唇を噛みしめ、バーサが俯く。
バーサ自身も獣人族であり、過去に様々な経験をしたのだろう。そんな思いをリベカやソフィーにはさせまいと、ずっと頑張ってきたのだろう。
バーサの体が小さく震えている。
その震えは、長きにわたる苦労が報われたことへの――世界が変わり始めたことへの喜びの表れ、なのかもしれない。
「領主……ドニス様………………渋いっ」
……あ、違うかも。
なんか、すげぇ硬く拳握っちゃってるし。
「ぁはぁ…………大人な男性も……いいっ!」
あぁ……なんか嫌な呟き聞こえちゃったなぁ……
小指を口の端で咥えるのやめてくれるかなぁ。
「でも私にはヤシロ様が…………やめてっ、私のために争わないでっ!」
ドニスと協力して、どこかに埋めに行こうかな。いや、マジで。
幻覚が見え始めてるって、きっともう末期だから。
「…………私、二人までなら同時に愛することが出来るかもっ?」
なんか最低なこと言い出したぞ!?
おい、誰か止めろ――と、身内のリベカとソフィーを見ると……アイツら、揃って耳をクルクル丸めてやがった。
あれ、完全に聞こえなくなるヤツだ。
責任持てよ。お前らの身内だろ。
「……よかった、いざという時のために勝負パンツを穿いてきておいて……っ!」
聞きたくなかったな、その情報!?
「ヤシロ様! お話が!」
「聞きたくない!」
目が血走り始めたバーサを一喝して黙らせる。
まったく、このババアは……
「勝負パンツは、ジネットのだけで十分だ!」
「ほにゃぁあ!? な、なにを、急に、い、言い出すんですか!?」
「あれ、今日は違うのか?」
「違っ、…………ぃ、ません……けどもっ! もう! 懺悔してください!」
お玉をぎゅっと握りしめて、反対の手で俺をぽかぽか叩いてくる。
こういう時お玉で攻撃してこないのがジネットだよなぁ。エステラなら、確実に手に持っている物を武器にしやがる。
「ナタリア。二本貸してくれない?」
「投げナイフにしますか、ツイスト・ダガーにしますか?」
ヤツめ、手に持ってない武器を要求しやがった!?
「ツイスト・ダガーで」
しかも殺傷能力の高い方を選びやがった!?
「ヤシロ。話があるんだ」
「お前にあるのは話じゃなくて殺意だろうが!」
なぜ俺がそこまでの殺意を抱かれねばいけないのか……理解に苦しむ!
「四十二区の恥部を広めないでくれるかな?」
「エステラ、お前っ! ジネットの勝負パンツを恥部扱いするのか!?」
「恥部は君だよ、ヤシロ!」
「ジネットはそんなに恥ずかしいパンツを穿いていると、そう言いたいのか!」
「聞けぇ、ボクの話をっ!」
「ヤシロさん、懺悔してくださいっ!」
わざわざお玉を置きに行って、両手でぽかぽか俺を叩くジネット。
ジネットがこんなにもスキンシップを取ってくるなんて、やっぱり外出って開放的になるんだなぁ。
「ヤシロ……その『癒されるなぁ~』みたいな顔のまま棺に納めてあげようか?」
「落ち着けエステラ。そもそも悪いのは俺じゃない。バーサだ」
「あれは…………まぁ、乙女心と、いうことで…………なんとか消化したよ、ボクは」
お前は外の人間に甘過ぎる!
バーサはもっと糾弾されて然るべきなのにっ!
「こら、ヤシぴっぴよ」
ドニスが険しい表情で俺を睨んでいる……が、『ヤシぴっぴ』のせいで威厳も迫力も八割減だ。
「戯れも大概にせんか」
ゆっくりと立ち上がるドニス。
一歩一歩、大地を踏みしめるように俺へと近付いてくる。
「ミズ・クレアモナというフィアンセがいながら、他の女に体を許すとは何事かっ!? 恥を知れ!」
「なんかいろいろ間違ってるぞ、お前!?」
誰がフィアンセだ!?
そして、体を許すってなんだ!? ただのスキンシップだっつうの!
