「あの、ヤシロさん。一体なんのお話で……?」
「いや、まぁ、こっちの話だ。な、ミリィ」
「ぅん……へいき」
「そう、ですか?」
なんだかよく分からないままに納得をしたらしいジネット。
こういう時はジネットがお人好しで助かる。
ジネットに笑顔を向け、ささっと荷台の陰にミリィと共に身を隠す。
しゃがみ込んで顔を近付け、こっそりと打ち合わせを行う。
「あした、……探しに行く?」
「そうだな……行ってみるか」
「ぅん。じゃあ、今から行ってお願いしてくる」
「一人で平気か?」
「平気。…………ぅふふ……やっぱりやさしい」
なんか知らんが、ミリィの中で、俺は優しい人に仕立て上げられているようだ。
いい人ぶった悪人に騙されるなよ。
ちょいちょいと手招きをして、口元に手を添える。
俺が耳を近付けると、こっそりと、小さな声で囁いた。
「じゃあ、あしたの朝、迎えに来るね」
とびきりの秘密を共有しているかのように、嬉しそうな顔をしている。
「分かった。朝の鐘くらいでいいか?」
「ぅうん。目覚めの鐘が鳴る頃」
「…………マジで?」
「早く行った方がいいから」
「…………マジかぁ……」
朝四時集合らしい。
起きる自信がねぇ。
肩に子泣きジジイが百人乗ってんじゃねぇかと思うほど体が重くなった。早起きは苦手だ……
「ど、どうされたんですか、ヤシロさん?」
「ん? あぁ、……明日ミリィと四十区に行くんだが……集合が目覚めの鐘が鳴る頃でな……」
「まぁ……早いですね」
「あぁ、早い。起きる自信がないとかいうレベルじゃなく、起きるのが不可能な時間だ。徹夜するしかないんだろうな……」
「あの……もしよろしければお起こししましょうか?」
「ホントかっ!?」
救いの女神が手を差し伸べてくれた。
あぁジネット。今のお前、後光が差して見えるぜ。
思わずジネットの手を両手で握りしめちゃったもんな。
「……頼めるか?」
「は、はい。わたし、目覚めの鐘の三十分前には確実に起きていますので」
こいつ、すげぇな。
実はニワトリ人族なんじゃねぇの?
「それじゃあ、よろしく頼む」
「はい。お任せ下さい」
これで、寝坊の心配はなくなったとはいえ……なんか、カブトムシでも捕りに行くみたいなスケジュールだな。
ジネットがいなければ、実行不可能だったろう。
「それで、その……ヤシロさん」
ジネットが少し照れた風に前髪を弄る。
珍しいな、ジネットがこんな仕草をするなんて。
「その、寝ているヤシロさんをお起こしするわけですから…………あの、……お部屋には……」
「あぁ、入ってくれていいぞ。確認も取らなくていい」
「は、はい…………あの、失礼します」
今言われてもな……
「ぁ……それから」
注意事項でもあるのか、ミリィが小さく手を上げながら大きな瞳でこちらを見つめている。
「ぁ……あしたは、ご飯……四十区で食べることになると思う」
「でしたら、わたしがみなさんの分のお弁当を作ります」
「大丈夫か? そんななんでもかんでも……無理しなくていいんだぞ?」
「平気です。いつもやっていることですから」
ホント……いつもありがとうございます。
花束、また贈らせていただきます。……と、頭が下がる思いだ。
明日の流れを確認した後、ミリィは大きな荷車を引き、手を振って帰っていった。
相変わらず「ばいばーい」を延々と繰り返して。……子供だなぁ。
「それで、明日はどちらへ行かれるんですか?」
「え……あぁ、え~っと……臭ほうれん草を作ってる双子とやらに会ってくるよ」
ソレイユを探しに行くとは言えない。
「最近は大忙しですね」
「まぁ、しょうがないだろう」
半分は自分のためにやっているようなもんだ。
……いや、自分の利益のために、だな。うん。そこは間違っちゃいかんよ、うん。
にしても……
ここ最近、本当に頻繁に四十区へ行っている。
いい加減、バスでも走らせたい気分だ。
「あまり、無理はしないでくださいね」
そう言ったジネットの顔は、少し寂しそうに見えた。
心配してくれているのか……それとも、一緒にいられないから、寂しい…………な、わけないか。
「臭ほうれん草の代金、取り返してくるよ」
「いえ。これはもう済んだことですので」
あくまで、確認しなかった自分が悪いのだというスタンスか。
「さぁ、中に入りましょう。ほうれん草がなくなってしまいましたので、違う料理を考えないと」
「あぁ、そうか……くっそ、食いたかったなポパイエッグ……」
「では、また後日作りますね」
ニコリと微笑むジネットがドアを開けると、そこにマグダが立っていた。
……ドアにピタリと張りつくように。
「きゃっ!?」
思わず悲鳴を上げるジネット。咄嗟に俺の胸に飛び込みすがりついてくる。
……あ、いい匂い。
「……ヤシロと店長が、庭先で卑猥な抱擁……」
「え……きゃ、きゃあ!? す、すす、すみません!」
「あ、いや! これは、違うぞ! お前が驚かせるからだろうが!」
「すみません、卑猥な店長で、すみません!」
「いや、そこは認めちゃダメなところだ! 違うなら違うと言い切るべきところだぞ!」
「はぅ!? ……そ、そうですね…………すみません」
俺からそそそと距離を取り、ジネットが後ろの方で肩を小さ~くすぼめる。
顔が真っ赤だ。……やれやれ。
……でだ。
「ドアにピッタリ張りついて、何やってんだ、マグダ?」
「……マグダ、早起きは得意」
「いやお前、俺より朝弱いだろう?」
「……明日から得意になる」
「あぁ…………つまり、明日連れて行けと?」
「……肯定」
マグダの鼻息が「すぴー!」と音を鳴らす。
まぁ……いいけど。
「あの、マグダさん……もしよろしければ、お起こししましょうか?」
「……是非」
朝、得意になってねぇじゃん。
ま、俺も人のことは言えないけどな。
明日の朝は早い。
とりあえず、今日は早寝をしようと心に決めたのだった。
その日の夜――
深夜。
俺の部屋のドアがノックされた。
トン……トン……トン…………と、三回。
そして、ゆっくりとドアが開く…………ギィィ…………
わずかに開いた隙間から、光る瞳がこちらを覗き込んでいる…………
「……ヤシロ。もう寝た?」
「楽しみなのは分かったから、早く寝ろ」
こいつは絶対明日の朝起きられないなと確信して、俺は布団を頭から被った。
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