異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

362話 試される人望 -1-

公開日時: 2022年5月31日(火) 20:01
文字数:4,941

 ウィシャートたちを小瓶で脅す、なう。

 

 ちなみに、俺が持ち出した小瓶の中身は、当然毒物ではない。

 瓶の中身は滑石かっせきを粉末にした物。

 いわゆるベビーパウダーみたいなもんだ。

 汗疹の治療に役立つ、さらさらですべすべな、粒の細かい粉だ。

 もちろん毒性などない。

 

 そもそも、カンパニュラに使用された遅効性の毒物なんぞを今持ち出したとしても、この場ですぐにウィシャートたちをどうにか出来るものでもないのだし、なんの意味もなさない。

 だが、過去に自分が手に入れ、実際に命を奪う目的で使用した毒物だと思えば恐怖心を刺激できるだろうと考えた。

 

 カンパニュラの事件を持ち出すことで、「テメェの悪事はすべて知っているぞ」という脅しになることと、エングリンドがこちら側にいることを一定以上の信憑性を持たせて説明できた。

 事実として、毒を喰らったカンパニュラが今も生きていることがその証拠となる。

 

 どうせウィシャートのことだから、カンパニュラの状況も定期的に調査させていたに違いない。

 運動が出来ないひ弱な少女。

 そんな評価を耳にしてほくそ笑んでいたはずだ。

 

 その命が長く持つことはないと確信して。

 

 

 だが、死んでもおかしくない期限を過ぎ、その年月をしっかりと生き続けたカンパニュラに対し、違和感くらいは覚えていたころだろう。

『湿地帯の大病』と同様に欠陥品だとでも思っていたのだろうか。

 

 だが、その真実を今ここで聞かされた。

 気分はどうよ?

 テメェの目論見が、テメェの知らないところでぶち壊されていた今の気分ってのはよぉ?

 

「第一王子と仲良しなお前なら、エングリンドの名は憎き敵として耳にしているかな?」

 

 ウィシャートが表情を消す。

 本格的にマズいことになったと覚悟を決めたのだろう。

 少しのことでは動揺すらするまいという気概を感じる。

 

 が、その本気度がテメェの焦りを俺に悟らせるんだよ。

 

「……なるほど」

 

 低い声で呟き、ウィシャートが再びソファへと腰を下ろす。

 

「確かに厄介な毒物を持っているようだ……だが」

 

 こちらを向いたウィシャートは、うっすらと笑っていた。

 

「他国で禁輸扱いの毒物を持ち込んだとなれば、そなたらは国家反逆の罪に問われるであろうな」

 

 勝機を掴んだとばかりに攻勢へ転じるウィシャート。

 

 他国の禁輸品である毒物を持ち込んだ理由はなんだ?

 他国と通じてオールブルーム王家を脅かすつもりに違いない――と、まぁ、こちらが想像した通りの模範的な切り返しだな。

 

「しかも、そなたは今、王族の忠臣である領主にその毒物を使用しようとした。これはすなわち、王族、ひいては我が王への反逆の意思と見て間違いがない。そうであろう? 領主とは、王が選び、王が承認して各区へ配置した者たちだ。その領主を害するというのは王の意思に異議を唱えるということ。すなわち王に剣を向けるのと同義! これは、冗談だったでは済まぬ不祥事だぞ、クレアモナ」

 

 勝ち誇るウィシャート。

 だが、エステラは余裕の笑みを漏らす。

 

「都合のいい時にだけ王族を持ち出すのは不敬だよ、ウィシャート」

「命乞いにしては、言葉の選び方を知らぬようだな、クレアモナ」

「領主であるボクを害そうとしたそこの兵士たちのことは、どう言い訳するのさ?」

「はて? 我が兵士たちがそなたを害そうとしたと?」

「とぼけきれるつもりかい? 『会話記録カンバセーション・レコード』にも記録されているよ、君の部下たちの、聞くに堪えない恫喝の数々がね」

「あぁ、そのことか。いや、お恥ずかしい。そなたが言うように、ウチの兵たちはいささか躾が行き届いていないようだ。言葉遣いから教え直すとしよう」

 

 言葉遣いが乱暴だっただけで、害意などなかったと言いたいのだろう。

 

