異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

335話 大方の予想通り -3-

公開日時: 2022年2月14日(月) 20:01
文字数:3,480

「おはようございます」

 

 御者台の方から声が聞こえる。

 若い女子の声だ。

 

「到着致しました」

 

 遠慮がちな声に続いて「失礼します」と断りを入れる。

 その後、静かに御者台側の小窓が開く音がした。

 

「きゃっ! し、失礼しましたっ」

 

 慌てて小窓が閉じられる。

 あぁ、いい、いい。

 大丈夫だから。

 全然そーゆーんじゃないから。

 

「ルシア、起きろ。着いたぞ」

「やかましい。貴様が着け」

「どんな寝ぼけ方してんだ、お前は」

 

 ルシアとギルベルタの頭をそっと下ろし、三十五区サンドイッチから抜け出す。

 さっさと誤解を解いてやらないと、不要な心労を与えてしまうからな。

 馬車の中を移動して、御者側の小窓を開ける。

 

「どうも、人間型ベッドです」

「へ? ふふっ、さぞや寝心地がよろしいのでしょうね」

「今度使ってみるか?」

「お嬢様のお許しが出れば、検討させていただきます」

 

 このお嬢様というのはイメルダのことだ。

 許可、出ないだろうな。

 

「爺さんは? ……ついに?」

「残念ながら、眠っているだけです」

 

 おぉ、毒を吐くねぇ。

 残念ながら、か。

 

 ま、人のいい爺さんだから、後輩や教え子に好かれてるのは知ってるけどな。

 イメルダも「ワタクシの馬車を任せられるのは一人しかおりませんわ」って絶賛してたしな。

 

 小窓から外を見てみると、そこはイメルダの館だった。

 

「エステラのところじゃないのか?」

「許可をいただいておりませんでしたので」

 

 で、ルシアを連れていっても対応が可能なのは、あとはイメルダのところだけってわけか。

 

「お嬢様は、ルシア様がお好きですので、心よりの持て成しをなさいますでしょう」

「口では文句をぶーぶー言いながら、だろ?」

「はい。お嬢様の可愛らしい一面ですね」

 

 イメルダの関係者は、男も女もイメルダのことが好き過ぎだろう。

 あいつの愚痴を可愛いらしいと言い切るかねぇ。

 

「オオバ様。おかえりなさいませ」

 

 小窓の向こうにイメルダんとこの給仕長が顔を見せる。

 

「おう。大荷物があるんだが、頼めるか?」

「お任せください」

 

 どうやら、俺たちを起こす前に給仕長に報告したらしい。

 夜明け前だってのに、庭には十数名の給仕が並んでいるようだ。小窓からじゃ気配しか感じられないけれど。

 

「では、行動開始!」

「「「はい」」」

 

 給仕長の合図で、給仕たちが馬車へとなだれ込んでくる。

 

「む? なんだ? 何事だ?」

「すやぁ……おもう、わたしはぁ……」

 

 寝ぼけている二人を起こさないように運び出していく給仕たち。

 本当に慣れているようだ。

 

 ……変な人ばっかり泊まりに来るもんな、この家。

 鍛えられちゃって……今度、特別賃金もらうといいよ。

 

「速やかに、そして静かに行動なさいまし」

「「「はい」」」

 

 ルシアやギルベルタを起こさないための配慮か。

 

「イメルダ様へのサプライズです。失敗は許されませんよ」

「「「はい☆」」」

 

 ――と、思ったら違うっぽい。

 

 イメルダ、給仕たちに遊ばれてねぇか?

 これも愛情なのかねぇ。

 

「イメルダ様の寝起きドッキリの詳細は、後日レポートにまとめて提出させていただきます」

「ん。期待して待ってるよ」

 

 さぞ面白いリアクションをするのだろう。

 生で見られないのが残念だ。

 

「それじゃ、俺は帰るよ」

「馬車でお送りいたします」

「いいよ。近いし。急にムリを言って三十五区まで行ってもらったんだ。この後はゆっくり休ませてやってくれ」

「オオバ様……。ありがとうございます。ご配慮、感謝いたします」

「重い重い。そんな畏まらなくていいって」

「では――さんきゅ☆」

「だからって砕け過ぎるな」

 

 ちょうどいい塩梅って、この街では不可能なの?

 

「やはり、給仕長としてのインパクトで負けているのでしょうか……ナタリアさんのようにオオバ様を楽しませられていないように感じます」

「頼むから、ナタリアを目標にするのだけはやめてくれ」

 

 俺の胃に大穴が開いて紐パンみたいな形になっちまう。

 

 イメルダのとこの給仕たちにルシアを任せて、俺は徒歩で陽だまり亭を目指した。

 馬車でうたた寝してしまったせいで時間が分からんが、おそらくそろそろジネットが起き出す頃合いだろう。

 下手に寝ると逆につらそうなので、今日はこのまま起きていることにしよう。

 

「ヤシロさん」

 

 あくびを噛み殺して歩いていると、教会の前でベルティーナに呼び止められた。

 

