異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

89話 特別なもの -4-

公開日時: 2020年12月25日(金) 20:01
文字数:2,051

「み、見て……っ! ねぇ、見てよヤシロ!」

 

 俺の肩をバシバシ叩きながら、涙声でエステラが言う。

 

「こ、子供たちが、領主がいいって! 羨ましいって!」

「分かった。聞こえてるから、肩を叩くな! 地味に痛い!」

 

 どこまでテンションが上がっているのか、エステラは顔をくしゃくしゃにして、体をもぞもぞとひねり身悶えている。

 で、俺の肩乱打。

 

「ヤシロォー!」

「なんだよ!?」

「大好きだっ!」

「――っ!?」

「君のおかげだよ! すごく嬉しいよ! これからも自信持って仕事が出来るよ! ありがとう!」

「……お、おぅ」

 

 普段はとことん素直じゃないくせに……そんな凄まじい言葉をぽろっと発言すんなっての。どう反応すりゃいいんだよ。……ったく。しかも気付いてないし。

 ……明日からまたつるつるぺたぺたっていじめてやる……絶対、いじめてやるっ!

 今の俺の顔の温度と同じくらいに照れさせてやるからな!

 

 と、そんな言葉に出来ない悶絶をする俺を、ジネットがジッと見つめてきた。

 何か言いたそうにしているが話しかけてはこない。それもそのはず。

 昨日のヤシロ教布教活動の罰として、今日一日仕事中の「ヤシロさん」を禁止したのだ。

 俺を呼びたければ「ヤシロ」と呼び捨てにするか「おい」とか「お前」と呼ぶようにと。

 その結果、ジネットは今日俺に話しかけられないでいる。

 無視しているようで心苦しくもあるが、少しは痛い目を見てもらわないと。あんなこと、二度とやられたくないからな。

 

 ガキどもが新しい型に群がりわーわーと騒いでいる。今度の型はコンドルだったようだ。

 昨日心に忍ばせておいた『小さな隙間』に、うまく楔を打ち込めたらしい。小さな隙間は穴となり、穴は次第に広がって……凝り固まった固定概念をぶっ壊してくれた。

 

 ガキどもの中で領主は、『両親を苦しめる悪いヤツ』から、『オモチャをくれるいい人』へ格上げされたわけだ。

 お菓子のオマケのシールや、キャラクターカードの背面がキラキラ輝いていると、物凄くテンションが上がったのと同じようなもんだ。つまり、ガキどもの間で『そういうルール』が出来上がってしまえばいいのだ。

 

『領主が当たる』 = 『オモチャがもらえる』 = 『ガキどもの中では英雄扱い』

 

 こんな方程式が成立した今、領主の人気は不動のものになるだろう。

 

「ありがとう! ヤシロ、ありがとうね!」

 

 感涙にむせび泣くエステラが俺に抱きついたり、頭を撫でたり、顔面をぺしぺし叩いてくる。どんだけテンション上がってんだよ…………この数日、本当につらかったんだろうな……

 まぁ、今日くらいはベタベタさせてやってもいいか。人肌って、感情が荒ぶっている時にはトランキライザーみたいな役割を果たすしな。

 

 つか、エステラはネコみたいだ。

 最初は警戒心丸出しで、隙なんか見せなかったのに、今ではこうして素直に感情をあらわにしている。ネコで言うなら、腹を出して寝っ転がってるようなもんだ。

 随分と懐かれたもんだなぁ、俺も。

 

「あ、あのっ!」

 

 ネコ化したエステラにじゃれつかれる俺の前に、ジネットが真剣な顔をして立ちはだかった。

 ……なんだ? なんかすげぇマジな雰囲気なんだけど…………

 

「あ……っ」

 

 言いかけてのみ込む。だが、意を決したようにジネットは大きく息を吸い込んで、……またとんでもないことを言いやがった。

 

「あなたっ!」

 

 ……世界が凍りついた。

 

「あなた、あの、えっと、すごいです! ヤシ……あなたのおかげで、みなさん笑顔になりました。わたし、あなたのそういうところ、本当にすごいと思いますっ!」

「……おい、ジネット……」

「はい! なんですか、あなた?」

 

 …………こいつ、わざとか? それとも天然か?

 

 俺が今の発言の危険性を指摘してやろうとした時、ガキどもが騒ぎ始めやがった。

 

「ママがパパを呼ぶ時とおんなじだー!」

「結婚してるのー?」

「ラブラブなのー?」

「ふぇっ!?」

 

 ガキの言葉に、ジネットが奇声を発する。

 ……いや、「ふぇっ!?」じゃねぇよ……

 

「あ、や……あの、違うんです! な、なんだか……その、エ、エステラさんとばかり仲良くされていて……ちょっと寂しかったというか…………それだけなんですっ!」

 

 両手で顔を押さえて厨房へと駆け込むジネット。

 ……で、去り際にまた爆弾落としていきやがったな、あいつは…………

 

 空気が重たく感じ、ふと横を見ると……エステラが俺の肩に手をかけて固まっていた。

 ……なぁ、どうする、この空気?

 視線でそう問いかけると、……ボクに聞かないでよ……と、返された気がした。

 

「ママ~……」

 

 そんな騒動の発端を作ったガキが、とどめの一言を発する。

 

「アレって不倫?」

 

 俺とエステラを指さして……

 

 誰が教えたんだよ、幼女にそんな言葉を……

 

 

 直後にエステラが「そんなんじゃないからぁー!」と叫びながら店を飛び出し、最終的に残された俺が、その後の接客をすべてやらされる羽目になった。

 

 ……俺、何か悪いことしたか?

 割と頑張ってたじゃん。

 それなのにこの仕打ち………………やっぱ、神ってヤツは人の善行なんざいちいち見てやがらねぇんだなと、俺はこの時確信したのだった。

 

 

 

 

 

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