救護室を出て会場へ向かう。
途中でテレサを見つけたので、有無を言わさず抱き上げた。
「わぁっ!? えーゆーしゃ、なに?」
「残念賞だ」
「ざんねん、なぃ、ょ?」
「競争ごっこしてたんだろ? 勝負はカンパニュラの勝ちだからな。だからテレサには残念賞だ」
「はい。私は先ほど優勝賞品をいただきました。テレサさんと同じものでしたよ」
「……ぃいの?」
窺うような目をこちらに向けてくるテレサに、頷いてみせる。
「ジネットたちのところに着くまでの間だけな」
「うん。……えへへ、ざんねんしょう」
にへ~っと笑って、首にしがみついてくる。
そんなテレサを見て、カンパニュラがくすくすと笑う。
「本当に、ヤーくんは子供好きなのですね」
「気のせいだ」
テレサを見て笑えや。
俺を見てんじゃねぇよ。
泣かしちまうぞ?
カンパニュラと並んで、大きく開かれた扉をくぐる。
でっかい会場の中央壁際、入り口から入って左手側に特大キッチンが設けられている。
作業スペースが二つ並んだ、かなり大きなキッチンだ。
それと向かい合うように無数のキッチンが準備されていて、どのキッチンからも特大キッチンが見えるように設計されている。
その特大キッチンからは、すでに堪らん香りが漂ってきていた。
ラーメンスープの下拵え中だな。
「ジネット。仕込みは万端か?」
「あ、ヤシロさん。……うふふ。はい、万端です」
振り返り、俺の腕の中にいるテレサを見て相好を崩すジネット。
甘えん坊のテレサを見て微笑ましく思ったのだろう。きっと。
「お兄ちゃんはホントに子供好きですね」
「んなこたねぇよ」
「……第二のハビエル」
「それは違うぞ、マグダ!? 断固として違う!」
そもそも、俺はガキが好きじゃない。
こんな、揺らしても揺れない未発達なんぞ。
「その姿じゃ、どんなに悪ぶっても説得力がないよ」
オルフェンと打ち合わせをしていたらしいエステラが、わざわざ皮肉を言いにやって来る。
仕事してろ。
「好き嫌い関係なく、これはただの残念賞なんだよ。な?」
「うん、ざんねんしょう、だぉ!」
「へぇ、ということは、カンパニュラは何か商品をもらったんだね?」
「はい。素敵な優勝賞品をいただきました」
「やっぱりね」
と、こちらを見てにやりと笑うエステラ。
何がやっぱりだ。
残念賞があれば優秀賞があるのは当然だろうが。そんなもん、推理でもなんでもない。
ドヤ顔をするな。鼻の穴にピーナッツを詰め込むぞ。
「ナタリア、ピーナッツ」
「そうおっしゃると思って、こちらにご用意しておきました」
「何が起こると想定して用意してたのさ、ナタリア!? 没収!」
ナタリアが取り出した袋詰めのピーナッツを袋ごと没収するエステラ。
それにつけてもナタリアの有能さよ。
まさか、ピーナッツを用意しているとは。
お化け屋敷で才能を発揮してみせたシェイラへの対抗心か?