「苦しいね。面と向かって、剣の柄に手をかけておきながら『害意はなかった』なんて、まかり通るわけがないだろう?」

「我が兵士たちが剣の柄に手を? はて、私はそのような場面を目にしていないが?」

「君が見ていなくとも、そこの兵士たちは自覚しているさ」


 確かに、ここの兵士が剣の柄に手をかけた時、ウィシャートはこの場にいなかった。

 だが、領主が見ていないからといって、それがなかったことにはならない。


 それでも、ウィシャートの余裕は揺らがない。

 首を微かに動かし、室内に並ぶ兵士たちへと問いかける。


「そなたらに問う。この場で、剣の柄に手をかけた兵士を目撃した者はおるか?」

「おりません」

「自分も見ておりません」


 兵士たちが即答する。


 なるほどな。

 おそらく、この兵士たちは本当に『見ていない』のだ。

 全員が横一列に並び、剣に手をかけるところが『見えない』ように配置されていたのだろう。普段からそういう訓練がされているからこその自信か。

 そしてたぶん、ウィシャートがその場にいても、ウィシャートの死角になるように配置されているに違いない。


 剣に手をかけ相手を脅し、それを咎められると『見ていない』とすっとぼける。

 そして、相手がそれに対してどう動くかも想定していて、その対処もばっちりなのだろう。


 そう、このように。


「その言葉、『精霊の審判』をかけさせてもらっても、問題はないかい?」

「あぁ、無論構わない」


 エステラが兵士へ向けた言葉に、ウィシャートが兵士に代わって返答する。

 そうすれば、当然相手は『精霊の審判』の構えを取る。

 事実、エステラは無言で腕を伸ばした。


「しかし、『精霊の審判』は最大級の侮辱。許されざる行いだ。もし、万が一にも濡れ衣を着せられたとなれば、謝罪では済まぬと肝に銘じよ」


 そして、それを防ぐための手段を即座に講じる。

『精霊の審判』という絶対的な武器を持っている相手は、『見たかどうかじゃなく、剣に手をかけたかどうかを問う』とい安全策をスルーしてしまう。

 絶対の武器を過信するあまり、そこまで丁寧に追い詰めなくとも平気だと。


 だが、その判断に足をすくわれることになる。

 

「……何をしろと?」

「そうであるな…………右足、を、一本いただこうか?」

 

 こいつ……趣味悪ぃ。

 いくつもある脅しの中から、そんなエグいものをチョイスするか、普通?

 

「右足、とは?」

「右足は右足だ。今この場で切断させてもらう」

 

 傷一つない貴族の令嬢に対し、足を切り落とすはねぇだろうに、腐れ外道が。

 

「さぁ、どうする? 構わぬぞ、我が兵士たちに『精霊の審判』をかけても」

 

 エステラは口を閉じる。

 この件に関し、ウィシャートたちを『精霊の審判』で裁くことは出来ないだろう。

 それが分かるからこそ、エステラは言葉を止めた。

 

 だが、それこそがウィシャートの狙いなのだ。

 こちらが言葉に詰まったという事実を『会話記録カンバセーション・レコード』に残すことで、裁判を有利に運ぼうというのだろう。

『自分には一切の非がない。その証拠に、そちらは言葉に詰まったではないか』と。

 

 そこまではっきりと分かるから、エステラは次の言葉が出ない。出せない。

 だから、俺が口を開く。

 

「禁輸品が反逆罪になるってんなら、お前はどうなんだ? 身に覚えがあるんだろう? 三十五区で使用された遅効性の猛毒に」

 

 ウィシャートは『会話記録カンバセーション・レコード』を証拠にしようとしている。

 だからこそ、『会話記録カンバセーション・レコード』にウィシャートにとって都合の悪いものを記録させる。

 

 

 ――という、素振りを見せる。

 

 

「貴様は、何か勘違いをしているようだな」

 

 そうしたら、見事に食いついてくれた。

 

「私は、そのような毒物を輸入したことはない」

「なるほど。もらい物だったのか。さすが、異国の王族と懇意にしているだけのことはある」

「何を証拠にそのような戯言を」

「違うのか? 違うならはっきり否定してみろよ」

「わざわざ否定するまでもない、バカバカしい話だ。だが、そうだな。貴様が納得しないのであれば今ここで明確に否定をしてやろう。私は、そのような毒物を使用したこともなければ、誰かに使用するよう命じたこともない」

「バオクリエアの王族との関係は否定しないのか?」

「私のような一介の領主が、どうすれば異国の王族と懇意になれるのか、逆に教えてもらいたいくらいだ」

 

 のらりくらりと……まぁ、いいだろう。

 これくらいで十分だ。

 

「じゃあ、『精霊の審判』をかけてもいいよな? バオクリエアの禁輸品である毒物を『見たことがあるかどうか』を」

 

 ウィシャートが笑った。

 ほんの微かにだが、俺はそれを見落とさない。

 

