「待ってください。ミズ・ロッセル!」
凛とした声で、エステラがメドラに言う。
眉がきゅっと寄って、負けないために心を奮い立たせているのがよく分かる。
「ボクたちは四十一区に攻め込むつもりなんてありません。それは誤解です!」
「ふん!」
しかし、メドラは顔を顰めて鼻を鳴らすと、エステラの言葉に反論を始めた。
「攻め込むってのは、何も武力だけの話じゃないさ! 経済だろうが、交易だろうが、平穏に回っていたこっちの生活を脅かそうってんだから、『攻め込まれた』って言い方で間違っちゃいないだろう!?」
「それも誤解です! 確かに、街門の設置によって多少悪影響は出てしまうかもしれません。ですが、決して四十一区の利益を奪おうとしてのことではないんです! そのことに関しては、きちんと手紙で説明を……っ!」
「笑わせんじゃないよ!」
懸命に自分の立場を表明するエステラの言葉を、メドラは一喝で吹き飛ばした。
爆音に鼓膜が悲鳴を上げた後……室内には静寂が落ちた。
「きちんと説明をした? 手紙でかい?」
「…………はい」
静かになった部屋の中で、メドラが詰問するような口調でエステラに問う。
エステラも、なんとか前を向いて、真正面からその言葉を受け止める。
「きちんと、こちらの目的と展望、それに関する詳細なデータ。今後与えてしまうかもしれない迷惑に対する謝罪と、必要であればそれを補うための策を用意する準備があることを、すべて包み隠さず、誠意を込めてしたためました」
「ほぅ……」
訴えかけるエステラを、細めた目で見つめるメドラ。
「リカルド……失礼…………シーゲンターラー卿も、手紙を受け取ったとおっしゃっていましたし、こちらの誠意は間違いなく伝わっているはずです!」
「バカも休み休み言いなっ!」
空気が振動し、突風が吹いたようにエステラの髪を揺らす。
思わず身をすくめるエステラ。体格差もあり、吹けば飛びそうなほど、頼りなく見える。
「そんな大事な話を手紙で済ませること自体、誠意がない証拠だよ!」
「…………えっ」
メドラの言葉に、エステラが声を詰まらせる。
「これまで続けてきた生活のサイクルを変えちまうような大きな変化を前に、不安や不満が出ないとでも思っているのかい? 聞きたいことや言いたいことがないとでも、あんたは、本気でそう思ってるのかい?」
「……いや…………それは……」
声の大きさは落ち着いたが、言葉に込められた力強さはむしろ増している。
一言一言を相手に突き刺すように、メドラは言葉を続ける。
「ましてや領主だ。背負ってる命の数は十や二十じゃないことくらい、代行といえど領主の仕事をしているあんたになら分かるはずだよ!」
「…………」
「それをなんだい? 勝手に決めた決定事項を紙っぺらにまとめて、そいつを送りつけて、『そういうことになったからあとはよろしく頼む』って、それだけで済ましちまうことの、どこに誠意があるってんだい!?」
何も言い返せず、半歩後退するエステラ。
体が逃げようとしている。
「リカルドはね、アタシにとっては息子みたいなもんなんだ。あいつがハナッたれだった時からよぉく知っている。あいつは筋の通った男だよ。このアタシが保証する! 理由もなく人を憎むようなしみったれたヤツじゃない!」
立ち尽くすエステラを一瞥した後、メドラはデミリーへと視線を向ける。
「リカルドは、ちゃんと筋を通しに来ただろう?」
「あぁ。一昨日、通行税に関する説明と併せて、迷惑をかけることになるかもしれんと、頭を下げに来たよ」
「え……リカルドが? オジ様、それは本当ですか?」
「あぁ。順当な手順を追ってな」
アポイントを取り、面会して、新しい制度に関することを直に説明しに来る……
くそ、リカルドのヤツ、俺たちを待たせていた数日の間に、そんな根回しをしてやがったのか……ただ嫌がらせのために時間を取らせたんじゃなかったんだな。
先を見据えて行動してやがる。
その件に関しては、そこまで思い至らなかったこちらに落ち度があるかもしれん。……後手に回った分、心証は悪くなる。
「他人に迷惑をかける時は、面と向かって話をつけるもんだ! 領主だってんなら尚のこと、きちんと通さなきゃいけない筋ってもんがある!」
再び、エステラを真正面から見据えるメドラ。
エステラは、俯いて……拳を握っていた。
「あんたが怠ったところは、領主が一番手を抜いちゃいけないところだったんだよ」
「…………っ」
エステラの口から、小さな息が漏れる。
メドラは口調を変え、少し落ち着いた感じでエステラに語りかける。
「聞きゃあ、あんたは、『女だから舐められる』と、そんな格好をしているそうじゃないかい」
「……別に、そういうわけじゃ……」
「あんたが舐められてんのは、女だからじゃない。アタシをごらんな。女だてらにギルド長をやってる。誰もアタシに舐めた口なんか利きゃしないよ。男だとか女だとか、そんなもんは関係ないのさ」
いや、お前とエステラを同列で語るのはおかしい。条件が違い過ぎる。
自分がやったのだからお前もやれと言うのは暴論だ。
「あんたが舐められてんのは、あんたが中途半端だからだ」
「――っ!?」
「都合のいい時に領主とただの女を使い分けている。そういう中途半端な考えだから舐められるのさっ!」
「おいっ!」
気が付いた時、俺は声を上げていた。
エステラが言葉に詰まり、メドラがさらに追い打ちをかけるように声を張り上げた時、俺はエステラとメドラの間に体を割り込ませていた。
……と、いうか。
メドラに対峙し睨みつけていた。
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