「さすがだな」
「えぇ、もちろん。給仕長ですから」
対抗心だったっぽい。
実はナタリアもお化け屋敷の裏方とか、やりたかったのかもしれないな。
というわけで、陽だまり亭ブースに到着したのでテレサの残念賞はここまでだ。
「じゃ、おしまいな」
「はい! だっこ、うれしかったぉ。ありがとうね、えーゆーしゃ!」
最後にぎゅっと首に抱きつき、ぎゅーっと身を寄せてくる。
テレサが満足した後で、ちっさい体を床へ下ろす。
――と、空いた腕の中にマグダがするりともぐりこんできた。
「って、おい」
「……マグダは二人に競争を提案した、いわば主催者。主催者特権と主催者優待を所望する」
「……へいへい」
首にしがみつくマグダを抱き上げる。
「あ~ぁ、これでまた子供好きとか言われちゃうんだろうなぁ」
「……平気。マグダはもう子供ではないので。言われるとすれば『女好き』」
「それはそれで微妙な気分になるな」
腕の中で「むふー」っと満足げな息を漏らすマグダ。
カンパニュラが来てからは、なかなかこうして甘えさせてやる機会がなかったからな。
むしろよくここまで我慢していたなというところか。
「あ、あのっ、お兄ちゃん! 次、空いたらあたしも――」
「残念だな。このサービス、未成年までなんだ」
「はぅっ! 年齢の壁です!」
やったらやったで照れるくせに、節操なくやりたがるな。
お前は照れると妙に女っぽい顔をするから、対応に困るんだよ。
ロレッタを連れ、マグダを抱きかかえ、ラーメンのスープの味を見るジネットに向かい合う。
「ジネット、今日はおそらく一日中講師をすることになると思うが、何かあったら俺に言え。サポートはするから」
「はい。少し緊張しますが、わたしはいつも通りお料理をするだけですから」
ジネットの言う通り、若干の緊張は見られるが、特に気負っている様子はない。
これなら大丈夫か。
「マグダとロレッタも、タコ焼きとお好み焼きの講師としていろいろ聞かれると思う。困ったことがあればいつでも俺を呼べ」
「はいです!」
「……お好み焼きとタコ焼きはマスターしている。大船に乗ったつもりで任せるといい」
と、俺の腕に抱かれて胸を張るマグダ。
乗るべき大船が俺の腕の中にあるんだが? そんな態勢で安心しろと言われてもな。
まぁ、この二人ならなんとかするだろうし、任せておいても問題はない。
「カンパニュラとテレサも、みんなを手伝ってやってくれ」
「はい。おまかせください」
「がばぅ!」
よし、陽だまり亭チームはこれで大丈夫だろう。
「エステラ。ちゃんと寝てきたか?」
「あはは。ばっちりとは言い難いけどね。でも、大丈夫だよ。この二日、何がなんでも乗り切ってみせるさ」
「ナタリア。エステラをよろしくな」
「はい。これが終われば給仕たち全員に休暇がいただけるということですので、今からうっきうきです」
「全員じゃないよ!? え、全員ってことになったの!?」
「はい。私を含め、そのように」
「ナタリアはそばにいてよね!? いろいろ困るから!」
「ご安心ください、エステラ様。お風呂とおトイレの際はぴたりと隣に寄り添いますので」
「その二つの時はいなくていいよ! そこ以外が重要なの!」
「一人で拭けますか?」
「レディに対して、なんて質問をするのさ!?」
明確な否定がなかったということは……
拭けない可能性。
あると思います!
「あはは。本当に、四十二区のみなさんは、いつも楽しそうですね」
「みんなじゃなくて、この辺の、特定の人物が賑やかなだけですよ、ミスター・オルフェン」
『この辺』と言いながら俺を指さすエステラ。
拭ける拭けないで騒いでたのはお前らだろうに。
「そっちもしっかりやれよ、オルフェン。今日は正式な外交だからな」
前回は、俺が呼び集めてゲリラ的に他区の領主と会うことになったわけだが、今回は日程を決めて正式に他区の領主を招待している状況だ。
オルフェンの正式な外交デビューという位置づけで間違いないだろう。
まぁ、もう散々エステラやルシアとやり取りしてんだけども。
気構え的にな。
「英雄様のおかげで、最初から大規模な外交ばかりを経験させてもらっています」
「待て。なんでお前まで英雄様呼ばわりしてんだ。『オオバさん』って呼ぶって言ってただろう」
「パメラや貴族たちが皆そう呼ぶもので、寂しくなりましてね」
寂しがってんじゃねぇよ、オッサン!
「あはは、みんなとお揃いです」じゃねーんだわ。
「初めてのことで戸惑いも多く苦労は絶えませんが、得難い経験をさせていただいていると感謝しています。何より、英雄様と微笑みの領主様のおかげで、他区の領主たちには我が区の状況を理解していただけていますし。このように手心を加えてもらう外交などまずあり得ないと、兄上も言っておりました。私もそう思います。本当に、感謝してもしきれません」
「なら、その感謝の気持ちを表して『英雄様』呼びをやめろ」
「『微笑みの領主様』呼びもね」
「あはは。お戯れを」
なんで届かないのかなぁ!?
