異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

232話 昔と今と、老人と若者と -3-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:4,191

「ドニス。お前ほどの男なら、もう分かっているかもしれんが……」

 

 と、持ち上げることで、ドニスを驚けない状態にする。

 これで「え、そうなの!?」と間抜けなことは言えない。冷静を装わなければいけない。

 そこに付け込む。深く深く思案する暇を与えず、事実を最短ルートで脳へと叩き込む。

 

「このリベカが、実は――」

「ワシのことを!?」

「最短ルートで明後日の方向に行くんじゃねぇよ!」

 

 なわけあるか!

 年齢考えろ! 何回り下だ!?

 

「フィルマン!」

「はい!」

 

 フィルマンが駆けてきて、リベカの隣に並び立つ。

 若干、リベカを背に庇うように。……盗られねぇから心配すんなって。

 

「ん…………なるほど。そういうことか」

 

 さすがに、この状況で察しがついたようだ。

 視線を送ると、フィルマンが力強く頷いた。

 

「リベカさんが素晴らしいのは腋だけでなく、ヒザの裏もです!」

 

 殴っておいた。脇腹を。

 

「……い、痛いです……ヤシロさん」

「お前らのその病気って遺伝すんの? 親子関係でもないのに同じ症状って、一族全部呪われてんじゃね?」

 

 真面目な話をしてんだよ。

 

「……ヤシロが真面目に見えるなんて……二十四区、大丈夫なのかな?」

 

 向こうの席でエステラが呟く。ばっちり聞こえてるからな? 覚えてろよ。

 

「フィルマンよ。お前は、このリベカ殿と……」

「はい。結婚したいと、思っています」

 

 正面切って、言い切った。

 リベカも、恥ずかしそうに俯きながらも、明確な首肯を見せる。

 

「どうか、僕たちの結婚を認めてください!」

 

 最難関の壁。

 それに立ち向かうフィルマン。

 

 ドニスはそんなフィルマンの顔をじっと見つめ、ついでリベカに視線を注ぎ……まぶたを閉じた。

 

「これで、お前がワシに反発していた理由が分かった……」

 

 次期領主にしようとあれこれ教えるも、なかなか身が入らなかったフィルマン。

 身を固めさせようとしても反発してきたフィルマン。

 それらの原因を知り、ドニスは腑に落ちたという表情で一度、大きく頷いた。

 

 そして……

 

「…………納得できんな」

 

 否定的な言葉を述べる。

 

「今この場で『はいそうですか』と認めるわけにはいかんな」

「な、なぜですか……!?」

 

 ごくりと、誰かがつばを飲み込む。

 緊迫した空気が辺りを包み、息を殺してみんなが見守る。

 

「なぜだと? 分からんのか。その娘は……」

 

 

『亜人ではないか』

 

 

 その言葉が飛び出せば、この結婚はなくなるかもしれない。

 もっとも、そうならないように俺がフォローをするつもりではあるが、それでも、リベカやソフィー、バーサを含めた麹工場の連中の心にはしこりが残るだろう。

 

 ドニス。お前は何を言うつもりだ――

 

「その娘は、まだ九歳じゃないか! 幼過ぎる!」

「おいこら、同じ穴のジジイ!」

 

 おのれも九歳の少女にガチプロポーズした経験があんだろうが!

 

「しかし、常識的に考えて、九歳の少女を嫁に欲しいなどと……病気だとしか思えないではないか!」

「俺の知り合いの窓辺がよく似合う貴族から、物凄く似たような話を聞いたんだが?」

「それとこれとは話が別なんじゃないかなぁ!? なぁ、ヤシぴっぴ!」

 

 必死に過去の自分をひた隠すドニス。

 知られたくないらしく、忙しなくフィルマンの方へと視線を向けたり逸らしたりしている。

 そして、無理やり話題を変える。

 

「それに、リベカ殿は麹工場の責任者だ。領主の嫁に来ていただくわけにはいくまい」

「その点でしたら……」

「問題ないのじゃ!」

 

