厨房には、この後の披露宴用の料理が並べられている。
もっとも、まだ準備段階ではあるが。……この後のことを思うとゾッとするね。
陽だまり亭を出ると、店の前に大きな馬車が止まっていた。
こいつで教会まで移動するのだ。
乗り込むのは、新郎新婦と、俺とジネットとエステラ。そしてネフェリーに妹たち。
「……マグダは、一足先に教会へ行っている」
言い残して、マグダが全速力で駆けていく。
……速いなぁ、相変わらず。
「はぁ……いよいよですね。緊張します」
「大丈夫。僕が隣にいるからね」
震えるウェンディの手を、セロンが握る。
爆ぜ…………いや、今日だけは……今日だけは、大目に見てやる。ふん。
緩やかな速度で馬車が動き出し、教会への道を進んでいく。
街道沿いに、多くの人が詰めかけていた。
四十二区の小さな教会では、当然全員を収容することなど出来ない。
式に参加できない者は一目でも新郎新婦の姿を見ようと詰めかけたのだ。
馬車が見えると、次々に歓声が上がった。
まぁ、こいつらは式に参加しないからな。
ドレスを見せても問題ないだろう。
心持ち、馬車の速度を落とし、お披露目を兼ねてパレードのアンコールを行う。小規模ではあるが、感触は上々。
いたるところから「綺麗」だの「素敵」だのいう声が聞こえてくる。
そうだお前たち。そうやってウェディングドレスに憧れを抱くのだ!
「いつか、私が結婚する時も、あんなドレスが着たい!」とな!
さほど遠くはない距離をゆっくり移動し、やがて馬車は教会へとたどり着く。
「お兄ちゃん、こっちで…………わぁっ、凄まじい美しさです、ウェンディさん!」
馬車を出迎えてくれたロレッタが、目をまんまるに見開いている。
パレードの時のドレスとは雰囲気が違うからか、圧倒されているようにも見える。
「セロンさんにはもったいないです……」
「おい、滅多なこと言うなよ。こんなめでたい席で」
ホント、こいつ怖いわ。
ロレッタの隣にいるマグダは、先ほど見たから落ち着いたもんだ。……って、もしかしたら、無表情なだけで、圧倒されていたのかもしれんがな。
「……職務室にシスターがいる。三人はそっちに回って」
礼拝堂は、外から直接出入り出来るドアと、談話室の方から入れる出入り口の二つがある。
俺たちは普段使用している玄関を通り、職務室でベルティーナと落ち合い、共に談話室側からのドアを通って礼拝堂へ入る予定だ。
その後、ベルティーナは祭壇の前へ。
エステラは領主席へ。
俺とジネットはドアの前へ行き、内側から礼拝堂のドアを開ける。
するとそこには、スタンバイしていた新郎新婦が立っており、結婚式がスタートする。
そんな段取りだ。
ドアの前に新郎新婦をスタンバイさせて、対応はロレッタとマグダに任せる。
「礼拝堂がパンパンになるくらいの客入りです」
「客入りとか言うなよ。商売じゃねぇんだから」
招待『客』とは、言うけどさ。
「ヤシロ。少し急ごう。招待客をあまり待たせるわけにもいかないからね」
「そうだな。ジネット」
「はい」
俺とジネットで、ウェンディの頭にベールを被せる。
ミリィが厳選した美しい花の飾りがついた、純白の薄いベールがウェンディの顔を上品に隠す。
「おぉ……すごく綺麗になったです」
「……魅力度30%増し」
「くす……ありがとうございます、お二人とも」
少し照れて、ウェンディがロレッタとマグダに礼を述べる。
なんだか、そんな仕草すらも可憐に見える。
「んじゃ、あとはしっかり頼むぞ、二人とも」
「……任せて」
「大船に乗ったつもりでいてほしいです!」
そして、こっちの二人にも。
「いよいよだが、緊張するなよ?」
「はい」
「セロンがいれば、私も平気です」
すっかり頼もしくなった返事をもらった。
「妹たちも、頑張れよ」
「「「はーい! おまかせあれー!」」」
そんな面々を、礼拝堂のドアの前に残して、俺たちは職務室へと向かった。
職務室では、ベルティーナが穏やかな笑みを湛えて俺たちを待ち構えていた。
