選手Aの後ろにBCが並んで立ち、AとBの左手と左手を、AとCの右手と右手をそれぞれ繋ぎ、BCの空いた方の手をAの肩に乗せる。
これで『騎馬』が完成だ。
その騎馬の上に選手Dが乗っかれば騎馬戦の準備は完了。
あとは、騎乗する選手Dの鉢巻が取られないように、相手の鉢巻を奪いまくれば勝者となれる。
騎馬戦は棒引き同様4チームの混戦で行われる。
騎乗している選手の鉢巻が奪われたらその組は敗退。
騎乗している選手が落馬しても敗退となる。
すべての騎馬が敗退したらそのチームは負けとなり、最後まで騎馬が残ったチームの勝利だ。
今回は生き残り戦ともいえるルールであり、相手をどんなに倒そうがそこは加味されない。
まったく敵とぶつからず逃げ回って生き残っても、最後まで残りさえすれば勝者なのだ。
だからこそのこの作戦だ!
「いいか、お前ら。他のチームには俺が指示を出していることだとは絶対に気付かれるな。特に騎馬戦では『オオバヤシロを無視してみんなが好き勝手やり始めている』と思わせるんだ」
俺が棒引きの前に伝えた作戦はそういうものだった。
棒引きでは、あからさまに俺の意見がごり押しされたかなり強引な作戦を取り、その結果白組は惨敗する。
それを受け、俺に不満を抱いた白組の選手が「もうオオバヤシロの作戦には乗れない」と反旗を翻し俺を除外する。
つまり騎馬戦は『オオバヤシロの意向は一切含まれていない』と思わせる。そういう作戦だ。
そうして出来上がった白組の騎馬は、騎乗する選手がジネット、リベカ、マーシャ、シェリル、ムム婆さん――と、戦闘に不向きそうな、ぽわ~んとしていたり幼かったりシワシワだったりする人選になっているのだ。
マグダやニッカという、若干好戦的な者も混ざっているが、そちらの方が却って説得力が増す。「あぁ、勝ちたいってヤツもいるんだな」と。全員が「勝ちよりも楽しむことが大事なの~」とか言い始めたら「また何か企んでるな?」と勘繰られるだろう。エステラやルシア辺りに。
これくらいでいいのだ。
なので、アホのリカルドのような目立つヤツをあえて騎乗させてやるのも効果的な目くらましとなる。やる気の差を見せつけることで『白組は統率力を失ったな』と思わせてやるのだ。
「はーっはっはっはっ! ついに来たな! 俺に相応しい、勇ましくも雄々しい競技が!」
「おい、リカルド! せめてお前くらいは攻め込んでいけよ!」
「なんだ、オオバ? 俺に期待をしているのか? まぁ、分かる! 分かるぞ! この競技において頼りになるのは俺くらいだからなぁ! ふはははは! 貴様もようやく俺の偉大さに気が付いたというわけか! 遅きに失した感は否めないが、まぁいいだろう! 貴様の期待に応えてやる! ふはーははははっ!」
じゃ。精々頑張って目立ちまくってくれ。
その間、こっちはこっちでこっそりと生き残るから。
「あの、ヤシロさん……わたし、こういうのは、本当に自信がなくて」
俺と給仕長ズが組む騎馬の上で、ジネットが不安そうに俺を見下ろしている。
戦を前に恐怖が湧き上がってきているのだろう。
「大丈夫だジネット。俺たちは戦いには赴かない。ただの散歩……いや、乗馬だと思ってのんびりしておけ」
「乗馬……ですか?」
ジネットが誰かの鉢巻を奪うなんて、そんなこと出来るわけがないのだ。
だが同時に、ここにいる誰もが『人畜無害で争いを怖がるジネット』から鉢巻を強奪することなど出来はしないのだ!
厄介なエステラも、ジネットにはキツく当たれまい。
ジネットが楽しそうに競技に参加していれば「真っ先に潰そう」なんて発想が出てくるはずもなく、「まぁ、今はまだ見逃しておこう」と考えることだろう。
そして、「今はまだ」なんて思っているうちに誰かに潰されてさっさと退場すればいいのだ!
生き残りゃあいいんだよ!
生きてるヤツが正義だ!
果敢に戦火に飛び込んで武勲をいくつも挙げて戦場で散るよりも、逃げて逃げて逃げ回って生き残ったヤツの方が偉いのだ!
白組は、戦わずして生き残る作戦で行く!
それも、俺が発案したと悟らせないように配慮したから、他のチームの連中はこちらの腹案に気付いてはいない。
鼻息の荒い連中同士がぶつかってさっさと潰し合えばいいのだ!
ジネットは、そういう作戦においてはかなり有利な働きをしてくれるだろう。
冗談でも、ジネットを叩くような素振りを見せる者は少ない。女の子同士の「や~だ、も~。ぺしり」なんてのを除けばな。
誰からも攻撃されないジネットこそが無敵なのだ!
