異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

14話 虚ろな目の少女 -5-

公開日時: 2020年10月13日(火) 20:01
文字数:2,002

「お前、自分のこと『マグダ』って呼ぶんだな」

「…………他の人が、そう呼ぶから」

 

 自分という個体が希薄なのだろう。

 少し分かる気がする。

 こいつの視線はいつも誰かにすがろうとしている。

 こいつは言ってほしいのだ。「こうしなさい」「これはしちゃダメだ」と。

 

 少し、可哀想なヤツかもしれんな……

 

 いまだ繋がれたままの小さな手が、なんだか儚く思えた。

 

「マグダさんは、ヤシロさんがお気に入りのようですね」

「では、ヤシロにはこのまま手を繋いでいってもらおうか」

 

 性質のまったく異なる笑みを浮かべて、ジネットとエステラが言う。

 ジネットは微笑ましそうに、エステラは面白いものを見るように。

 

 あのなぁ。俺に子守りなんかさせんじゃねぇよ。

 子供は天敵なんだよ。理屈が通じないからな。

 

 何度かジネットに押しつけようと試みたのだが……マグダが手を離してくれないので、結局俺が手を繋ぐことになってしまった。

 ……なんだろう、このやりにくい感じ。

 

 マグダが持つ大きなマサカリに自然と視線が集まってくる。

 なんだか俺までジロジロ見られているようで落ち着かない。

 ……少女と手を繋いで歩く不審者的な目で見られてないだろうな?

 

 大通りを歩いていると、どこかからいい香りが漂ってきた。

 焼きたてのパンの香りだ。

 そういえば腹が減ったな。

 

「エステラ。マグダがどうしても焼きたてのパンを食べたいんだそうだ」

「君は……使える者は子供でも躊躇いなくダシにするんだね。食べたいなら食べたいと素直に言ったらどうだい?」

「エステラの奢りの焼きたてのパンが食べたい!」

「……いい度胸してるよね、ホント」

 

 こいつは薬箱に価値以上の大金をポンと出したのだ。

 きっと子供をダシに使えばいくらでも金を出すに違いない。

 

「マグダ、おねだりすればきっとこの美人なお姉さんがパンを買ってくれるぞ」

「取ってつけたようなお世辞をありがとう、ヤシロ」

 

 お、お世辞攻撃は効果ありか?

 じゃあ、もっと言ってやろう。

 

「よっ! エステラの巨乳!」

「イヤミかな、それは!?」

 

 うむ。少し言い過ぎたかもしれんな。

 

「……おぉ、精霊神よ。俺は今罪深い虚言を吐いた……どうかこの懺悔を聞き入れたまえ……」

「よぉし、そのケンカ買った! どこからでもかかってくるがいいよ!」

 

 鼻息荒く身構えるエステラ。

 そんなのはいいからパンを買ってくれ。腹が減ったんだ。

 

「ほらマグダ。お前からもお願いしろ。パン、食べたいだろ?」

 

 エステラに威力を発揮しそうな子供砲を発動する。

 子供のおねだりは、それに抗えない者に対しては絶大な効果を発揮するのだ。

 俺には一切分からない感覚だがな。

 もし俺に対して子供がおねだりしてきやがったら「働いて買え!」と言ってやることだろう。

 

 だが、エステラは違う。

 こいつは子供には甘い!

 毎朝、嫌になるほど通っている教会で得た数少ない有益な情報だ。

 

「さぁ、言ってやれマグダ! 美味しいパンが食べたいと!」

「おのれ、卑怯だぞ、ヤシロ!」

「…………いい」

「聞いたかエステラ! 幼い少女がお腹を空かせてパンが食べたいと…………え?」

 

 聞き間違いか?

 俺はマグダの顔を覗き込んで首を傾げる。

 すると、マグダは俺の目を見つめ、はっきりとした口調で言った。

 

「……いらない。お腹は、空いていない」

 

 ……いや、この場合、お前のお腹のことはどうでもよくて、俺の腹が空いているってことに気が付けよ。というか……

 

「お前、大食いキャラじゃないのかよ?」

「…………きゃら?」

 

 不思議そうに聞き返されてしまった。

 

 いや、だってよ。

 狩猟ギルドの代表者……あ、結局名前聞き忘れたな、あいつ。まぁいいけど……が、言っていたじゃねぇかよ。『食い潰されないようにな』って。

 それって、お前がアホみたいに飯を食って家計を圧迫するってことじゃないのか?

 

「……マグダは、普段一日一食」

「それはいけませんよ、マグダさん!」

 

 ズダダと、ジネットがマグダの前に駆け込み、そして力説する。

 

「育ち盛りなんですから、一日三食きちんととらないと!」

「……お金がない」

「大丈夫です! ウチにもお金はありませんが、食材ならたくさん余っています!」

 

 ジネットよ、それは自慢していいことではない。

 あんま外で言うなよ。食堂の格が落ちる。まぁすでに底辺ではあるが。

 

「……分かった。頑張って食べる」

「はい。頑張りましょうね」

 

 飯を食うのに頑張るも何もないだろうに。

 

「しかし驚いたな……」

 

 エステラが俺の隣へやって来てマグダを見つめる。

 

「ボクもてっきり、彼女は常識の範疇外の大食漢なのだと思っていたよ」

 

 狩猟ギルドでのやり取りを見ていれば誰だってそう思うだろう。

 だが、違った。

 ……じゃあ、なんだったんだ?

 まさか、あの強面のオッサンたちは実はすごく優しい人々で、厳つい顔で怒鳴りながら俺たちに有利な条件を提示してくれていた……とか?

 ないな。それはない。

 

 ますます分からなくなる。

 こいつは、なぜ厄介払いをされたのか…………

 

 と、俺が真剣に悩み始めたまさにその時。

 

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