「それよりも、一つ確認したいことがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「『強制翻訳魔法』は万能じゃないんだよな?」
「そうですね………………じゅる」
考え込んだかと思った矢先、よだれを垂らしやがった。
「……召し上がれ」
「す、すすす、すみません! はしたない真似を!」
「いいから、食いながら話してくれればいいから」
「は、はい」
ジネットは恐縮した様子で、箸を手に持つ。
箸使えるのかよ!?
どこの文化圏に似てるんだろう、この街……その考え方自体を改めなきゃいけないのかな。
ジネットは箸で器用に鯵の刺身をひょいっと一切れ摘まみ上げる。
「あぁ……久しぶりの海魚です」
「魚はあまり食べないのか?」
「いえ。川魚でしたら、ほら、メニューにもありますし。よく食べますよ」
「海魚は高級なのか?」
「外壁の外へ捕りに行かなければいけませんから、その分割高になるんです」
なるほど。
門の通過で税をかけられるのだとすれば、その分魚の料金に上乗せされていくわけか。
「この鯵は、知り合いの方がご厚意で分けてくださったんです」
「毎日分けてくれって言っとけよ」
「そんな! とんでもないですよ」
ジネットは恐れ多いとばかりに両手を振る。
「こうしていただけただけでもありがたいことですのに」
「厚意ってのは、もらってやることも親切なんだぞ」
「そう、なんですか?」
「例えばだ、お前は厚意でそのナッツを持ってきてくれたよな?」
先ほどジネットが持ってきたナッツを指さして言う。
ジネットは手元のナッツをジッと見つめる。
「そのナッツをだ、『そんなもん食えるかよ!』って、俺が突っぱねたらどうだ?」
「う…………申し訳ない、です」
そこで「申し訳ない」って言葉が出てくるところがなぁ……まぁ、いいや。
「じゃあ、『やった! 俺ナッツ大好きなんだよな。ありがとう』って美味しそうに食べたら」
「嬉しいです!」
「そういうことだ」
言いながら、ナッツを一粒摘まみ上げる。
それを指でころころと転がしながら、ジネットへ視線を向ける。
「厚意はもらってやった方が相手も喜ぶ。自分も利益が出る。いいこと尽くめだろう? 逆に遠慮すれば、相手にも不愉快な思いをさせるし、自分の手元には何も残らない。誰も得をしないんだ」
「…………なるほど、です」
ジネットの目からうろこが落ちていく様を、俺は確かに目撃した。
そう言いたくなるほど分かりやすく、ジネットは感心してみせた。
「だから、その知り合いとやらに『毎日大量に海魚を献上しやがれ』って言ってやれ。きっと大喜びして踊り出すぞ」
「はい! 分かりまし………………喜びますかね?」
はは、一瞬信じてやんの。
まぁ、ドMの変わり者なら喜んでくれるんじゃないか。
そう、そんなことよりもだ。
「『強制翻訳魔法』について、いくつか聞きたいことがあるんだが」
「はい。わたしに分かる範囲でならお教えできますよ」
「嘘を吐くとどうなる?」
「呪いでカエルになります」
「確実にか?」
「えっと…………」
ジネットは箸を置き、背筋を伸ばして俺を見る。
「『精霊の審判』にかけられれば、確実にカエルに変えられてしまいます」
「『精霊の審判』にかけられなかった嘘はどうなる?」
「どんなに時間が経過した後でも、当事者が『精霊の審判』にかければ、その時点から呪いは発動します。ただし、嘘を吐かれた方が『精霊の審判』を発動させなければ、その嘘は聞かれなかったこととして、罰せられることはないと思います」
思います、か……
「つまり、バレなければ、嘘が吐けるって解釈でいいか?」
「バレない嘘はありませんよ」
そういうことじゃなくてだな……言い方を変えるか。
「告発されない嘘ならどうだ? 例えば……『優しい嘘』とか」
「優しい嘘……ですか?」
「俺が、もう助かる見込みのない病にかかったとする」
「えっ!?」
ジネットがガタガタの椅子をガッタンバタンと倒しながら立ち上がる。
「例え話だ……座れ。大丈夫だから」
「そうなんですか? あぁ……よかった」
どこまで信じやすいんだよ、お前は。
胸を両手で押さえ、ホッと安堵の息を吐いて、ジネットは腰を下ろす。が、椅子はさっきジネット自身が倒していたので、そのままジネットは床へと尻もちをついた。
「にゃあっ!?」
……どん臭過ぎる…………お前は漫画の世界の住人か?