「ジネット。俺たちはのんびり外周でも回って、騎馬戦を観戦しよう。知り合いを見かけたら声でもかけてやれ」
「はい。それでしたら怖くありませんね」
ただ、俺が悪知恵を選手たちに吹き込んだと悟らせないために、最初は敵陣に突っ込むけどな。
で、ジネットが「ぴぃ~!」って泣いて、エステラ辺りに「ジネットちゃんを苛めるな!」って怒られて、俺の後ろに構えている給仕長ズに「あなたは何もしなくて結構です!」ってユニゾンで忠告されて「ちぇ~、じゃーもーいーよ!」って俺が拗ねた素振りを見せた後、外周をぐるぐる回れば上出来だろう。
そうすることで、『オオバヤシロは機能していない』と周りにアピール出来るのだ。
「とにかく、誰とも争わなくてもいいから、絶対に落馬はするなよ」
それが一番心配なのだ。
鈍くさいジネットがバランスを崩して落馬。そんな自爆が最も恐ろしい。
イネスとデボラが後ろから支えてくれるだろうから、そこまで心配はしなくていいんだろうが。
「ありがとうございます。心配してくださって」
何を勘違いしたのか、ジネットが見当違いな礼を述べ、俺の頭を撫でる。
いいこいいこと、感謝の気持ちを伝えるように。
「……お前。今俺のこと、本物の馬扱いしてるだろ?」
「はっ!? す、すみません! 牧場で、お馬さんはこの辺りを撫でてあげると喜ぶと伺ったもので……つい」
誰がお馬さんだ、コノヤロウ。
「それはそうと、痛くありませんか?」
俺とイネス、デボラが手を繋いで作った鐙の上に足を乗せるジネット。
土足でいいと言ったのだが、頑なに靴を脱ぐと言って譲らなかった。周りを見渡せば、多くの選手が靴を脱いでいる。
痛みで手が離れてしまうリスクを考えれば靴は脱いだ方が賢明か。
「大丈夫だからしっかり踏ん張れよ」
「は、はい」
「もし足が疲れたら我々の腕に腰を下ろしてください」
「でも、それはさすがにイネスさんやデボラさんに申し訳ないような……」
「大丈夫です、店長さん。私、柔らかいのは大好きですので」
デボラがなんか言い出した!?
「ちょっとイネスー、お前の隣のデボラとかいう給仕長、本当に大丈夫な人ー?」
「問題ありません、コメツキ様。私も、好きな方です、柔らかいのは」
「大問題だな、給仕長二人とも!?」
俺だって大好きだわ、ぽよんぽよんしたもの!
くっそう!
俺も騎馬の後ろ側に回れば合法的にお尻触り放題見放題だったのに!
ブルマのお尻を!
「よし! 俺が後ろを担当しよう!」
「ダメですよ、ヤシロさん!? この格好は、後ろからは……見せられません」
ヒザを曲げての前傾姿勢。
結構まぁるくお尻が強調される格好だからなぁ……見たかったっ!
「会話記録には、なぜ映像記録機能が備わっていないのか……」
「その機能があれば、コメツキ様がいつもどこを見て人と会話をしているのかが白日の下にさらされますね」
「うん。ない方がいいな、やっぱ! プライバシーの侵害だ」
誰にも気付かれずにこっそり見ているささやかな楽しみが暴露されたりしたら、観覧規制がかけられるかもしれない。
ない方がいい。便利過ぎるのも考えものなのだ、人間の社会というのは。うん。
「もう……いつもどこを見ているんですか」
ジネットが俺の髪の毛をわしわしと毟る。
やめろ、毛根がへそを曲げたらどうしてくれる。もっと可愛がってやってくれ。二十年後、三十年後の俺のためにも。
「コメツキ様、店長さん。そろそろ出陣です」
「んじゃ、ジネット。出発の合図を頼む」
「え!? わ、わたしですか?」
「お前が俺たちを操るんだから、当然だろ?」
「え、そ、そう、ですか? では……」
照れなのか、躊躇いなのか、ジネットの手が俺の肩でむにむに動く。
……くすぐったいなぁ、こうもずっと触られ続けていると。
「で、では! しゅちゅじんでしゅ! ……はぅっ!?」
盛大に噛んで、それに照れて顔を押さえるジネットを乗せて、俺たち騎馬は『しゅちゅじん』した。
「さぁ、しゅちゅじんだ。イネス、デボラ」
「共にしゅちゅじん致しましょう」
「足並みを揃えて、いざしゅちゅじんです」
「み、みなさん、足並みが揃い過ぎでは!? も、もう、忘れてください!」
なんだか騎馬の連携が物凄くよく取れている。強い絆を感じる。
さすがだジネット。こうも騎馬の心を一つにしてしまうとは。
「横から見ていると、物凄い揺れますね店長さん」
「こっちサイドもすごいことになってます」
「ちょっ!? み、見ないでください!」
「ズルいぞ、お前ら!?」
「ヤシロさんは前を向いていてください!」
不公平だ!
騎馬の先頭はハズレくじだ!
ポジションの変更を要請する!
もしくは、向きを180度変えたい!
「……店長チームの騎馬、足並みを揃えて」
通りすがったマグダに注意されてしまった。
あんなにも足並みが揃っていたはずなのに……戦場では刻一刻と状況が変化していくと、つまりそういうことなのだろう。
油断できん。
ざっくざっくと、騎馬が足音を鳴らして各チームスタート位置へと並ぶ。
騎馬の数は各チーム十組。
4人一組の騎馬が10組×4チームで、総勢160名の大混戦だ。
これはかなりの迫力がある。
空は闇。
篝火が照らす夜のグラウンドに、今、開戦の合図が鳴り響く。
「怪我には気を付けてください。では、騎馬戦――よぉーい!」
――ッカーン!
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