ミリィの家へたどり着くも、珍しいことに花屋は閉まっていた。
ジネットの顔から血の気が引くも、一つだけ安心できる情報が手に入った。
どうやらミリィが倒れたということはなさそうだ。
店のドアにこんな張り紙がされていたのだ。
『ご来店くださったお客様へ
申し訳ありませんが、森の管理のためしばらくお店を休ませていただきます』
「ミリィさん、無理をなさってはいないでしょうか……」
さぁ、それはどうかな。
森を守るためになら、いくらでも無理をしてしまうのがミリィだ。
店を休みにしなければいけないほど、森の状況は厳しいのだろう。
いつもなら、生花ギルドの誰かが店番を代わってくれているのだが、今回はその人員も割けないのだろう。
まさに、生花ギルド総出で森を守っている状況だと言える。
「とりあえず、店にはいないみたいだな」
「そのようですね……森へ行けばお会い出来るんでしょうか…………でも、さすがにそれはご迷惑がかかるかもしれませんし……」
「でもね、ジネットちゃん。話を聞けば、何か力になれることがあるかもしれないんだよ」
「そ、そうですね。みんなで頑張れば、今より少しは状況がよくなりますよね!」
頑張ると言っても、具体的に何をすればいいのかは分かっていないのだろう。
なんとなく、気持ちが「頑張らないと」と空回っている状態だ。危ないな。
「……ぁっ」
その時、消え入りそうな声が聞こえてきた。
懐かしいとすら感じるその声の主は、店の前で話し込む俺たちを見て、大きな目をまんまるく見開いて固まっていた。
「ミリィさんっ」
ミリィの姿を見るや、ジネットは駆け寄っていった。
「……じねっとさん……てんとうむしさんにえすてらさんも……どうした、の?」
俺たちが揃って押しかけたことに、ミリィは驚いている様子だった。
だが、泣きそうな顔をしたジネットと、相手を安心させるような穏やかな笑みを浮かべたエステラを見て、ミリィは状況を察したようだ。
まんまるく見開かれていた大きな瞳が、一瞬歪み、泣きそうに細められる。
「……ぁの……心配、かけちゃっ、た?」
「いえ……大丈夫……大丈夫ですよ」
声を詰まらせて、ジネットがミリィの手を取る。
心配しましたと全身が物語ってるぞ、ジネット。
ジネットは、ミリィの顔を見て安堵したのだろうが……気が張っているところにこれじゃあ、ミリィが泣いちまうな。
「ウチの従業員も心配してたぞ」
力を抜いて、軽口を叩く。
「マグダと、……えっと、なんだっけ? ほら、あの……なんか普通の……」
「……くすっ。てんとうむしさん、ろれったさんの名前忘れたらかわいそう、だょ?」
くすくすと、小さな肩が揺れる。
うん。ミリィはやっぱり笑っている方がいい。
けどまぁ、ロレッタ。お前すごいな。
「普通」ってワードで誰にでも伝わるようになったんだな。
「ねぇ、ミリィ」
優しい声を出して、エステラがミリィに話しかける。
近くまで歩み寄り、小柄なミリィの顔を覗き込む。
「困ったことがあったら、すぐに相談してくれなきゃダメじゃないか」
「でも……みりぃたちの問題だから……」
「何を言ってるんだい。ボクは領主だよ? ミリィたちの問題は、ボクの問題さ」
この街に住む者の問題を一手に引き受ける度量があるとでも言いたげに、エステラは自信に満ちた笑みを漏らす。
「それにさ」
いつしかエステラの笑顔は、領主の微笑みから、いつものカラッとした明るいものに変わっていて、言葉遊びを楽しむような雰囲気を醸し出し始める。
「ここにいるのは、君がもっと甘えてもいい人間ばかりじゃないか」
まずは自分の胸を叩き。
「頼れる領主と」
そして、ジネットの肩をぽんと叩いて。
「心優しい君の友人と」
最後に、なんとも小憎たらしい笑みを俺へと向けやがった。
「この街一番のお人好し、なんだからさ」
だぁれが『この街一番』のお人好しだ。
そりゃ確実にジネットのことだろうが。
それでも、ミリィがおかしそうにくすくす笑っているから……否定しにくいじゃねぇか。
「俺の『お人好しモード』には別料金がかかるんだが、それは領主へ請求すればいいのか?」
「いや、今回は生花ギルドへ請求してもらおうかな」
「ぇえっ!?」
エステラの言葉に、ミリィが驚きの声を上げ、次いで不安げな瞳を俺に向ける。
くそ、エステラめ。
……ミリィには請求しにくいのを知っていて、この対応か…………しょうがない。
「あとでこっそり分からないようにエステラの利益をむしり取ってやる」
「そういう悪巧みは声に出さずに心の中でしてもらいたいものだね」
俺らのやりとりを聞いて、それを「冗談」だと思ったのだろう。
ミリィがまたくすくすと笑い出した。
ふふ、ミリィ…………俺、大真面目だからな? 絶対に請求するから。エステラに。