「おはよう、ベルティーナ」

「おはようございます。それから、おかえりなさい」

「ただいま」

「ふふ。ジネットよりも先におはようを言うのは、初めてかもしれませんね」

 

 そりゃ、ジネットとは一緒に住んでるんだから当然だろう。

 何がそんなに嬉しいんだかな。

 

「一緒のベッドで寝てくれれば、誰よりも先に挨拶できるぞ」

「うふふ。看病する時はベッドには入りませんよ?」

 

 ……ちっ。

 看病の話じゃないって分かりつつ話を逸らされた。

 あり得ませんってか? 可能性はゼロじゃないと思うけどなぁ。

 

「それに、私が看病をしなければいけないような状況にはならないでくださいね」

「大丈夫だ。レジーナが特効薬を作っていってくれた」

 

 これで、『湿地帯の大病』は起こらない。

 二度とな。

 

「そうですか……」

 

 胸の前で手を組み、そっとまぶたを閉じるベルティーナ。

 

「では、お帰りになったらお礼を言わなければいけませんね」

「だな」

「パーティー、ですね」

「お前が美味いもの食いたいだけじゃねぇのか、それ?」

「みんなで食べるのが、一番美味しいのですよ?」

 

 よく回る舌だこと。

 

「ヤシロさん」

 

 ベルティーナが俺の手を取る。

 そっと両手で包み込み、優しく握る。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そして、俺の顔を見て言う。

 

「きっと、無事に帰ってこられます」

 

 ルシアといいベルティーナといい……

 

「俺、そんなに心配そうな顔をしてるか?」

「いえ。……でも、寂しそうなお顔はされていますよ」

「まぁ、懺悔室ランキングの一位と二位を争うライバルだからな」

「ふふ。ヤシロさんに敵う人はたぶんいませんよ」

「じゃあもう殿堂入りということで、今後は免除の方向に――」

「なりません」

 

 そっかー。

 もうそろそろ卒業でもいいのになぁ、懺悔室。

 

「ベルティーナ」

「なんですか?」

 

 まだ暗い中、きっと馬車の音を聞いてここで待っていてくれたのだろう。

 

「ありがとう」

「いいえ。お顔が見たかっただけですから」

「じゃあ代わりに、俺はおっぱいを――」

「夜明け前の懺悔室は冷えますよ?」

 

 まだ全部言ってないのに。

 

 ぷくっとほっぺたを膨らませると、ベルティーナは口元を隠して笑った。

 で、笑うベルティーナに聞いてみる。

 

「ジネットに心配させそうな顔、してるかな?」

 

 俺の問いに、ベルティーナはじぃ~っと俺の顔を見つめる。

 見つめて、見つめて、ちょこっと前髪を直して、そしてにこっと笑う。

 

「大丈夫だと思いますよ」

「そっか」

 

 なら、さっさと帰るかね。

 温かいお家に。

 

「飯の後、少し時間をくれるか? みんなを集めて話したいことがあるんだ」

「そうですね。レジーナさんのこと、ちゃんと説明してあげないといけませんね。レジーナさんは、人気者ですから」

 

 心配している者、心配するであろう者が大勢いる。

 だから、ちゃんと説明をしてやりたい。

 

「あと、しばらくジネットは新しい料理の研究に没頭すると思うから、試食をよろしくな」

「はい。得意です」

 

 さすがにラーメンが続くとつらいんでな。

 

 もうすぐ寄付の時間だ。

 またあとでと軽く挨拶を交わし、教会をあとにする。

 

 鼻の奥がツンとする。

 まだまだ寒い。

 

 肩をすくめて、両腕を組んで胸元をガードしつつ、足早に陽だまり亭を目指す。

 陽だまり亭は当然開いておらず、でも鍵はかかっていなかった。

 俺が何時に帰るか分からないから気を利かせてくれたのだろうか。

 

 人がいないフロアの冷たい空気を覚悟してドアを開けると――

 

「おかえりなさい、ヤシロさん」

 

 太陽のような笑顔が迎えてくれた。

 フロアはほんのりと暖かく、そして明るかった。

 

「火鉢を入れておきました。昨夜は冷えましたので」

 

 フロアの床で火鉢が炭を赤く染めている。

 

「助かった」

「今、温かい物をお持ちしますね」

「ラーメンか?」

「正解です」

 

 ま、朝っぱらではあるが、ジネットのラーメンはあっさりしているから重くはない。

 

「あ、でも、その前に」

 

 厨房へ行きかけたジネットが戻ってきて、俺の前に立つ。

 

「きっと、大丈夫ですからね」

 

 ベルティーナはやっぱり判断が甘めなんだよなぁ。

 しっかりと心配されてしまった。

 

「では」と、厨房へ向かうジネットの背中に声をかける。

 

「ジネット」

「はい?」

「……ただいま」

「はい」

 

 きっとあいつも、こんなむずがゆさを覚えるのだろう。

 誰にも告げずに旅立って、そして帰ってきた時に。

 まさかこんなにちゃんと待っていてくれるなんて思ってなかったって。

 今の俺みたいにな。

 

 

 

 

 

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