「よし、そこまでだ! 落ち着け二人とも」
俺は近距離で睨み合うウェンディと母親の間に体を割り込ませる。
「え、英雄様…………ですが」
「いいから。一度落ち着け」
「…………っ」
「セロン」
「は、はいっ!」
「ウェンディを連れて、俺の視界に入らないところでイチャイチャしてこい」
「はいっ! …………え?」
興奮したウェンディを落ち着かせるには、セロンとのイチャイチャが一番効果的だろう。
だが、俺に見えるところではやるなよ? 燃やすからな? 火の粉で。
「あ、あの、英雄様……私は、別に……」
「いいから。ここは俺に任せておけ」
「…………はい」
不満顔のウェンディ。けれど、俺に向かって文句を言うことはない。
なんだか、申し訳ないくらいに俺を立ててくれている。
そこまでしてもらえるようなことをした覚えはないのだが……
だからまぁ、せめてな。今回のことくらいは丸く収めてやりたい。
「アタシには人間なんぞの言うことを聞いてやる義理はないんだけどねぇ」
一応、不快感は表し続けているものの、声のトーンは抑えられている。
こっちはこっちで、別に娘との決別を望んでいるわけではなさそうだ。
おそらくウェンディと同じで、出来ることなら和解したいのだろう。ただ、意見を曲げる気も譲る気も一切ないというだけで。
「とりあえず、落ち着いて話をしないか?」
「…………茶も出さん。家にも招かん。ここで、立ち話でなら、少し時間を割いてやってもいいよ」
……そりゃ、まぁ……なんつぅか…………
「出来たお母さんだこと」
「あんたに『お母さん』なんて言われたくないねっ! 怖気が走るよ!」
「んじゃ、オバサン」
「アタシは永遠の十五歳だよっ!」
うわぁ、懐かしい。
ウェンディに初めて会った時も同じこと言われたなぁ……さすが遺伝子。
ちらりと視線を向けると、ウェンディは必死に顔を背けていた。
うん。自覚はあるらしい。
「それじゃあ、名前を教えてもらってもいいか?」
「あんたらに名乗る名なんてないねっ!」
どうしろっつぅんだよ?
まさか、『お嬢さん』とでも呼べってか?
「母の名前はバレリアです」
「ウェンディ! 勝手に教えるんじゃないよ! 『お嬢さん』って呼んでほしかったのにっ!」
呼んでほしかったのかよ……
予想的中だな。勘冴えてんなぁ、俺。全然嬉しくないけど。
「父はチボーといいます」
「おぅ。情報提供ありがとうな。こっちはもういいから、少しセロンと話をして落ち着いてこい」
「…………はい」
俺が言うと、不満そうながらもウェンディはそれに従った。
セロンに連れられて、来た道を少し引き返していく。…………花園に行って二人で蜜でも飲む気なのか? ……ちっ。
「まぁ、ウェンディが俺たちをここに招待したがらなかったわけは分かったな」
「この親に会わせたくなかったってことだね」
エステラはそう読み取ったようだが、おそらくそれは少しズレている。
ウェンディは、この親を俺たちに見せたくなかったわけではなく、この親と言い争う自分を見せたくなかったのだろう。
そして、この親に会えば、必ず言い争ってしまうと確信していたので渋ったのだ。
その証拠に、俺たちを置いてこの場所を離れることを拒絶しなかった。
それはつまり、ほんのわずかでも期待しているのだ。
俺たちが、この頭の固い親を説得してくれることを。
……アッスントの言う通りだったな。
面倒なことに首を突っ込んでしまったらしい。
「とりあえず提案だ。今後ウェンディと話をする時は極力落ち着いて話すようにした方がいい」
話をする前に、アドバイスをしといてやる。これ以上ヒートアップすると危険だからな。
なのだが……
「何が落ち着いてだ! あんたら人間が関わってこなきゃこんなことにはならなかったんじゃないかい! あの娘をあんなおかしな体質にしておいて、他人事かい!?」
……あの体質は研究に没頭した結果で、俺を非難するのはお門違いだと思うんだが……まぁ、その研究のおかげで四十二区の夜は明るく照らされるようになったわけで、俺たちは大いに助かっているってことを加味すれば他人事ではないかな。
「だから、その体質があるからこそ落ち着けと忠告してやってるんだよ」
