二十四区教会。
「そーふぃーちゃーん、あーそーぼー!」
「……やめてくださいますか、そういう恥ずかしい呼び出し方は」
赤い鉄門扉を開けて、赤い瞳のソフィーが頬を赤く染めて顔を出す。
髪の毛以外真っ赤だな。
「準備はどんな感じだ?」
「はい。皆様とても優しく指導してくださって、順調です」
「指導?」
ソフィーの言葉に、思わずエステラと顔を見合わせる。
「ぶつかる視線、触れ合う指先……そして、重なる唇」
「へ、変なモノローグ付けないでくれるかな、ナタリア!?」
「……揺れない胸」
「刺すよ?」
他区に来ても賑やかな連中だ。
面白コンビは放っておくとして、俺たちも教会の中へと入る。
「あっ、ヤシロさん。会場はもうほとんど完成したッスよ」
ねじり鉢巻きをビシッと決めて、ウーマロが現場の指揮を執っていた。
「おぉ、そうしてると本職の大工に見えるな」
「本職の大工ッスよ!?」
えっ!? お前の職業マグダ信者じゃないの!?
「やーちろー!」
「えすてらおねーちゃーん!」
俺たちが顔を出すと、ガキどもがわらわらと群がってくる。
どいつもこいつも手に釘や金槌を持って。
「……手伝わせてたのか?」
「やはは……シスターバーバラが、どうしてもって」
なるほど。それで「優しく指導」ね。
職業訓練をしているとはいえ、こうやって本職の人間の仕事現場を直接目にする機会はそうそうないだろう。
体験までさせてもらったのなら、ガキどもにとってはいい経験になっただろうな。
ウーマロのことだから、本当に心配になるような部分はやらせてないだろうし、作業に遅れもなさそうだし、問題はないだろう。
「楽しかったか?」
「「「ちょーよゆーだったー!」」」
「大工仕事を舐めてると怪我するッスよ!?」
超余裕な仕事しかさせてないんだ――とは言わないのがウーマロらしいか。
「みなさん、お手伝いご苦労様です」
「「「「わー! 美人さんだー!」」」」
「……ちっ」
教会でも、情報紙は読まれているようで、ここでもナタリアは『美人さん』扱いだった。
ソフィーなんか、ナタリアの前ではそわそわして、所作や髪のちょっとした流し方なんかを真似しようとしているようだった。
お堅いソフィーも女の子なんだなと思ったよ。
「ハム摩呂さん、この先を見せていただくわけにはいかないでしょうか?」
「ここからは、トップシークレットやー!」
向こうのシートが貼られた場所で、妙に礼儀正しい口調のカマキリっぽいガキとハム摩呂が押し問答をしている。
……あいつだったのか、礼儀正しかったヤツ。
「やちろー! 見たいー!」
「みたいー!」
「やちろー!」
ガキどもが群がってくる。
教会の庭先、屋台エリアから少し離れた広場。
長い杭を打ち、魔獣の革で作られた大きなシートを貼って完全に目隠しされている一角。
覗き込み防止のためにハムっ子たちが厳重に警備している。
あの一角には遊具が設置されるのだ。
遊具は『宴』の中でお披露目されるサプライズ企画だ。見せるわけにはいかない。
こいつの存在は、ベルティーナも知らない。
ジネットや他の連中は『遊具を作る』というところまでは知っているが、全貌を知っているのはここにいる面々だけだ。
本番で大いにも盛り上がってくれればいい。
「あっ……」
という囁きと共に、ソフィーの耳がぴくりと揺れる。
「おいでになられたようです」
軽く会釈して門へと向かうソフィー。
その背中を見送りながら、思う。
「そうか、ジネットの揺れる音が聞こえたのか」
「それを聞き分けられるのは君だけだから」
エステラの声を聞き流しつつソフィーを見送る。
心なしか足取りが軽やかだ。
「ベルティーナさんに会えるのが嬉しいのかな?」
「それもあるでしょうねぇ」
いつの間にか、エステラの隣に干からびたサルがいた。
「やばい……見えちゃいけないものが見えてる……」
「うふふ、私はちゃ~んと生きていますよ」
どうやら地縛霊の類いではないらしい。
あっ、よく見たらシスターバーバラだった。
「あの娘はずっと楽しみにしていたのですよ、ここの子たちに新しい友人が出来ると」
「教会のガキどものことか?」
「えぇ。昨晩からあちらのハムスター人族の子たちともずっとおしゃべりして。やっぱり、子供は強いですね。こちらが不安に思っていることなんて、なんでもないかのように仲良くなって」
身体のハンデなど、あってないがごとし。
あったらあったで、それはそういうものとして受け入れる。
そういう素直さが、ガキにはある。大人には難しいことでも、ガキどもならなんてことないように受け入れられる。
見習わせたいもんだな、凝り固まった頭の大人たちに。
「それと、久しぶりの再会に緊張しながらも、やはり嬉しいようなんですよ。……うふふ」
今日、ソフィーはリベカと再会する。
六年ぶりになるわけだ。
どんなことになるのか、その辺は不安ではあるな。
「段取りはどうなってる?」
ナタリアに確認を取る。
「お嬢様には領主の館へ赴いていただき、ミスタードナーティ及び、フィルマン様をお連れいただくことになっております。給仕がお供出来ない非礼は、すでに手紙にて謝罪してあります」
「まぁ、向こうにも執事がいるからその辺は任せても大丈夫だろう」
あっちの執事ほか使用人はドニス大好きっ子ばかりだから、喜んで協力してくれるだろうよ。
「同じタイミングで、私が麹工場へ赴きリベカさんとババアをお連れいたします」
「こら、ナタリア」
「失礼しました。ババア様をお連れいたします」
「敬い方、それじゃないよ!?」
「バーさん」
「バーサさんでしょ!?」
こいつらは、どこかに漫才を挟まないと死んでしまう病気なのだろうか。
教会のババア枠、バーバラがくすくすと笑っている。
「ヤシロ様には、こちらに残ってもらい、総合プロデュースを担っていただきます。おっぱいはほどほどに」
「完全になしで執り行わせるよ、今日は!」
バカ、エステラ。
ほどほどには散りばめていくっつの!
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