四十二区の住民は、どいつもこいつも人畜無害そうなお人好しばかりなのだが、そこはかとなく馬鹿で、美人に弱く、もれなくおっぱいが大好きな連中ばかりだ。
大衆浴場を作ることで、湯上がり美人が外を行き交うことになる。
「湯上がりおっぱいの危機だな……」
「いや、それなら一番警戒されるべきはヤシロさんッスよ……」
「拙者も異論はござらぬ」
何を言う、俺のようなジェントルマンを捕まえて!
俺はいいんだよ、ジェントルマンだから。
問題なのはジェントルマンではない連中の対策だ。
「大衆浴場を作るなら、夜道に自警団でも立たせるようにするかな?」
犯罪が増えたりしたらシャレにならん。
「もしくは、魔除けのメドラTシャツの着用義務を……」
「ヤシロさんが何か恐ろしくてとんでもないことを言い始めたッス……」
「心配せずとも、四十二区にはそこまで度胸のある男はおらぬでござるよ」
「んなもん、分かんねぇだろうが」
「いやいや。この街でヤシロ氏に敵対しようなどという気概のある者はそうおらぬでござるよ」
「……なんで俺が出てくるんだよ、そこで?」
「なぜとは、また不思議なことを」
ベッコが丸眼鏡の向こうで目を丸くする。
「彼女らに何かござれば、一も二もなくヤシロ氏が動くことは明白でござる故、よからぬことを企む者はおらぬのでござるよ」
なんかそう言われると、俺が美女を囲っている嫉妬男みたいに聞こえるんだが?
そんなことはないからな?
ただ、仲のいい連中を傷付けた野郎は死ぬよりエグい目に遭わせるぞって思ってるだけで。
「けど、他所の区から来ている者も増えているッスから、ヤシロさんの心配は真っ当だと思うッス。女子たちは、平和な四十二区に慣れ過ぎている気がするッス」
だよな!
さすがウーマロ!
それだよ、俺が言いたかったことは!
「その辺も、エステラさんと話した方がいいッスね」
「大衆浴場に付随してな」
「心配し過ぎだと思うでござるがなぁ……」
「大切な人が、いるかいないかの差やー!」
ん?
んん?
何を言ってるのかなハム摩呂!?
ウーマロはともかく、俺はこの街の治安をだなぁ……くっそ、捕まえて頭ぐりぐりしてやろうと思ったのに逃げられた。
「ハム摩呂も風呂に入るか?」
「もう眠たいー」
「じゃあ、ロレッタと一緒に部屋行って寝ろ」
「うんー!」
あいつらは、明日にでも水浴びをさせておけばいい。
子供はとうに寝る時間だしな。
「あ、そうだ。マグダとロレッタ、お前らももう寝ていいぞ。明日も早いからな」
「はいです」
「……了解」
「なんだか、今日はすごく眠たい感じがするです」
「……体が温まったせい」
「じゃあ部屋に戻るですよ、マグダっちょ」
「……ロレッタ、おんぶ」
「お部屋まで頑張ってです……って、もう寝てるです!?」
寝てしまったらしいマグダを背負うロレッタ。
そこへハム摩呂がとことこ近付いていく。
「おねーちゃん、だっこ~」
「この状況でなに言うですかハム摩呂!?」
「じゃあ、おんぶー!」
「定員オーバーですよ!?」
「……しょぼーん」
「むゎああ、もう! じゃあ、ほら、勝手にしがみつくです!」
「うんー……むにゃむにゃ……」
立ったまま眠り始めたマグダを背負い、胸にハム摩呂をしがみつかせて、ロレッタが俺たちに頭を下げて厨房へと消える。
それと入れ替わるように、ジネットがフロアへと戻ってきた。
「ヤシロさん、みなさん。お湯が沸きましたよ」
「ありがとな。ジネットも先に休んでていいぞ」
「いえ。片付けをして待っています」
「待ちくたびれてうたた寝するなよ? お前が風邪を引いたら、問答無用で豪雪期のお泊まり会は中止するからな」
「それは責任重大ですね。では、明日の仕込みをして待っています」
先に寝るという選択肢はないのか、お前の中には。
「じゃあ、サクッと入るか」
「お呼ばれするッス」
「お供仕るでござる!」
華も色気もない野郎三人で脱衣所へと入り、鍵もかけずに着替え始める。
覗きに来るヤツなんかいないし、覗かれたって構わない。
脱衣所のカゴを見れば、すでに三人分のタオルが用意されていた。
惜しむらくは、替えの下着がないことだ。
次からは用意しておかないとな。
「ほほーう! 大浴場を三人占めでござるな!」
一人の時に使え、そういう言葉は。
あと、素っ裸で仁王立ちすんな。ケツのほくろ毛を抜くぞ。
「ベッコ、ちょっとここに座ってくれ」
「やや、たしか入浴前に体を洗うというルールでござったな。相分かったでござる」
俺に言われるまま、水道の下に座ったベッコ。
そこで蛇口のコックをオープン。
「冷たっ!? 心臓が止まるかと思ったでござる!?」
「あ、そんな冷たい? じゃあ、豪雪期にもう一回な?」
「それは確実に死ぬでござる! やめていただきたいでござる!」
騒がしいベッコに熱い湯をかけて黙らせる。
もんどり打つベッコを横目にサクッと体を洗う。
あぁ~、湯量がたっぷりあって、じゃぶじゃぶ使えるの、最っ高!