「あんたに言われる筋合いじゃないねっ!」
「そうでなきゃ、何もかも失っちまうぞ。家も、自分の命も……娘の命も」
「――っ!? ふ、ふん。脅しかい? ついに本性を現したね! これだから人間は……っ!」
「いや、だから。忠告だと言ってんだろ。これは、お前らの体質上避けられない大問題で、想定される惨事は遠くない未来必ず引き起こされる」
真面目なトーンで言うと、ウェンディの母バレリアは息をのんだ。
事の重大さを少しずつだが肌で感じ始めたようだ。
少々激情家で短絡的な面もあるが……顔色を変えたタイミングが『娘の命』ってところだった点は評価できるかもしれない。
こいつも、娘を憎んでいるわけではない証左だな。
なんとか出来る余地はありそうだ。
「まぁ、論より証拠だ。レジーナ、火の粉をちょっとだけ分けてくれないか?」
「ん? 一体何に…………あ、そういうことかいな」
俺のしようとしていることに気が付いたのか、レジーナは少し考える素振りを見せた後でうんうんと頷いた。
この状況を見て察したのだろう。
異常なまでにスパークするウェンディの発光に、周りと比べて段違いでくすんで見えるこの建物。そして、感情に任せて霧のようなものを噴き出すバレリア。
俺の考えも推測でしかないが、まぁ、概ね当たっているはずだ。
検証してみて間違ってたら「間違ってたや、てへっ」とでも言っておけばいい。
危険を放置するより、ちょっと恥をかく方がはるかにいいからな。
そんなわけで、検証だ。
火力はレジーナに任せる。
頼むぞ。シャレにならないことは避けつつも、それなりに派手でインパクトのある分量を的確に寄越してくれ。
差し出した俺の指先に、レジーナが小さな木匙でちょっぴりの火の粉をつける。
のりしおチップスを食べた後、指先についている青のりくらいの分量だ。こんなもんでいいのか?
「ちょっと下がってろ」
「な、何をする気だい?」
「大丈夫だから、下がって見てろって」
事情を察して自発的に下がったエステラとジネットとは違い、状況が見えていないバレリアに注意を促してやる。
そして、俺はパーラーでレジーナがやったように、指の腹を合わせ火の粉に圧力を掛けつつ摩擦した。
すると――
ボゥッ! バチバチバチィッ!
――炎が上がり、さらに辺り一帯に幾百もの火花が飛び散った。
あちらこちらで悲鳴が上がり、俺自身も想像以上の火の手に若干ビビって身がすくんでしまった。
……レジーナ、火力間違ったんじゃねぇのか?
だが、心配した建物への引火も、人体への火傷もないようだ。
天才薬剤師は、目分量だけで被害の出ないギリギリを見極めてくれたようだ。
……もうちょっと手加減してくれてもよかったけどな。
「…………ビ、ックリしたぁ…………ここまで派手になるとは思わへんかったなぁ」
「狙い通りじゃないのかよ!?」
「怖いわぁ……」
「いや、勝算なく適当な量を寄越してきたお前が怖ぇよ」
下手したら俺が放火魔になるところだったじゃねぇか。
まぁ正直、俺も粉の量を見て「え、こんなもん? もうちょっとあってもよくね?」って思ったけども。俺が自分で量を調節してたらこの付近一帯吹き飛んでたかもしれないけども。
「な、何をするんだいっ!? 危ないじゃないか!」
鬼の形相でバレリアが吠える。
そう、危ないのだ。
「あのまま、母娘ゲンカをヒートアップさせてれば、これ以上の大惨事になってたんだぞ」
内心、想像以上の火力に心臓バクバクなのだが、そんな素振りはおくびにも見せず、俺はバレリアに状況を説明する。
「これは、お前ら親子の体質による不可避の事故を事前にシミュレートした結果だ。こうなりたくなければ、今後娘と話をする時は激高しないことだな」
「アタシたちの体質……? どういうことだい?」
さっきの火花が相当怖かったのか、バレリアは興奮を抑えるように声を潜めて問いかけてくる。
うん。分かるぞ。俺もちびりそうなほど怖かったし。
危うく嬉ションエステラと同列になるところだった。危ない危ない。
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