「とにかく入ろうぜ。朝は寒い」
「そうだね。あ、でも先に行っててくれないかな?」
「ん? なんだよ?」
「いいから。ほら、コレ。頼まれていたものだから、コレを持って先に行ってて」
「……なんだよ。あ、トイレか」
「ホントに君はデリカシーがないよねっ!?」
ドアを開け、背中を突き飛ばされた。
前につんのめるように室内へ放り込まれ、振り返ると同時にドアが閉められる。
……なんか、監禁された気分だ。
まったく、トイレくらいで乱暴な…………はて、本当にそうか?
エステラの態度に何か引っかかりを感じた俺は、そっと、傷んだ木のドアを開く。
隙間から外を覗くと……
「…………ふふ」
エステラが、宙に浮いた半透明の板を見つめてニヤケていた。……うわ、怖っ。
ここで見つかると「見ぃ~たぁ~なぁ~!」と山姥化しそうな雰囲気だったので、バレないようにそっとドアを閉じた。
さっきの半透明の板は、会話記録か?
何を見てたんだか……
まぁ、用事が済めばそのうち勝手に入ってくるだろう。
そう思い、俺は受け取った荷物を手にリフォーム終了までの間仮設リビングとしている二階の部屋へと向かった。
中庭を抜けて、二階へ上がり、仮設リビングのドアを開けると……
ジネットが会話記録を眺めてニヤニヤしていた。
ジネット、お前もか……
「はぅわぁ! ヤシロさささささんんっ!?」
「面白いとこ噛んだな」
後半噛むヤツは珍しい。
「何してんだよ?」
「あ、いえ……その…………ちょっと、忘れたくないことを忘れないように……」
へぇ……
なるほどな。会話記録はそうやってメモ代わりに使うことも出来るのか。
確かに、一度口にした言葉なら記録が残るんだから、理に適った使い方だな。
「すごいじゃないか、ジネット。その使い方は盲点だったぞ。いや、いいことを教えてもらった。ありがとな」
「ふぇっ!? ……ヤシロさんに褒められた………………嬉しいですっ!」
いやいや、そんな本気で喜ばれると、普段俺が冷たいヤツみたいじゃないか。
褒めるところはちゃんと褒めるぞ。
ただ、褒められるところが極端に少ないだけで。
「……マグダは知っている」
「おぉうっ!? ……い、いたのか、マグダ」
いつの間にか俺の背後にピタリと寄り添うようにマグダが立っていた。
気配がなかった……さすがネコ科……
「……店長は、ここでのヤシロの言葉を何度も読み返している」
「マグダさんっ!?」
「俺の言葉? 俺、なんか言ったか?」
「……『どうって……いや、可愛いけど?』」
「マグダさんっ!? なんで、何もかも知ってるんですかっ!?」
「……見た」
「いつ見たんですかぁ!? もう!」
ジネットが慌てた様子でマグダの口を塞ぐ。
…………あ、言ったかもしれないなぁ、エプロンドレスが似合うかどうか聞かれて。
「あ、あああ、あの、ちが、違うんですよヤシロさん! 別に、珍しく褒められたのが嬉しかったとか、可愛いとか男の人に言われることが少ないからとか、そういうことではなくて、あの……ですから、つまり……」
「……読み返すと元気が出る」
「そうなんですけど! そうなんですけど、ちょっとだけ静かに願います、マグダさん!」
ジネットが半泣きだ。
……なんだろうか、この騒がしさは。
つか…………俺の言葉で元気出るとか…………なんか、照れるわ。
「うわっ、どうしたんだいジネットちゃん!?」
そんな中、エステラが仮設リビングへとやって来る。
「ヤシロォ……」
「待て待て。真っ先に俺を疑う癖を直せ。下手人はマグダだ」
「マグダが……?」
「……店長が会話記録を読み返してニヤニヤしていた件について」
「マグダさん! もうこれ以上広めないでくださいっ!」
「――っ!?」
マグダの一言でジネットはさらにダメージを受け……同時にエステラも顔を背けた。耳が赤い。
「そ、そんなことよりも、今日の予定を話し合わないかい?」
「そ、そうですよね! そうしましょう! 建設的に!」
……この反応。
「なぁ、エステラ。お前さっき表で……」
「ところでどうだったかな、ボクの持ってきた物は? 役に立ちそうかい!?」
強引な話題転換……やっぱりこいつ……
「盗み聞きしたエロい会話でも読み返してたな?」
「……そういう目でボクを見るの、やめてくれないかな?」
先ほどまで上気して薄桃色だったエステラの頬が、一瞬で素の色に戻った。
あぁ、これがドン引きってヤツか。すげぇ冷めた目で見られてる。
「今日はしっかりと作戦を立てて行きましょうね。昨日は残念な結果になってしまいましたから」
ジネットが仕切り直し、俺たちは仮設リビングのテーブルに着いた。
狩猟ギルドにボナコンの肉を売った翌日、俺たちは米農家を訪ねていた。
野菜、魚、肉とくれば、当然次は米だろうと喜び勇んで向かったのだが……
「お前らに売ってやる米はねぇ。『一回捨てて、それを買い取る』? バカ言うんじゃねぇよ! 丹精込めて作った米を捨てるなんざ出来るか! ただでさえ生産量がギリギリだってのに! そんなふざけた話をしに来たんなら帰ってくれ! 二度と来るな!」
――と、カモ人族の米農家ホメロスに追い返されてしまったのだ。
これで、米を手に入れるのが難しくなってしまった……
だからといって、四十二区内でもまださほど認知されていないゴミ回収ギルドが、いきなり他の区に乗り込んで大成するとも思えないし、ましてや行商ギルドから買うなんて、最早出来ないし…………
そうして、俺の炊きたて白米大作戦は、作戦実行前に頓挫してしまったわけだ。
おのれ……米農家のホメロスめ……俺に向かって言ったセリフ、たったの一言も忘れるなよ…………
あいつも、『叩き潰しても心が痛まないリスト』に入れてやろうか……ったく。
とりあえずあのカモ野郎は、今度会った時にでも、背中にネギを括りつけてやることにする。
リアルカモネギだ。搾取されまくるがいい、カモだけに!
つか、米農家をカモ人族がやってるのには驚いた。
日本でも、田んぼに合鴨を放して虫を食べさせる合鴨農法ってのがあるが……さすが異世界だな……雑草やら虫の除去だけじゃなく、最初から最後までカモが作業してるとは……
ちなみに、そのホメロスというカモ人族は緑の顔をしたマガモではなく、茶色地に白い模様の入ったカルガモみたいな顔をしていた。
さて、ネギをしょってくるのは何ガモだったかな……
「あのヤシロさん……顔が、怖いですよ?」
「いや、なに、ちょっとした思い出し苛立ちだ。限度を超えると不当な八つ当たりをすることもあるが、まぁ気にするな」
「はいでは、気にしま…………八つ当たりはやめてくださいね?」
ジネットが怯えたように肩をすぼめて俺から距離を取る。
誠に残念な結果ではあったが、ダメなものはどんなに粘ってもダメなのだ。
もっと別の切り口で攻める必要がある……が、俺たちは米ばかりに時間を割いているわけにはいかない。なにせ、食堂には各種、様々な食材が必要なのだからな。
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