いつもはたらいの湯を零さないようにちまちま洗ってたからなぁ。
桶で湯を掬い、頭からばしゃー!
「くはぁ~……気持ちいいっ!」
「それはよさそうッスね! じゃあオイラも!」
「拙者も!」
俺に倣ってウーマロとベッコが湯をかぶる。
あとはレジーナが改良した品質のいい石けんで体を泡だらけにして洗う。
こんなに泡立てても平気だ。
なにせ、湯量がすごい!
「こんなに豪快に体を洗ったのは初めてッス」
「貧乏時代に川で水浴びしていた時ぶりでござる」
「おいベッコ、環境破壊はやめろよ」
「そこまで汚染されぬでござるよ!?」
とかなんとか言いつつ、二人を出し抜いて真っ先に湯船に飛び込む。
「俺、一番!」
「いやいや、普通に先を譲るつもりでござったよ?」
「ヤシロさんは、こういうところですごく子供っぽいッスからねぇ」
んだよ?
一番はいいんだぞ。
何より――
「では、お隣、失礼するでござる」
「オイラもお邪魔するッス」
「甘い! 水鉄砲!」
「「わぶっ!?」」
無防備に湯船に近付いてくるヤツを攻撃できるからな。
お風呂の定番、両手を握って親指の間からお湯を飛ばす水鉄砲だ。
俺の狙いは正確無比だぜ? 西部劇のガンマンにだって、お風呂の水鉄砲では負ける気がしない。
「子供でござるか!?」
「最年少だ!」
「そういえばそうだったッスね……なんかもうすっかり忘れてたッス」
肉体年齢はな!
「「「あぁ~…………ごくらくごくらく」」」
男三人で並んで、湯船に背を預けて足を放り出す。
これ、浮遊感も相俟って、最高だ……
「あぁ、オイラ……また頑張れそうッス……」
ぽつりと呟かれたそんな一言が気になった。
「なんだよ、ウーマロ。お前は今以上に社畜になるつもりなのか?」
毎日どこかで頑張っているウーマロが、今よりも頑張ろうなんて、ギャグにしか思えなかった。
けれど、ウーマロは一瞬沈んだ表情を見せ、にこっと笑みを浮かべた。
「オイラ、四十二区にいる時が一番楽しいッスから、どこまでも頑張りたいんッスよ」
もやっと、何かが湧き上がりかけた。
だが、能天気なベッコの声で、俺の思考は中断される。
「そうでござるな! 豪雪期の間はかまくら~ザ、それが終われば大衆浴場、その後はいよいよ港の建設でござる! 拙者も、粉骨砕身、全身全霊で頑張るでござる!」
「そうッス! オイラたちの手で、四十二区をオールブルーム一番の街にするッス!」
「然り!」
俺を挟んで両隣の男たちが固い握手を交わす。
目の前でかわされる固い握手に、俺は――
「じゃあ、俺はお前らの屍を乗り越えて利益だけもらうな」
そっと手を重ねた。
直後に振り払われたけれど。
なんてヤツらだ。
信じられない。
あっち向いてぷんだ。
風呂に入って気が緩んでいたんだろうな。
俺はあとになって、この時の一言をもっとちゃんと考えていてやればよかったななんて、反省することになるのだった。
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