「あ、あの……そんな、驚いた顔をしないでいただけますか? 割と恥ずかしいですので、むしろ笑っていただけた方が……」
「お前の将来が心配だ」
「やめてください! お願いですから、憐れまないでください、こんなことで!」
尻についた埃を払い、椅子を起こしてから、ジネットは椅子に腰掛けた。
「それで、なんの話でしたっけ?」
マジで忘れてそうだな。
俺は要点をかいつまんでサクッと質問をする。
「例えば、俺が重い病で明日をも知れぬ身だったとして、それを気遣って『大丈夫、きっと良くなるよ』という嘘を吐いた場合、『精霊の審判』はその嘘に罰を与えるのか?」
ジネットは腕を組み「う~ん……」と首を捻る。
やがて組んだ腕を解くと、自信なさげながらも明確な解を俺にくれた。
「おそらくは、呪いは発動するはずです。理由や過程ではなく、『発言に嘘があったかどうか』が精霊の呪いの発動条件になっているはずですから」
発言に嘘が……か。今のは重要なポイントだな。
もう少し確証が欲しいところだが、会話の記録が残っているあたり、その言葉は真実なのだろう。では、言葉にしなかった嘘はどうなるのだろうか?
銃を向けられた際、両手を上げて反抗の意志がないと示した上で反抗するとか、そういう嘘はどう捉えられるのか……検証するにはリスクが高過ぎるな。もう少し情報が欲しいところだ。
「仮に、ジネットが俺に嘘を吐いたとして、俺がそれを訴えなかったらどうなる? 俺に気を遣って病のことを黙っていてくれたお前を、カエルにする理由がないからな」
「その時は………………」
ゆっくりと思考して、ジネットはある程度の確信を持って答える。
「呪いは発動しません。訴えがない限り、その嘘はなかったものとみなされますので」
よし。
つまりは、バレなければ嘘は嘘ではなくなるのだ。
……もっとも、リスクが高過ぎておいそれとは出来ないけどな。
「もう一ついいか?」
「はい」
ずっと引っかかっていたことがある。
ウィシャート家お抱え商人のノルベールからくすねた香辛料を、『いただいた』と表現した際、街の人間は全員『盗んだ』と解釈しやがった。『強制翻訳魔法』がそうさせたのだろう。
しかし、俺がここで食い逃げをする際、トイレに行くと見せかけて『(どこか遠くへ)行ってくる』と言った時、ジネットは何も言わなかった。『逃げる』とは翻訳されなかったのだ。
ジネットの、極度なお人好しを度外視しても、トイレに行くと言っていたヤツが『逃げる』と言い出せば、さすがに何かを言うだろう。言わないまでも表情には表れるはずだ。
あの時のジネットは、100%俺の言うことを信用していた。
『いただいた』が『盗んだ』に翻訳されて、『行ってくる』が『逃げる』に翻訳されなかったのはなぜか……
推察するに、『代替言葉』は翻訳され、『省略言葉』は翻訳されないのではないか、という仮説が立てられる。
先ほどの『活き造り』が『尾頭付き』に翻訳されたのは、俺が普段活き造りを『尾頭付き』と呼んでいるからだろう。同じものを指す時、言い方を変えようとも、そのものを示す言葉に翻訳されるのではないかと思われるのだ。
つまり、『パンツ』を『パンティ』と呼ぼうが『スキャンティ』と呼ぼうが『ズロース』と呼ぼうが『トレジャー』と呼ぼうが、『強制翻訳魔法』は等しく『パンツ』と翻訳するのだ。
『君のトレジャーを見せてくれ』と言えば殴られるわけだ。
いや、しかし待てよ……なら、なぜ『パイオツカイデー』は伝わらなかったんだ?
……少し検証してみるか。
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