 フィルマンの言葉を遮り、リベカが断言する。胸を張って、堂々と。

 そして、自信に満ちた表情で、ソフィーを指し示す。

 

「わしの自慢の姉なのじゃ。お姉ちゃんが、今後は工場を引っ張っていってくれるのじゃ」

「しかし彼女は……ワシも領主という立場上、事情は耳にしておる」

 

 耳を怪我して麹職人の道を断たれたことを言っているんだろう。

 

「その点に関しては、僕が説明いたします」

 

 そうして、俺が教えた共働きの話を説明し始める。

 ……へぇ。一回カンペを見ながらしゃべっただけで、よく覚えられたな。それどころか、自分なりに分析して分かりやすく改変されている。

 ドニスが、次期領主はこいつしかいないというのも頷ける。

 こいつ、頭はいいんだな。

 ……ただ、溢れ出る変態オーラでそれが見えなくなっているだけで。

 

「領主が……共働き、だと?」

 

 ドニスの眉間にしわが寄る。

 領主が共働きというのは、世間体を考えると容認しがたいのかもしれない。

 

「貧しいから共に助け合うのではありません。素晴らしいからこそ、共に助け合い、支え合って、よいところを活かし、伸ばし合うのです。リベカ・ホワイトヘッドという才能を、結婚という制度のために失うことは、二十四区にとって重大な損失です」

 

 前のめりになり、ぐいぐいとドニスへと接近していくフィルマン。

 そして、リベカを見つめて、高らかに言い放つ。

 

「けれど、僕はリベカさん以外の女性と結婚する気はありません。だからこその、共働きなのです!」

 

 その宣言には、ドニスも何も言えない。

 なにせ、自分がそうだったのだから。

 マーゥル以外の女性との結婚をことごとく蹴って、今現在に至るまで独身を貫いている。

 こんなにも似た性格をしたフィルマンの言葉を、冗談や詭弁だとはとても思えまい。

 

 フィルマンはきっと、リベカとの結婚が破談になれば、生涯独身を貫くだろう。

 そして、数十年後に今と同じ問題を抱えるのだ。跡継ぎ問題を。

 

「……共働きの領主など、聞いたことがない」

「それはそうでしょう。ここから始まるんですから!」

 

 グッとこぶしを握ったフィルマンは、自信に満ち満ちた表情で――俺の腕を掴みやがった。

 

「ね、ヤシロさん!」

「……最後まで一人で言い切れよ」

「いや、あの……ドニスおじ様の顔、真正面から見てると……怖くて。そろそろ限界が……あと、新しい風的なお話はまだ僕自身もちょっと消化しきれてませんので……ヤシロさんの方が、説得力、ありますし!」

 

 このヘタレ。ここ一番で……

 まぁ、下手なこと言ってドニスの逆鱗に触れるよりかはいいか。

 リベカとの結婚の意思は固いってところだけは、きちんと自分の言葉で言ったもんな。

 

 ……初めて会った時は、ドニスにビビッて何も言えなかったフィルマンがなぁ…………あの時から、リベカのことだけは食ってかかってたけど。

 

「まぁ、そういうわけで、『BU』は古い。その点に関しては、お前もいろいろ思うところがあるだろ、ドニス?」

 

 舞台に引きずり上げられてしまったので、選手交代だ。

 

「お前だって抗ったはずだ。古い貴族のしきたりに。領主というものの生き方に」

「……さてな」

「誤魔化しは通用しねぇぞ。お前『たち』のことは、聞かせてもらったんだ」

「…………あの人が、話したのか」

「あぁ。今回の件にもしっかりと噛んでもらっている」

「………………そうか」

 

 ドニスにしても、マーゥルから手紙をもらったことで、その辺のことには気が付いていたはずだ。

 ただ、確信はなかったかもしれないが。

 

