異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

261話 雪の中の不審者情報 -2-

公開日時: 2021年5月10日(月) 20:01
文字数:3,774

「デリア、どうした?」

 

 駆け込んできたデリアは、マーシャを椅子に座らせると息を切らせながら今起こったことを語り出した。

 

「あたいの家からマーシャの水槽を押して歩いてきてたんだよ。そしたらさ、教会のそばまで来た時にそいつが現れたんだ」

 

 水槽で前方の雪を押しのけながら雪道を進んでいたというデリア。……どんだけパワーあるんだよ。ただでさえ重い水槽付き荷車で、大量に積もった雪を押しのけながらって。

 最初はのんびり話しながら歩いていたらしいのだが、ふと後ろを振り返ると、そこに人影があったらしい。

 それも、デリアよりも一回りも大きい、デカい人影が。

 

「デリアよりデカいって、オメロか?」

「あたいもそう思ってさ、『オメロなら三秒でここに来い』って言ったんだけど、来ないんだよ」

「じゃあオメロじゃないな」

 

 あいつなら、道が雪に埋もれていようが、両足を骨折していようが、デリアに『来い』と言われたら何がなんでもやって来るはずだ。

 だが、その人影はなんの反応も示さず、ただじっとデリアたちの後ろに佇んでいただけなのだという。

 

「ずっと見てたら、急に近付いてきたり、かと思ったら一瞬ですげぇ遠ざかったり、とにかく気味が悪かったんだよ」

 

 現在の積雪は1メートル弱だ。

 そんな雪道を、そこまで機敏に行き来できるヤツなんかいるはずがない。

 空でも飛んでいない限りは。

 

「ニッカとかカールって可能性は?」

「見た感じ、飛んではなかったよ~☆」

 

 マーシャがその時の状況を語る。

 

「なんかね、直立したまま行ったり来たりしてた」

 

 何そいつ!? 気持ち悪っ!?

 

「あ、でも、たまに踊ってたかも」

「踊ってた?」

「うん。こう、ゆらゆら体を動かしてね」

 

 海の中のわかめのように体を波打たせてみせるマーシャ。

 雪道でそんな奇妙な行動を取るヤツに心当たりがない。知り合いには変人がかなりいるが、目的もなく他人を怖がらせるようなヤツはいない。

 

 一体何者だ?

 

「それでさ、あたい、なんかヤバいなって思って、水槽を置いてとりあえずマーシャを避難させようと思ったんだ」

 

 自分一人だったなら、デリアはその謎の人影の正体を突き止めに行っただろう。

 だが、今日は雪道で身動きが取れないマーシャが一緒だった。

 だから、とにかくマーシャの身の安全を確保しようと陽だまり亭に避難してきたのだ。

 

 賢明な判断だ。

 

「なんの役にも立たないかもしれないが、俺も一緒に行ってやるよ」

「ホントか、ヤシロ!? 助かるよ。実は、ちょっと気味悪くて怖かったんだ」

 

 俺よりも断然強いデリアが、ほっとした表情を見せる。

 力の強さなど関係なく、俺がそばにいることで安心できるようだ。一人では心細かったのだろう。女の子だもんな。

 

「……マグダも行く」

「大丈夫か?」

「……ヤシロは心配性」

 

 だってよ、去年は教会に着く前に倒れたしよ……まぁ、マグダを信じよう。

 

「それじゃオイラも!」

「え~、みんな行っちゃうの~?」

 

 立ち上がるウーマロに、マーシャが待ったをかける。

 確かに、ジネットとマーシャだけを残していくのは不安だ。

 変質者が、すぐそこまで迫ってきているかもしれない。

 そいつの狙いがマーシャなら、どこかに隠れてデリアが出ていくのを待ち構えているかもしれない。

 

 最悪なことに、これだけの積雪がある今は、隠れる場所には事欠かないのだ。

 

「マグダには残ってもらった方が安心かもしれないな」

「……ウーマロだけでは、不安?」

「襲撃者が絶世の美女だったら、ウーマロは緊張して何も出来ない」

「そんなことないッスよ!? やるべき時はちゃんとやるッス!」

 

 とはいえ、荒事が得意とは言えないウーマロでは少々不安なのだ。

 マーシャにもジネットにも、傷一つ付けるわけにはいかない。

 

「エステラたちが来るのを待ってもいいんだが……」

「それじゃ、変なヤツに逃げられちまうぞ」

 

 そう。

 あまりもたもたしていると、謎の人影は姿を消すだろう。

 そうなれば、正体不明の誰かがどこかに潜んでいるかもしれないという漫然とした恐怖が残ってしまう。

 それは精神衛生上よろしくない。

 雪に閉ざされた食堂の中で、外にいるかもしれない謎の人物に怯えて過ごすなんて、B級サスペンスじゃあるまいし、御免被るぜ。

 

「もしその方が、陽だまり亭の前で息を潜めているのだとしたら……ロレッタさん、鉢合わせたりしないでしょうか?」


 ジネットの呟きに、背筋が冷える。


 その不審者の目的がデリアかマーシャなら、陽だまり亭の前で待ち伏せしているかもしれない。

 そんなこととは知らないロレッタがそいつに遭遇したら……何をされるか分かったもんじゃない。

 

「悪い、マグダ。お前は残って陽だまり亭を守ってくれ」

「……分かった」

「デリア、行くぞ!」

「あぁ!」

 

