「ルシアってのは、獣人族に対して厳しい態度を取ったりするのか?」
差別という露骨な表現は避けておいた。キャルビンが完全にこちら側だという保証もないしな。
相手への非難はしない方が賢明だ。
「獣人族に厳しい…………と、いいますか…………個人的には、あまり好ましいと思えない方では、ありますね……なんかすみませんけど……」
ほぅ……
キャルビンの顔に深いシワが刻まれる。
やはり、何か好ましくない扱いを受けているようだ。
ここは単刀直入に聞いてみるべきだろう。
「何か、嫌な思いでもしたのか?」
「何度もこちらにはお邪魔しているのですが…………ルシア様は、むっちりとした素晴らしい太ももをお持ちなのに、一度も、たったの一度も踏みつけてくださらなくてぇぇぇえええぃやぁぁああああいあんくろーは楽しくないですぅ!」
つまり、こいつがルシアに対して抱いている不満は、こいつ自身の歪みまくった性癖を満たしてくれないからというなんとも自分本位な、犯罪すれすれの不満なのだ。
俺が言えることはただ一言。
知ったこっちゃねぇよ、そんなもん!
ジネットだってな! あんな爆乳を毎日見せつけておいて、一回も揉ませてくれないんだぞ!? そういうものなんだよ、世の中ってのは!
「あれあれぇ~? な~んだか、楽しそうなことしてるねぇ~」
キャルビンの頭がい骨を陥没させるくらいの意気込みでアイアンクローをかましていると、館の方からのんびりとした声が聞こえてきた。
「マーシャ」
「あ~、エステラ~! わぁ、店長さんも~!」
海漁ギルドのギルド長。ホタテ貝ブラジャーが今日も眩しい、美形人魚のマーシャだ。
いつもの移動水槽を、今日は見たこともない女が三人掛かりで押している。給仕の衣装を着た女性たちで、エプロンにはギルベルタの胸についているのと同じ紋章が描かれている。
ルシアのところの給仕たちなのだろう。
給仕たちの顔を観察するも、視線が合うことは一切なかった。
こいつらはいつもこんなに無表情なのだろうか?
なんというか……物凄く厳しい教育がされているような、そんな感じだ。
規律を乱すな。歯を見せるな、ふざけるな……みたいなな。
こちらを見ない給仕から視線を外し、マーシャへと視線を移す。と、こちらはバッチリと目が合った。
「ヤシロ君も、やほ~!」
「やほ~って……」
「あ、それ、素手で触るとばっちいよぉ?」
『それ』と、キャルビンを指さして言う。……あ、ずっとアイアンクローかましてた。
そうか。これやっぱ、ばっちぃのか。
「マーシャ。汚れた手を浄化させてくれないか?」
と、両手を広げてもにもに動かしてみる。
ちょうど、この両手がジャストフィットしそうなたわわな膨らみが目の前に二つもある。是非、それをっ!
「ん~、残念だけどぉ~、エステラの目が怖いから、無理かなぁ~」
にこにことした笑みを浮かべるマーシャを見ながら、俺の背筋に冷たい汗が伝い落ちていく。
……首筋に、鋭い刃が突きつけられている。
「……気配を完全に消せるとは…………腕を上げたな、エステラ」
「お褒めの言葉、ありがとう。さぁ、そのばっちぃ手を下ろしてもらおうか?」
おかしいなぁ。こういう場面だと、逆に「手を上げろ」って言われるもんなんだけどなぁ。
しょうがないので手を下ろす。……フリをして、エステラの服で拭く。
「ぎゃあ! やめてよ、ばっちぃ!」
「はぁはぁ……なんか、すみませんっ!」
「あ~、ダメだよぉ~、エステラ~。罵ると、喜んじゃうからぁ~」
いつもの移動水槽の中で、マーシャが下半身を妖艶にくねらせている。
水槽の中の水が揺らめいて、マーシャの鱗に光が反射する。それは玉虫色に輝く宝石のような輝きで、とても綺麗だった。
水に入っている時のマーシャは本当に美しい。泳いでいるところを見たら、もっとそうなのかもしれないと思わせるほどだ。
「あっ! や~だもぅ、ヤシロ君。またおっぱいばっかり見てぇ~!」
「濡れ衣だっ!」
「さすがと思う、私は。絶対にブレない、おっぱいの人」
「だから、濡れ衣だっつうの!」
俺はもっとマクロな視点でだな、水の陰影とか、海との調和とか、果ては世界平和のもたらす恩恵とかまで考えていたというのに……えぇい、もういい! 谷間をガン見するっ!
「谷間をガン見しながら濡れ衣も何もないと思うけど?」
バカめ、エステラ。
順序が逆なのだ! 結果、そこにたどり着いただけで!
「ところでマーシャ。何か不愉快なことはされなかったか?」
「おっぱいガン見とかぁ~?」
「はっはっはっ。それは別に不愉快じゃないだろう」
「ポジティブだよねぇ~、ヤシロ君はぁ~☆」
マーシャはいつも通りの軽い笑顔を浮かべている。
不快感や苛立ちなどは感じさせない……っていうか、マーシャはいつもそうなんだけどな。
「ルシアと仲はいいのか」……と、聞きたいのだが、マーシャの移動水槽を押している給仕が邪魔で話を切り出しにくい。
だから、「不愉快なことはなかったか」と聞いたのだが……はぐらかされたのか……でなければ、本当にマーシャとここの領主ルシアは友好な関係にあるのか…………いかん。情報が少な過ぎて推測すら出来ん。
「ヤシロ君は、ルシア姉に会いたいの?」
ルシア『姉』か……
マーシャがわざわざそう呼ぶってことは、それなりに敬うべき相手だと認識してるということだろう。……やっぱ、ちょっと怖い人なのかもしれないな。
「そうだな。是非とも会ってみたい」
「う~ん。頼んだら会ってくれるんじゃないかなぁ? ねぇ、ギルベルタちゃん?」
「分かりかねます、私には。マーシャ様との密会の日でした、今日は。言われていました、私は、誰も通すなと。知られると困る、密会。だから」
う~ん。たぶん秘密にしなきゃいけないこと全部漏らしちゃってるよな、この給仕長……こいつはいい情報源だな。懇意にしておこう。
「それじゃあ、頼んできてあげたらぁ?」
「まぁ、マーシャ様が言うなら、変わるかも、状況が。一度聞くしてきても構わない、私が」
「うんうん。優しいねぇ、ギルベルタちゃんは」
「わっほい、思う。私は」
わっほい思っちゃったか。
なんだろうな、このカタコト給仕長……ちょっと可愛らしく見えてきた。
「俺からもよろしく頼むぜ、優しいギルベルタ」
「……おっぱいを見ながら言うのは失礼思う、私は」
「見てねぇわ!」
ここにも、風評被害を撒き散らすヤツがいたか。
「自重するべき、おっぱいの人は」
「出来るかっ!」
「いや、出来るだろう。というか、しなよ、自重は……」
ちょっとだけギルベルタ口調が移ってるぞ、エステラ。
あと、自重とかよく分かんない。
「では、ルシア様に聞いてくる、私は。ここで少し待つ、いいと思う、あなたたちは」
ここでしばし待てと言い残して、ギルベルタは館へと入っていった。
ツルの一声……ではないだろうが、マーシャが言うとすんなり話が進むんだな。
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