異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

170話 意外な接点 -1-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:2,728

 突然、陽だまり亭へ駆け込んできたセロンとウェンディは、俺たちに謝罪の言葉を述べると、その後肩で息をしながら呼吸を整えるために一瞬黙る。けれど、そんな一瞬すらももどかしそうに、乱暴に唾を飲み込んでいる。

 こいつら、どんだけ急いでここまで来たんだ。

 

「お話を、伺いました……っ!」

 

 鬼気迫る口調のセロン。

 ドーナツの話では、なさそうだ。

 

「本当に、申し訳ありませんでした!」

「申し訳、ありませんでした」

 

 もう一度、勢いよく頭を下げるセロン。

 それに合わせて、頭を下げるウェンディ。

 

 その場にいる者すべてが言葉をなくし、息を飲んで二人に注視している。

 

「僕たちの結婚式のせいで、英雄様や領主様、四十二区のみなさんに多大なる迷惑をおかけしてしまったようで……っ! 申し訳、ありませんっ」

 

 ようやく合点がいった。

 

 セロンはどこかで聞きつけてきたようだ。

 今回、水門を閉じられ、『BU』が俺たちに目をつけた理由が、「セロンとウェンディの結婚式で行った打ち上げ花火」に端を発するということを。

 だが、それは結局こじつけでしかなく、遅かれ早かれ、ヤツらは俺たちに難癖をつけてきていたことだろう。

 

「気にすんなよ。花火のせいだとは言われたが、あんなもん、ただのこじつけだから」

「そうだよ、二人とも。そもそも、花火で雨が降らなくなるなんてこと、あるわけはないんだから。そうだよね、ヤシロ?」

「あぁ」

 

 以前聞いた、この街の貴族たちの階級によれば、外周区の貴族は五等級、『BU』の連中は四等級。格下の四十二区が打ち上げ花火や、ケーキや結婚式と、目立ったことをしたのが気に入らないのだ。

 自分たちは格上であるという自尊心が揺らぐなんてことを許容できないだけなのだ。

 

 打ち上げ花火はやり玉に挙げられただけに過ぎない。

 

 そんな俺なりの推論を言って聞かせてやる。

 エステラもルシアも、特に反論はしてこなかった。こいつらも、同じような考えだということだろう。

 

「だからまぁ、気にすんな」

「ですが……」

 

 気にしない。それが出来ないタイプの人間は多い。

 セロンやウェンディは、まさにそんなタイプの人間だ。

 

「あの、セロンさん。ウェンディさん。お座りになりませんか?」

「……いえ。今は……」

「お気持ちだけ、ありがたく頂戴します。店長さん」

 

 椅子を勧めるジネットだったが、セロンとウェンディはそれを固辞する。

 そうなれば、ジネットもあまり強引に勧めたりはしない。

 

 静かに椅子を引き、空いた食器を持って厨房へと歩いていった。

 セロンたちを気遣っての行動かもしれない。

 話しにくい話を大勢で聞くのは可哀想、だとでも思ったのかもしれない。

 

 ジネットがいなくなり、今ここにいるのは俺とエステラ。ルシアとギルベルタ。そしてセロンとウェンディだけだ。

 

 エステラが客席にぐるりと一周視線を巡らせて、そこにいた他の客に「気にしないように」と無言のまま訴えかける。

 それを察し、客たちは体の向きを元に戻して、各々に会話を始める。

 もっとも、意識が完全にこちらに向いてしまって会話に集中なんか出来ないんだろうけどな。

 

「あの、英雄様……っ」

 

 食堂内に適度な騒音が戻った後、苦しそうな表情でウェンディが口を開く。

 強い決意を込めた瞳で、俺をジッと見つめて。

 

「以前、セロンの腕を気に入り、セロンをお見初めくださった貴族様のことを覚えていらっしゃいますか?」

 

 セロンの表情がほんのわずかに歪む。

 ウェンディは一切そちらを見ずに、俺だけを見つめている。

 

 それは、ウェンディとセロンの交際が公になる以前のこと。

 セロンの父ボジェクが、レンガ工房の存続のためにセロンとの結婚を進めようとしていた貴族がいた。

 セロンの腕に惚れ込んだ貴族が、「ウチの婿に来い」と声をかけてきたと。

 

 セロンにとっては、穿り返されたくない過去の一つだろう。

 特に、ウェンディには。

 

 だが、それをウェンディは持ち出した。

 セロンにとっては居心地の悪い話だろうが、それでも、今持ち出したのには理由があるはずだ。

 

 そう。今持ち出すということは――

 

「その貴族が、『BU』に加盟している区に住んでいるのか?」

 

 ――この状況を打破するための一手になる。そう思っているということだろう。

 

「はい」

 

 ウェンディは明確に首肯し、そこで初めてセロンと視線を交わす。

 微かに微笑み、自分は気にしていないと、セロンに伝えるように。

 

 そこからは、セロンが言葉を継いだ。

 

「光栄にも僕の腕を認めてくださったその貴族様は、二十九区にお住まいなのです」

「二十九区に?」

 

 四十二区と隣り合う区。

 とはいえ、かなりの高低差があるから交流などは皆無。――だと、思っていたのだが。

 どうも、二十九区は四十二区のことをよく知っているようだ。

 

 もしかしたら、隣接する最貧国には負けたくないと、執拗なまでに監視されているのかもしれないな。

 明らかな格下のことをいちいち調べて、負けていないことに安堵する。そういう人間は少なからず存在する。

 

「その方に連絡を取り、面会していただく許可を取り付けました」

「え? 許可って……いつの間に?」

 

 エステラが腰を浮かせ、セロンへ問う。

 四十二区が置かれた面倒くさい状況を打破する糸口に、思わず体が動いたのだろう。

 

「昨日、直接お会いしに行きました。……ウェンディと、一緒に」

 

 かつて、自分を婿にと言っていた貴族に、その縁談を断った身で会いに行くのは相当気が引けただろうに。しかもウェンディを連れて。

 向こうもよく会ってくれたもんだな。

 

 あぁたしか、結婚の報告をしたところ「お幸せにね」と素直に祝福してくれたんだっけなぁ。そんな心の広い貴族もいるんだなぁ。

 貴族なんて、他人を見下し、嘲笑し、悪しざまに罵ることしか出来ない狭量なヤツばかりだと思っていたのだが。

 

「お話をしたところ、こちらの都合のいい日にいつでも会ってくださると、そう約束してくださいました」

「まさか、そんなに快く承諾してくださるとは思っていませんでしたので……英雄様や領主様になんのご相談もなく勝手な行動を取ってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 セロンの言葉をウェンディが継ぎ、二人揃って頭を下げる。

 

 こいつら、物事をなんでもかんでも重く考え過ぎなんだよなぁ。

 アポ取ってきてくれたならもっと誇ってもいいのに。俺たちにとってプラスになると思って行動してくれたわけだし。

 

「折角セロンとウェンディが話をつけてくれたんだ。会いに行こうじゃないか、ヤシロ」

「そうだな。……ただ、会いに行くとまた豆を押しつけられるんだろうけどな」

「そうなれば、また陽だまり亭で料理すればいいじゃないか」

 

 ハニーローストピーナッツをカリッと齧り、エステラがウィンクを飛ばしてくる。

 食道楽め。

 まぁ、関税はエステラが出してくれるし……丸儲けだと思えば幾分心も軽くなるか。

 

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