普通に呼べって言ってるだけなのにさぁ!
「うふふ。通り名って、ままならないものなのよ、ヤシぴっぴ」
ゆったりとした足取りで、マーゥルがやって来る。
給仕長のシンディと、まだまだ新米給仕のモコカを引き連れて。
「一番乗りだな、二十九区領主様」
「うふふ。ゲラーシーが聞いたら、にこにこ顔でヤシぴっぴに文句を言いに行きそうね」
なんでにこにこ顔なんだよ。
弄られるの、クセになっちゃった? 末期だな、おい。
「今日は、ミスター・コーリンから依頼を受けたのよ」
「コーリン? あぁ、タートリオか」
もっさもさ頭の情報紙発行会会長。つーか、あいつは誰よりも最前線に出張ってくる記者でもあるけどな。
「今回の催し物を特集するから、モコカに会場や料理のイラストを描いてほしいのですって」
「降って湧いた大役だぜです! 絶対うまくやって、読者様どもの度肝ぶち抜いてやりてぇんだですよ!」
「興奮してるのは分かったが、相変わらず言葉遣いがヒデェな」
「うふふ。可愛いでしょ、ウチの子は」
とんでもない不作法者を「可愛いうちの子」と言ってのけるマーゥル。
貴族という凝り固まった概念をぶち壊すのは、やっぱこいつかもしれないな。
「けど、モコカは食い物のイラスト苦手だろ? 大丈夫なのか?」
「当たり前だのコンコンチキだぜですよ!」
ドンと、胸を叩いて乳を強調する。
ふむ、控えめだが、ここまで強調してくれるとそれはそれで有り!
「絶対うまく描けねぇですから、師匠によろしく頼んだぜです!」
「……というわけで、呼ばれたでござる」
くっそ眠たそうな顔で、ベッコがのそりとやって来る。
「どうしたベッコ? 眠そうだな」
「ヤシロ氏に拉致されて徹夜でトリックアートを作ったんでござるよ!?」
「いつの話してんだよ? 昨日は眠れただろ?」
「手伝わされたでござるよ、ビックリハウス!? え、記憶からすっかり抜け落ちてるでござるか!? そんなに使ったらしゃくれちゃうんじゃないかってくらいにアゴで使われたでござるよ、拙者!?」
「人使い荒いよなぁ、ウーマロのヤツ」
「ヤシロ氏でござるよ!? その口が『じゃ、この辺いい感じに仕上げといて』って言ったでござる!」
へー、記憶にないなぁ。
そういや、俺も徹夜が続いてるからなぁ。記憶があいまいな部分があってもしょうーがない。あぁしょーがない。
「そういえばウーマロは?」
「ウーマロさんでしたら、わたしたちにキッチンの使い方を教えてくださった後、少し仮眠をとると会場を出て行かれましたよ」
と、ジネットは入口とは真逆の方を指す。
あっちに仮眠室があるようだ。
「ズルいでござる。起こしてくるでござる!」
腕まくりをしてベッコがウーマロを起こしに行く。
地獄へ落ちる時は一緒だと言わんばかりの気迫で。
「こりゃまた揉めそうだな」
「……と言いつつ、ベッコを止めないヤシロなのであった」
「だって、俺が寝てないのに仮眠とるとか、なくない?」
「……ヤシロは自分にとても素直」
腕の中にいるマグダに言えば、一定の理解を示してくれる。
「講習会が始まったら大工は眠れるが、ベッコはそこからが忙しくなるからな。ロレッタ、ちょっと行って、ベッコにベッド空けてやるように言ってきてやれ」
「はいです! 大工さんたちには、最終確認が終わったら最低限の人員だけ残して休んでいいって伝えてくるです!」
「ん、それでいい。……よな、エステラ」
「そうだね。『お疲れ様』って伝えておいて」
「分かったです!」
だっと駆けていくロレッタ。
遠ざかる背中を見ていると、「あぁ、いよいよ始まるんだな」なんて、ほんのちょっと気分が高揚していった。
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