異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

40話 オープン前のせわしい空気 -1-

公開日時: 2020年11月8日(日) 20:01
文字数:2,595

「…………でろでろで~ろでろでろで~…………マグダのお料理クッキング~」

「なに、そのイ短調なテーマ曲!?」

 

 スラムでのあれこれから一夜明けた今日、陽だまり亭の厨房にはロレッタの弟と妹の選抜隊がやって来ていた。

 ポップコーンの作り方をレクチャーするのだ。

 

 ……だが。

 

「マグダ、なんなんだよ、さっきのは」

「……以前、街に来ていた吟遊詩人がこのようなことをやっていた」

 

 吟遊詩人が3分クッキングみたいなことやってたってのか?

 

「……誰かを呪い殺しそうな暗い歌を口ずさみながら料理を作っていた」

「怖ぇよ! その吟遊詩人も、それを見て真似をしようと思ったお前も!」

「……食事代がなくて酒場の厨房で短期契約の仕事をしていた」

 

 こっちの世界にもあるんだな、働いて払うシステム。

 

「……ただ、聞くだけで呪われそうな歌が厨房から聞こえてきていて…………マグダ以外のお客はみんな逃げ出していた」

「なんでお前は逃げ出さなかったんだよ?」

「…………琴線に、触れた?」

 

 この娘の感性は大丈夫なのだろうか……

 

「……今日は、ポップコーンを、誰かを呪いながら作りたいと思う」

「普通に作れ!」

 

 移動販売の許可を取り付け、明日から売り始める予定になっている。

 明日の分はマグダが準備をしてくれることになっているが、今後のことを考えて今から教えておくのだ。

 うまく流れに乗れば販売数はどんどん上がるだろうからな。

 調理担当は多い方がいい。

 

「……みんな、マグダの真似をして」

「「「は~いっ!」」」

 

 一応、火を使うので年中組を調理担当として集めた。年少組には危険だからな。

 ちなみに、年長組は外回り……つまり販売員だ。金も取り扱うし、接客もする。そこは、年長組の責任ある面々に頼むことにした。

 

 そんなわけで、年中組が陽だまり亭厨房に八人、代表としてやって来たのだ。

 追々、この子たちがポップコーンをマスターして、次の子たちに伝授していく形を取ろうと思う。

 

「……さん、はい」

「「「でろでろで~ろでろでろで~」」」

「そこ真似しなくていいからっ!」

 

 そして、伝達される技術がおかしなことにならないように監督するのが俺の仕事だ。

 味をはじめとするクオリティを落とすわけにはいかないからな。

 

「マグダ。ちゃんと俺が教えた通りに教えてやれ。お前たちも、今後変なアレンジとか入れるんじゃないぞ。商売ってのは『変わらない』ってことが意外と大切なんだ」

 

 何度チェーン店の『○○が改悪された!』ってクレームを耳にしたことか。

「ご好評いただいた従来の人気商品を、より多くのお客様にお求めやすいお値段でご提供できるようリニューアルいたしました!」……という名のコストカット。これをやった企業は業績を落とす。「えっ!? そんなに!?」というほど落ち込む。さらに、その後どんなに手を尽くしても、離れていったお客は戻らない……なぜどの企業も学習をしないのか、俺はずっと疑問に思っていたのだ。

 陽だまり亭ではそんなことはさせない。

 ジネットが手を抜くことはないだろうから、あとはここを死守すればクオリティの下落は防げるだろう。

 

「……みんな、手抜きは、ダメ」

「「「は~い!」」」

 

 年中組のハムっ子たちはマグダによく懐いている。

 教会のガキどももすぐに懐いていたし……マグダは子供に人気があるんだな。

 

「……でも、遊び心は必要」

「「「は~い!」」」

「無心で作れ~ぃ!」

 

 マグダの両耳を指で摘まんでむにむにしてやる。

 ……いや、さすがにマグダに拳骨とか、可哀想じゃん? ウーマロ相手なら躊躇いなく出来るけど。

 

「…………ヤ、ヤシ…………あの…………」

 

 ちょっとしたお仕置きのつもりだったのだが、なんだかマグダの様子がおかしい。

 尻尾の毛が逆立って物凄く太くなっている。

 頭を触ろうとしている両腕が中途半端に曲がって「触れようか……やめようか……」みたいな微妙な動きを繰り返している。

 

 むにむに……

 

「…………獣人族の……耳は…………揉むのは……ダメ……」

「はっ!?」

 

 そういえば、以前デリアの耳を揉んでちょっとした悶着があったんだっけ……すっかり忘れてた。

 

「あ、すまん……以後、気を付けるよ」

「…………」

 

 マグダは無言のままこくりと頷く。

 うわぁ……照れちゃってる……悪いことをした。

 

「お兄ちゃ~ん」

 

 焦る俺を、ハムっ子が追い詰める。

 

「お姉ちゃんの耳も触る?」

「触んねぇよ!」

「なんで? お姉ちゃん嫌い?」

「嫌い……ではないが、耳を触るほど親密ではないからな。分かるか?」

 

 子供相手には下手なことが言えない。

 ……往々にして筒抜けになるものだからな、子供の得た情報というものは。

 なので言葉を慎重に選んで言い聞かせた……つもりだったのだが。

 

「…………親密…………」

 

 隣でマグダの尻尾がぞわわと波打った。

 ……照れて、る……ってことでいいんだよな? 怖気が走ってるわけじゃないよね?

 難しいんだよ、マグダは……表情が全然顔に出ないから……

 

「…………ぽっ…………ぴゅ……きょ~ん…………つくりゅ」

「マグダ!? 本当にごめんな!? お前大丈夫か!?」

「……平気。日常茶飯事。マグダは大人の女性」

「分かった。とにかくとんでもなく動揺させてしまったことは分かったら、吐いた瞬間に嘘だとバレる嘘は吐くな。精霊神が見てるんだろ、この街じゃ」

「……精霊神は……マブダチ」

「ちょっと休憩挟みまーす! マグダ先生待ちしまーす!」

 

 ハムっ子たちに断りを入れて、休憩を取ることにした。

 マグダを一度部屋へ戻し、落ち着いたら戻ってきてもらうことにする。

 

 あぁ……ホント自重しないとなぁ…………でもさ、目の前でぴこぴこ揺れてたら摘まみたくなるだろう、ネコ耳。クマ耳にしたってそうだ。あんなぷにぷにしたもん、摘まむなっていう方が無理な話だ。……あ、ネフェリーは大丈夫。鶏冠(頭の上の赤いヤツ)とか肉垂(くちばしの下の赤いヤツ)とかぷにぷにしたくならないんで。

 

 その後、数分でマグダは戻ってきたのだが……

 

「……もう平気。ちゃんと教える……だから、ヤシロは少し……外してて」

 

 と、追い出されてしまった。

 マグダも女の子なんだなぁ……とか思っちゃうあたり、俺の心の方はどうしようもなくオッサンなんだなと悲しくなる……

 しかし、『パンツ、いる?』だった頃から比べれば、随分な成長じゃないか。マグダが少し大人になったことを喜んでやってもいいんじゃないだろうか。

 

 と、そう思うことで、俺は追い出された悲しさを紛らわせることにした。

 

 

 

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