異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

112話 苦手意識からくるイヤイヤ病 -3-

公開日時: 2021年1月18日(月) 20:01
文字数:2,514

「で、いつ会ってくれるって?」

「三日後だって」

「また、随分もったいぶるな」

「ワザとだよ。焦らして嫌がらせしてるだけさ……」

「なんか、お前らしくないな」

「え?」

 

 ふてくされていたエステラがこちらを見上げてくる。

 いや、気に入らないのは分かるんだけどさ。

 

「決めつけで人を悪く言うなんて、エステラっぽくないなと思ってよ」

「悪く言うつもりなんて………………っ」

 

 言いかけて、言葉を切る。

 なんだか泣きそうな顔になり、口がアヒルみたいに突き出される。

 

「…………悪かった。気を付ける」

「いや、お前を責めたかったわけじゃないぞ?」

 

 マズい。拗ねてしまった。

 エステラ自身も自覚はしているんだろう。

 ただ、どうしても苦手な相手ってのがいて、そいつに対しては必要以上に負の感情が溢れ出してしまう。そういうことはよくあることだ。俺にだってある。

 

 だが、それを指摘されるのは……ちょっとつらいよな。

 なんとなく、「みんなが自分を責めている」みたいな気分になって……うむ。失言だったかもしれないな。

 

「エステラはさ。本当はもっといいヤツで、もっと優しくて、出来ることならいつも笑顔でいたいと思っている。そういうヤツなんだろうなって、俺は思ってんだ」

「…………」

 

 俯き、俺と視線を合わせようとしないエステラ。

 構わずに続ける。

 

「けれど、領民のことも考えて、一所懸命で、誰よりも責任感が強くて……そのせいで焦ったり、ちょっと失敗したりしてしまう」

「…………」

「でも忘れんなよ」

 

 俯いた頭に手を載せ、赤く細い髪の毛をくしゃりと撫でる。

 

「どんなにつらくてもお前は一人じゃない。これまではどうだったか知らんが、今は俺がいる」

「……ヤシロ」

 

 これまで、正体を隠し、みんな一人でどうにかしようと奔走していたエステラ。

 そりゃあ疲れるだろう。クタクタになるはずだ。

 

「背負った荷物がどうしようにもなく重かった時は、そこら辺に捨てていけ。金目の物なら俺が持って帰って保管しといてやるからよ」

 

 半分持ってやるなんて、思い上がったことは言えないからな。

 今は、これくらいで……

 

「……励ましの言葉すら素直に言えないのかい、君は?」

「素直だろうが、俺は、いつだって。金になることなら手伝うぜ、ってな」

「じゃあ、これからは金の匂いをぷんぷんさせるようにしようかな」

 

 そんなことを言いながら、エステラは丸まっていた背中をググッと伸ばす。

 

「……ありがと」

「いや……すまん」

「ん……」

「おぅ」

 

 微妙だった空気が少しだけ軽くなる。

 エステラは己の失態を、俺は自分の失言を反省し、水に流す。

 

「お嬢様、ヤシロ様」

 

 俺とエステラの和解が済んだ後、ナタリアが静かに手を上げる。

 

「……爆発しろ」

「「そういうんじゃないから!」」

 

 見事に声が揃った。

 うん、エステラとはやはり気が合うようだ。

 

「あの、ヤシロさん」

 

 ジネットがこちらにやって来る。

 見ると、客の数は減って、接客にも少し余裕が生まれていた。

 

「お客様がお見えですよ?」

「客?」

 

 ジネットに言われて入り口を見ると、ポンペーオがいた。

 

「やぁ! ヤシロ君!」

「……俺は留守だって言っといてくれ」

「見えてるよ! 今、物凄く、丸見えだからね!」

 

 くそ……もっと人目につかないところで話をしておけばよかった。

 

「なんだよ、この忙しい時に?」

「おや。何か取り込み中なのかな?」

「領主への面会を申請したら三日も待ち呆け喰らわされているところだ」

「暇そうだよね……?」

 

 まぁ、そう言えなくもないか。

 

「で? なんだよ?」

「プリンの作り方を教わりに来たのさ」

「早ぇよ! この前フルーツタルトを教えたばっかだろうが」

 

 それも、ゴタゴタが終わったらという約束だったにもかかわらず、今みたいに押しかけてこられて渋々前倒しで教えてやったのだ。

 同じ手がそう何度も通用するか。

 

「あ、わたしも一緒に教えてもらいたいです」

 

 ジネットが遠慮がちに手を上げる。

 そういえば、ジネットにも教えると約束していたんだっけな。

 

「じゃあ、ジネット。客が引けたら教えてやるよ」

「私は!?」

「うっせぇな。見てただろ? ジネットに教えるから忙しいんだよ」

「一緒に教えてくれたまえよ! 時間短縮になっていいじゃないか!」

 

 キャンキャンとうるさいオッサンだ。

 ラグジュアリーの常連客たちは、このオッサンのことを『落ち着いていてダンディー』とか言ってるんだぜ? どこがだっつの。

 

「しょうがねぇなぁ……」

 

 まぁ、プリンの基本概念くらいは教えてやるか。

 

「ジネット、自分の胸を見てみろ」

「胸……ですか?」

「ポンペーオはエステラの胸を」

「ボ、ボクの!?」

「では、失礼して……じぃ……」

「ちょ、ちょちょちょっ!? なにこれ! どういう状況!?」

「いいかお前ら。プリンとは、そういう感触の食べ物だ」

「そっちとこっちで全然違うじゃないか!? 私もぷるんぷるんした方をお手本にしたいぞ!」

「……ポンペーオ…………遺言は今のでいいかい?」

 

 ヤダなぁ……遺言が『ぷるんぷるんした方がいい』とか……

 

「しょうがねぇな。じゃあ今から教えてやるよ。その代わり、いくつか質問に答えてくれ」

「なんだい?」

 

 プリンを教えてもらえると、瞳を輝かせるポンペーオ。

 まぁ、一方向からの情報だけで判断するのは危険だからな……

 

「四十一区や狩猟ギルドについて、どんな印象を持っている?」

 

 四十二区とは反対側の区から見た四十一区がどのようなものなのか、それが知れればいいと思ったのだ。

 

「特に何も。私が興味を持つのはエレガントな雰囲気を持つものだけなのでね。そうだね、しいて言えば…………関わり合いになりたくない人種……というところかな」

「そうかい。参考になったよ」

 

 あんまりいい印象は持たれてないってのは確かなようだな。

 

 その日はジネットとポンペーオにプリンの作り方を教えて終了した。

 ジネットには、ポンペーオよりも先にマスターしてもらって早く陽だまり亭で売り出さねば。

 

 そういえば、四十区のお嬢さん方が何名かケーキを食いに来ていたな。

 みんな以前とは違い美味しそうに堪能して帰っていった。

 とりあえず、向こうの悪意はなくなったと思っておいていいだろう。

 

 ……ったく、次から次へと問題が起こるよな…………

 

 

 そして三日後。

 俺はエステラと共に、四十一区の領主に会いに行った。

 

 

 

 

 

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