四区の領主。そして、麹職人。この二人に会いに行く。

 マーゥルの手紙から察するに、麹職人は二十四区にいるのだろう。たしか、二十四区は大豆で儲けている区だったはずだから……なるほどな、味噌を生み出した区ってわけだ。

 

「こらー! あんたたち! メンテしてんだから、木箱に乗るんじゃないさねっ!」

 

 怒声が飛び、そちらへ目をやると……

 

「上へまいりま~す!」

「「まいられよー!」」

 

 ハムっ子が数人、木箱に乗り込んでわくわくした顔をさらしていた。……遊ぶなっつぅの。

 

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