 逸る気持ちを抑えてドアへ向かうと、そのドアが開いた。

 雪まみれで転がり込んできたのは、ロレッタとハム摩呂だった。

 

「おはようございますです!」

「遭難しかけの、ブラザーズやー!」

「……ロレッタ」

「ハム摩呂さん!」

「あれ、どうしたですか? なんだか顔が怖いですよ?」

「はむまろ?」

 

 マグダとジネットが駆け寄り、二人の雪を払い落としてやる。

 ロレッタとハム摩呂の表情を見る限り、こいつらは謎の人影を見ていないようだ。

 

「変なヤツを見なかったか?」

「え、ござるさんですか? 今日はまだ見てないです」

「あ、うん。そいつじゃない変なヤツなんだが……」

 

 ロレッタの中で、変なヤツの第一候補はベッコなんだな。

 よかったなベッコ。お前金メダルだぞ。

 

 ……で、そうじゃなくて。

 

「来る途中、変なことはなかったんだな?」

「えっと、……特には……、うん、なかったです」

 

 よく考え、よく思い出し、ロレッタは返答する。

 そうか。

 何もなかったならいいんだ。

 

「んじゃあ、あたいが見たヤツはもうどっかに逃げちまったのかな?」

「それならいいのですが……」

 

 不安そうな顔でジネットが言う。

 逃げられると、それはそれで気味が悪いんだが……待てよ。

 

「ロレッタ。雪道に足跡ってついてたか?」

「あ、それはあったです。もっのすごいめくれ上がった跡が一本、教会の方に向かって伸びてたです」

「それは、あたいが走ってきた跡だな」

「それ以外には?」

「特になかったですねぇ」

 

 凄まじい積雪は、通るだけで目立つ足跡が出来る。

 足跡というか、腰まで埋まるから溝が出来るのだ。

 それこそ、空でも飛んでいない限り、目立つ跡をつけずに移動することは不可能だ。

 

 ……ってことは。

 

「川の方へ逃げたか……」

「やっぱオメロだったのかなぁ?」

 

 オメロがそんなことをする意味がない。

 デリアを怖がらせて溜飲を下げるようなバカなヤツじゃない。

 もっと別の誰かだ。

 

「イメルダが危ないな」

「はっ!? そうですね。あちらに逃げたということは、イメルダさんのお家の方です!」

 

 ジネットが青い顔をしておろおろし始める。

 

「あの、一体何があったです?」

「……実はデリアが」

 

 状況が飲み込めていないロレッタに、マグダが事の成り行きを説明し始める。

 その間、俺とデリアは軽く打ち合わせをする。

 

 まず、教会へ行って不審者を見ていないか、全員無事かを確認する。

 それからイメルダの館へ向かう。

 不信者探しをしたいところだが、安否確認が最優先だ。

 

 教会へ向かうと聞いて、ジネットが安堵の表情を浮かべる。

 だが、すぐにまた不安が顔を覗かせる。

 

「もし、その謎の人が陽だまり亭を通り過ぎて大通りの方へ向かっていたとすれば、ネフェリーさんやパウラさんは大丈夫でしょうか?」

 

 あぁ、そうか……

 エステラにはナタリアがついているし、ノーマはたぶん一人でも大丈夫だが、ネフェリーとパウラは危険だ。

 せめて二人一緒に来てくれれば多少は安心なのだが……くそっ、身動きが取れない!

 

「ハム摩呂! あんたひとっ走りナタリアさん呼んでくるです!」

「超特急の、走る伝書鳩やー!」

「待て待て、ロレッタ! 無謀過ぎる!」

 

 ハム摩呂はこの中で最年少だ。

 いくら獣人族とはいえ危険過ぎる。

 

「大丈夫だ、ヤシロ! あたいたちでさっさと犯人を捕まえれば問題ない!」

 

 いや、全然大丈夫じゃないから!

 それが出来ればいいが、おそらくそう簡単にはいかない。

 敵が狡猾であれば、こちらの隙をついて攻勢を仕掛けてくるかもしれない。

 最悪の事態を想定して行動しなければいけない。最悪の事態を引き起こさせないためにはな。

 

「くそ……どうすりゃ一番安全なんだ……」

「……ヤシロはちょっと心配症」

 

 バカ、マグダ。

 これは心配性なんじゃなくて『慎重』ってんだよ。

 つか、お前らが「なんとかなるっしょ!」的に無鉄砲過ぎるんだよ。

 

「とにかく、西側に向かう!」

 

 東側にはナタリアとノーマがいる。

 危険がないとは言い切れないが、無防備な教会やイメルダの方が危険度は高い。

 

「もし、パウラやネフェリーの声が聞こえたら、すぐに助けに行ってやってくれ」

 

 マグダに頼るのは申し訳ないが、それしか手段が思い浮かばない。

 何事もなければそれに越したことはないのだが。保険はかけておいた方がいい。

 

「頼めるか、マグダ?」

「……少し待って」

 

 ドアのそばへ移動して、耳をぴくぴくと動かすマグダ。

 そして、無表情な半眼がこちらへ向く。サムズアップと共に。

 

「……不安材料が一つ解消された」

 

 その言葉のとおりに、直後に二人の女子が陽だまり亭へとやって来た。

 息を切らせたパウラとネフェリーが。

 こんな、奇妙な言葉とともに。

 

 

「ねぇ、ヤシロ。モーマットさんが誰かと畑で踊ってたよ?」

 

 

 

 

 

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