 へぇ、見てもいないのか。

 じゃあ、執事ウィシャートかドールマンジュニアあたりが全部を取り仕切ってるわけだ。

 

「そこまで言うのであれば仕方ない。いくら否定しようと納得しない者を黙らせるにはそれしかあるまい」

 

 明確な否定を避け続けているくせに、自分はずっと否定しているというアピールだ。

会話記録カンバセーション・レコード』対策を徹底している。

 こいつは、統括裁判所での裁判に慣れているのだろうな。

 

「だが、先ほども申したが、相応の覚悟は負ってもらうぞ」

「右足一本だっけか?」

「そうだ」

「いいぜ。『誰の』とは指定されてねぇからな。そこらの兵士の足を切り取って、テメェにくれてやる」

「愚か者! 貴様の足に決まっている!」

「自分の足ってことか? そこを明確にしてもらわないと、他人が『精霊の審判』を使った代償として俺の足が取られかねないからな」

「いちいち言う必要があるのか? 考えれば分かることであろう」

「それを誤魔化して悪事を働くのが、お前の――お前らウィシャート家の特技なんだろ?」

「貴様……無礼にもほどがあるぞ」

「お互い様だな」

 

 ウィシャートがモノクルのブリッジを押さえる。

 イライラし過ぎて眉間が凝ってきたのだろう。外せばいいのに、モノクル。全然似合ってないんだし。

 

「右足かぁ、なくなるのはイヤだよなぁ」

「ふん! ならば無礼な発言は控えることだ、平民!」

 

 差別意識がありありだな。

 だったら、お前の館を守る兵士たちは捨て駒か?

 平民なんだろ?

 貴族様のために命を捨てるのは当然。そんな思考なのか、ウィシャート?

 

「なら、平民とは違う、崇高な貴族様は、俺みたいな下賤の者よりも崇高な考えをお持ちだよな?」

「何が言いたい?」

「テメェも、濡れ衣の『精霊の審判』をかけた時は、右足を差し出す覚悟があるのかって聞いてんだよ」

「ふん……そんなことか」

 

 ウィシャートが勝ち誇る。

 こちらが、話を『ウィシャートの嘘』から逸らしたために、これ以上の追及が出来ずに難癖をつけることで負け惜しみしていると捉えたのだろう。

 実際、『会話記録カンバセーション・レコード』を見れば、そのように判断されるような流れではある。

 

「無論だ」

 

 そうして、自分が堂々と宣言することで、自身にやましいことは何もなく、すべては四十二区側の難癖であると印象付ける。

 これが、こいつの勝ちパターンなのか。

 

 ウィシャートはなんとでも言えるよな。

 自分以外のヤツに『精霊の審判』をかけさせればそれで済む話だしよ。

 

 けどな。

 

「つまり、テメェはこう言いたいんだな? 『精霊の審判』をかけて相手がカエルにならなかったら、右足一本を切断する――それくらいの責任を取るのは常識だと?」

「『精霊の審判』はそれほど重いものだという認識は持っているべきであろうな」

「四十二区ではそんな野蛮な習慣はないんだがなぁ」

「そちらの区のことなど知らぬ。我が区では相手に最大限の敬意を払い、それくらいのことは当然として受け止めるべきだと考える」

「『我が区では』ってことは、そっちの騎士も、向こうのアホ面の兵士もか?」

「誰がアホ面だ!?」

「黙れ」

「……はっ!」

 

 兵士が声を上げるが、騎士に一喝され身を引く。

 ここでの会話は『会話記録カンバセーション・レコード』に記録され、裁判の際に証拠として提出されるかもしれない。

 ウィシャートのイメージを損なうような発言は記録させたくないよな?

 よく躾けられてるじゃねぇか。

 

「そうだな。我が兵士たちも、同じように相手を尊重するだろう」

「躾が行き届いていない、暴言を吐くような連中がか? 信じられねぇな」

「では、貴様の右足を賭けて『精霊の審判』をかけてみるか?」

 

 必勝パターンに入ったと思ってやがるな?

 調子に乗ってぺらぺらと。

 

「それには及ばねぇよ」

 

 そんなことをしなくても、証明する方法はある。

 

「先日、この館へ来た際、俺はテメェのところの兵士に『精霊の審判』をかけられたわけだが……今すぐその兵士をここへ連れてきてくれるか? 右足を切断してやるからよ。それとも、飼い主であるテメェが責任を取ってくれるか?」

 

 相手を尊重する心とやらを、示してみせてもらおうじゃねぇか。

 

 

 

 

 

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