「あふぅ……急に立ちくらみが……と、言いつつヤシロ様へ寄り添う私……」
「ナタリア、面白そうだからって引っかき回すな……」
「……急な立ちくらみ」
「あぁ……お兄ちゃん支えてです……」
「お前らも乗っかるな、マグダ、ロレッタ!」
「なぁヤシロ! 立ちくらみってどうやったらなれるんだ!?」
「たぶんお前には無縁のものだと思うぞ、デリア」
「私も立ちくらみした~い☆」
「いやマーシャ、お前立てないじゃん!?」
あぁ、うるさい!
遊べそうな空気を感じたらここぞと出てきやがって!
「こういうのに乗っからないのはベルティーナとミリィだけだな」
「ぁう……みりぃは、その……はずかしい、から……」
いいんだよ、ミリィはそのままで。
で、さっきから妙に大人しいベルティーナはというと……机に突っ伏していた。
って、おい!?
「ベルティーナ!?」
「シスター!?」
酔ってないか、あいつ!?
ノンアルコールだぞ!?
突っ伏すベルティーナに駆け寄る俺とジネット。
ジネットがそっとベルティーナに触れる。
「シスター、大丈夫ですか?」
「はぃ……らいじょうぶ……いぇ、大丈夫です」
酔ってるな……でもなんで?
「すみません……あの、なんといいますか……宴の雰囲気で、少し……」
「あぁ……雰囲気で酔っちゃうヤツってのはたまにいるからなぁ」
「でも、気分は悪くないので、楽しい気分ですよ……うふふふ」
さして面白くもないこのタイミングで漏れ出す笑い。
完全に酔ってるな。
「シスター、少し中座して中で休ませていただきましょう」
「そうですね……その方がよさそうですね」
ジネットに言われ、ふらつく足で立ち上がるベルティーナ。
「きゃっ」
「危ねぇ!」
椅子の脚に躓き、大きく体勢を崩す。
間一髪体を支えることが出来たが…………柔らかいなぁ。
「ヤシロさん……『めっ』ですよ」
「いや、これは、ほら……不可抗力だ」
ベルティーナに軽く睨まれる。が、腕を伸ばした位置が悪かっただけだ。故意ではない。
といっても、ベルティーナも怒っているわけではない様子で、体を起こすとにっこりと微笑んでくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いや、こちらこそありがとう」
「そういうことを言うから『めっ』なんですよ」
怒られた。
けれど、頬を薄く染めるベルティーナは可憐さを纏っていて、この顔でなら何時間でも怒られていたいもんだ。
「あの、ヤシロさん……」
心配するジネットをよそに、ベルティーナは俺に体を寄せてくる。
な、なんだ? 本当に結構酔っ払ってて、甘えん坊モードが発動したのか?
周りの連中も、ベルティーナのすることなので下手に口を挟めないでいる。
「……一つお願いがあります」
「え?」
「私も、ジネットのために…………」
そう言って、耳打ちされた言葉に思わず驚いた。
ベルティーナがそういうことを言うのは珍しいから。
「……出来るのか?」
「これでも、長く母親代わりをやっていますので」
自信があるようだ。
酔いさえ覚めればなんとかなるだろう。
じゃあ。
「ナタリア。ベルティーナを頼む。あ、デリアとミリィも手伝ってやってくれ」
「え、あの、ヤシロさん。シスターのことならわたしが……」
「ジネットは、もうちょっとここで俺を手伝ってくれ」
「そ、そう……ですか?」
弱ったベルティーナを放っておけないジネット。
だが、ベルティーナたっての希望でもあるんだ。お前はここに残っておいてくれ。
「とりあえず、俺とジネットが『ふしだらな関係』でないことを証明しないといけないしな」
「ふ、ふしっ……!? あ、ぁああの、あのっ、そ、そのようなことは決して! わた、わたしは、あの……アルヴィ……スタ、スタ、スタン、タンタン……あのっ!」
「いや、落ち着け。そこまで疑惑の目は向いてないから」
盛大に慌て始めるジネット。
その隙に、『仕込み』の必要なメンバーが教会の中へと入っていく。
しっかり頼むぜ、みんな。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!