いつもよりも豪華な服を身に纏い、マイナスイオンがバンバン出ていそうな清らかなオーラを振り撒いている。正直、俺がゾンビだったらこの人には近付かない。それくらいに神聖な雰囲気がベルティーナを取り巻いていた。
「シスター。綺麗です」
「うふふ。ありがとうございます、ジネット。ですが、私が綺麗でも仕方がないのですよ、今日は」
「そうでしたね。ふふ。でも、素敵ですよ」
「あなたのドレスも、とても可愛いですよ」
褒め合う親子。
実に似た者同士だ。
……食欲だけは似ませんように食欲だけは似ませんように食欲だけは似ませんように。
当然だが、俺もジネットもエステラもオシャレをしている。
俺はありきたりなスーツなので省略するが、ジネットのカクテルドレスやエステラの豪華なドレスはそれ自体が素晴らしく、また着る人物の魅力によって魅力度が増し増しになっていることだけははっきりと言っておきたい。
花嫁を食ってしまわないように控えめにしてこれなのだ。……こいつらがウェディングドレスを着た日には、失神するヤツが続出してもおかしくない。
……隣に立つヤツが誰かによっては、暴動が起こるかもしれんがな。
「緊張はしてないか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。普段通り、シスターとしての職務を全うするだけです」
そういうベルティーナだが、やはり緊張していないわけはない。微かにだが、表情が強張って見える。
不安に思うところもあるのだろう。
「とはいえ、本音を隠さず言うと……少し不安なことがあるんです」
「なんだ。俺でよかったら話くらい聞くぞ」
「はい……実は、式中にお腹が鳴ってしまいそうな気がするんです」
「バナナでも齧ってろ!」
「式中に、いいんですか?」
「今だよ、今っ!」
なんで結婚式をバナナ片手にやろうとしてんだよ!?
人前に立つんだぞ、お前も!?
「それじゃ、ボクは先に行くから、二人とも、健闘を祈るね」
エステラめ、逃げやがったな。
まったく。ベルティーナの操縦は結構難しいんだぞ。
「きちんと出来たら、ウェディングケーキを少し大きく切り分けてやる」
「やります! 一分の隙もなく、完璧に!」
……この食いしん坊シスターは…………
なんてな。
こいつがセロンたちの結婚を蔑ろにするわけがない。
きっと、最高の式をプレゼントしてくれるに違いない。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
俺とジネットは並び立ちベルティーナを伴って歩き出す。
ドアをくぐり、礼拝堂へと入る。
「ぅお……」
「ゎあ……」
そこには、入り切らんばかりの招待客がひしめいていてビックリだ。
よくもまぁこれだけ集められたもんだ。
何人かの見知った顔が俺たちに手を振ってくるが、そういうのは一切無視だ。
祭壇の前にベルティーナを誘導して、俺とジネットは揃ってヴァージンロードの横を歩いていく。
一応、新婦よりも先にヴァージンロードを踏まないように気を付けてな。
「準備はいいか?」
「はい」
小声で打ち合わせて、俺とジネットは同時にドアを開いた。
「わぁ……」
「おぉ……」
そうして、礼拝堂に感嘆の息が漏れる。
招待客の視線がすべてウェンディへと注がれる。
本来なら、新郎は先に祭壇前まで行き、新婦を待ち、新婦は父親と共にヴァージンロードを歩むのだろうが……父親がチボーなのでそれはやめた。
おそらくウェンディが笑い出してしまう。
なので、今回は披露宴のお色直しよろしく、新郎新婦が並んで入場し、ヴァージンロードを歩いてくることにした。
セロンたちがヴァージンロードを歩き始めた頃、マグダとロレッタが俺たちと合流する。
全員が揃ったところでドアを閉める。
あとは、見学させてもらおうか。
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