「み、見て……っ! ねぇ、見てよヤシロ!」
俺の肩をバシバシ叩きながら、涙声でエステラが言う。
「こ、子供たちが、領主がいいって! 羨ましいって!」
「分かった。聞こえてるから、肩を叩くな! 地味に痛い!」
どこまでテンションが上がっているのか、エステラは顔をくしゃくしゃにして、体をもぞもぞとひねり身悶えている。
で、俺の肩乱打。
「ヤシロォー!」
「なんだよ!?」
「大好きだっ!」
「――っ!?」
「君のおかげだよ! すごく嬉しいよ! これからも自信持って仕事が出来るよ! ありがとう!」
「……お、おぅ」
普段はとことん素直じゃないくせに……そんな凄まじい言葉をぽろっと発言すんなっての。どう反応すりゃいいんだよ。……ったく。しかも気付いてないし。
……明日からまたつるつるぺたぺたっていじめてやる……絶対、いじめてやるっ!
今の俺の顔の温度と同じくらいに照れさせてやるからな!
と、そんな言葉に出来ない悶絶をする俺を、ジネットがジッと見つめてきた。
何か言いたそうにしているが話しかけてはこない。それもそのはず。
昨日のヤシロ教布教活動の罰として、今日一日仕事中の「ヤシロさん」を禁止したのだ。
俺を呼びたければ「ヤシロ」と呼び捨てにするか「おい」とか「お前」と呼ぶようにと。
その結果、ジネットは今日俺に話しかけられないでいる。
無視しているようで心苦しくもあるが、少しは痛い目を見てもらわないと。あんなこと、二度とやられたくないからな。
ガキどもが新しい型に群がりわーわーと騒いでいる。今度の型はコンドルだったようだ。
昨日心に忍ばせておいた『小さな隙間』に、うまく楔を打ち込めたらしい。小さな隙間は穴となり、穴は次第に広がって……凝り固まった固定概念をぶっ壊してくれた。
ガキどもの中で領主は、『両親を苦しめる悪いヤツ』から、『オモチャをくれるいい人』へ格上げされたわけだ。
お菓子のオマケのシールや、キャラクターカードの背面がキラキラ輝いていると、物凄くテンションが上がったのと同じようなもんだ。つまり、ガキどもの間で『そういうルール』が出来上がってしまえばいいのだ。
『領主が当たる』 = 『オモチャがもらえる』 = 『ガキどもの中では英雄扱い』
こんな方程式が成立した今、領主の人気は不動のものになるだろう。
「ありがとう! ヤシロ、ありがとうね!」
感涙にむせび泣くエステラが俺に抱きついたり、頭を撫でたり、顔面をぺしぺし叩いてくる。どんだけテンション上がってんだよ…………この数日、本当につらかったんだろうな……
まぁ、今日くらいはベタベタさせてやってもいいか。人肌って、感情が荒ぶっている時にはトランキライザーみたいな役割を果たすしな。
つか、エステラはネコみたいだ。
最初は警戒心丸出しで、隙なんか見せなかったのに、今ではこうして素直に感情をあらわにしている。ネコで言うなら、腹を出して寝っ転がってるようなもんだ。
随分と懐かれたもんだなぁ、俺も。
「あ、あのっ!」
ネコ化したエステラにじゃれつかれる俺の前に、ジネットが真剣な顔をして立ちはだかった。
……なんだ? なんかすげぇマジな雰囲気なんだけど…………
「あ……っ」
言いかけてのみ込む。だが、意を決したようにジネットは大きく息を吸い込んで、……またとんでもないことを言いやがった。
「あなたっ!」
……世界が凍りついた。
「あなた、あの、えっと、すごいです! ヤシ……あなたのおかげで、みなさん笑顔になりました。わたし、あなたのそういうところ、本当にすごいと思いますっ!」
「……おい、ジネット……」
「はい! なんですか、あなた?」
…………こいつ、わざとか? それとも天然か?
俺が今の発言の危険性を指摘してやろうとした時、ガキどもが騒ぎ始めやがった。
「ママがパパを呼ぶ時とおんなじだー!」
「結婚してるのー?」
「ラブラブなのー?」
「ふぇっ!?」
ガキの言葉に、ジネットが奇声を発する。
……いや、「ふぇっ!?」じゃねぇよ……
「あ、や……あの、違うんです! な、なんだか……その、エ、エステラさんとばかり仲良くされていて……ちょっと寂しかったというか…………それだけなんですっ!」
両手で顔を押さえて厨房へと駆け込むジネット。
……で、去り際にまた爆弾落としていきやがったな、あいつは…………
空気が重たく感じ、ふと横を見ると……エステラが俺の肩に手をかけて固まっていた。
……なぁ、どうする、この空気?
視線でそう問いかけると、……ボクに聞かないでよ……と、返された気がした。
「ママ~……」
そんな騒動の発端を作ったガキが、とどめの一言を発する。
「アレって不倫?」
俺とエステラを指さして……
誰が教えたんだよ、幼女にそんな言葉を……
直後にエステラが「そんなんじゃないからぁー!」と叫びながら店を飛び出し、最終的に残された俺が、その後の接客をすべてやらされる羽目になった。
……俺、何か悪いことしたか?
割と頑張ってたじゃん。
それなのにこの仕打ち………………やっぱ、神ってヤツは人の善行なんざいちいち見てやがらねぇんだなと、俺はこの時確信したのだった。
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