「だが、安定の上に平穏があることもまた事実。感情的な勢いだけで先んずれば、手痛いしっぺ返しを食らうこともある。かつて、アゲハチョウ人族の娘が、それで傷付いたという話を聞いたこともある」

 

 シラハとオルキオのことだ。

 ドニスくらいの年齢なら、よく知っている事実なのだろう。

 

「新しいものに魅力を感じるのは若い者たちの習性だが、それと同時に、古いものを大切にしたいと思うのは、ワシたち老いた者の習性。そうそう譲ることは出来んよ」

「温故知新って言葉を知ってるか?」

「………………卑猥な言葉か?」

「違うわ!」

 

 なんだ?

 俺の口から吐き出される言葉はみんな卑猥なのか!?

 お前の方が重傷だろうが、女児腋フェチめ!

 

ふるきをたずねて新しきを知る。古いものを排除して、まったく新しく生まれ変わろうってんじゃないんだ。お前らの習性を理解した上で、若い連中の習性をごり押ししてやりたいのさ」

 

 なにも古いものを全否定するわけではない。

 むしろ、廃れてしまった古きよき時代の物を復活させてやりたいとすら思っている。

『BU』なんて、新しい縛りが出来たせいで締め出されてしまった、過去の遺物を。いや、『偉物』かもしれない。

 

「二十四区がずっと守り続けてきた伝統を生かした、まったく新しい物を見せてやる。ジネット!」

「はい」

 

 ずっと待機していたジネットが厨房へと駆けていく。

 それから数分の後に姿を現したのが――麻婆豆腐。

 

「二十四区の誇る麹と、かつてこの区で作られていた豆腐を使って生み出された、まったく新しい、次世代の料理だ」

「豆腐とは……また、懐かしい」

 

 甘酒もかつてこの街にあった物なのだが、庶民の飲み物ゆえに、ドニスは知らなかった。

 だが、豆腐は違う。

 二十四区の名産品である大豆を活用した食材だ。領主もたくさん食べたことだろう。

 幼き日に。

 ちょうど、マーゥルに夢中になっていた若きあの時代に。

 

「この赤い物は一体……」

「それは、豆板醤という、ソラマメと麹で生み出された新しい調味料です」

「ソラマメと……」

 

 フィルマンの説明を聞き、ドニスの目が微かに揺れる。

 ソラマメは二十九区の名産品だ。マーゥルのいる、二十九区の。

 

「さぁ、食ってみてくれ」

「う、うむ……」

 

 木のスプーンを使い、麻婆豆腐を掬い上げる。

 それをたっぷりと見つめた後、ドニスがゆっくりと口へと運ぶ。

 

「ん!? これは……っ」

 

 躊躇いなく、二口目を掬って口へ運ぶ。

 三口、四口と、続けて食べ、飲み込んで、ドニスはたっぷりと息を吐いた。

 

「なるほど……これが、温故知新…………新しい、二十四区の可能性か」

 

 その言葉は、「美味い」という意味で間違いないようだ。

 グラついたドニスの心に、決定打を打ち込んでやる。

 

「二十四区と、二十九区の合作だな」

「…………二十九区との、合作………………か」

 

 その瞳に、他人には汲み取ることも出来ないような深い想いを浮かべ、ドニスがもう一口麻婆豆腐を口へ運ぶ。

 

「…………美味い。しみじみ、美味いな、この料理は」

 

 ドニスの心の扉が開いた、そうはっきり分かるような、無邪気な笑みを浮かべていた。

 いい歳をしたジジイが見せるには、あまりに無防備で幼過ぎる。

 マーゥルにも、見せてやりたかったな、この顔は。

 

「ジネット」

 

 よくやったと、称賛の意味を込めてジネットへ視線を向けると――

 

「はい」

 

 ――いつもの柔らかい笑みがそれに応えてくれた。

 誰かが幸せになってくれて嬉しい。そんな、いつも通りの感情を表している、陽だまりのような笑顔が。

 

 

 

 

 

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