「ミリィさん」
ミリィの前にしゃがんだまま、その大きな目を見上げるようにジネットが真剣な声で言う。
「わたし、ミリィさんの力になりたいです」
「……じねっとさん…………」
「どうするべきか、ずっと迷っていました。迷って、悩んで、何も出来ない自分が、本当に歯がゆくて…………でも、ヤシロさんやみなさんが、背中を押してくださったんです」
ミリィの瞳が一瞬だけ俺を見て、またジネットへと戻る。
それを待って、ジネットは……ジネットにしては珍しく……ハッキリとした声音で自身の思いを告げた。
「ミリィさんが心配です。困っていることがあるなら、わたしに協力させてください」
知り合いのピンチにはいの一番に駆けつけるくせに、それを差し出がましいのではないかと不安になって、いつもいつも誰よりも心をすり減らす。
なんとも損な性分をしている。
報われることの少ない、損な役回りを進んで買って出る。
それが、ジネットというヤツなのだ。
「で、でも……これは生花ギルドの問題だから、みんなに迷惑は…………」
「なぁ、ミリィ」
ジネットに負けず劣らず、他人に迷惑をかけることを躊躇うミリィに、俺は最も有効的であろうと思われる一言を放つ。
「ジネットを助けてやってくれないか?」
「……じねっとさん、を?」
「あぁ。ミリィのことが心配で仕事も手に付かないんだ。今回ばかりは、ジネットにお節介を焼かせてやってくれないか?」
そう言われてしまえば、ミリィはもう否定を出来ない。
それに、「お節介」だというマイナスな言葉が、「差し出がましいのでは」と不安を覚えているジネットに対しても救済になるだろう。
少しだけ責められることで救われる――そんな時だってあるのだ。
「…………ぅん。わかった…………ごめん、ね?」
「いいえ。こちらこそです」
泣きそうな笑顔が二つ、お互いの顔を見つめ合う。
そんな二人を眺めていると、エステラから小さくVサインを送られた。
ふん、やかましいわ。
これも別料金で請求するからな。
「ぁの……それじゃあ、おうち、上がってく?」
「いいんですか?」
「ぅん……みりぃ、これから休憩だから」
おそらく、朝も夜もなく森の世話をしているのだろう。
交代で休息を取り、森を守っているのだ。
「もしかして寝てないんじゃないのか?」
「えっ!? でしたら、しっかりと休息を取らないと……」
「へいき。みりぃ、全然眠たくはないから……それに、みんなとぉ話したい……そうしたら、きっと元気出るから」
ジネットは慌てるが、ミリィがそれを宥める。その言葉に偽りはないように思えた。
眠たくないってのが事実かどうかは分からんが、話がしたいというのは本心なのだろう。
忙しさのあまり、ろくに息抜きも出来ていないようだし、気が置けない友人と話せば気分転換にもなるだろう。本気で疲れている時は、そういう変化が何よりも力になる。そんな時だってあるのだ。
「ちょうどいいじゃねぇか。ジネット、飯を作ってやれよ」
「あっ、そうでした! ミリィさん。お腹空いてませんか? わたし、材料持ってきたんです」
「ゎあ……うれしい! 実は、ここ最近木の実しか食べてなくて……みりぃおなかぺこぺこなの」
えへへと笑うミリィ。
木の実しか食べてない、か。無いのは金ではなく時間の方なんだろうな。
「それじゃあ、キッチンをお借りしますね」
「ぅん。こっち。てんとうむしさんとえすてらさんは、ちょっと待ってて……ぁの…………ぉ部屋、散らかってるから……」
チラッと、俺に視線を向けてすぐに逸らす。
……まぁ、男を部屋に上げるには、それなりに準備が必要だよな。
「なんなら、俺は遠慮しようか?」
「ぅうん! だめ! ……ぁう……ぁの……」
思わず大きな声を出して、それに自分自身が驚いて、急に恥ずかしくなったのか俯いてもじもじし始めるミリィ。
「……てんとうむしさんとも、ぉ話、したい…………から」
上目遣いでそんないじらしいこと言われちゃうと、連れて帰りたくなっちゃうなぁ……
「エステラ。ミリィをテイクアウトしたいんだが?」
「その瞬間、領主権限で君を四十二区から追放してあげるよ」
「ミリィと二人で逃避行か……」
「ミリィは置いてってね。ウチの大切な領民だから」
俺が大切じゃないとでも言うのか、この横暴領主は。
だがしかし、不安に染まった顔をしていたミリィとジネットが、二人揃ってくすくすと笑っているから……今回だけは大目に見てやるとしよう。
「それじゃ、ちょっと待っててね……ぃこう、じねっとさん」
「はい。では、お先に失礼しますね」
俺とエステラに頭を下げて、ジネットが店内へと入っていく。
それから間もなく、ミリィがぱたぱたと駆け戻ってきて、店のドア越しに俺を見つめてきた。
「……のぞいちゃ、だめ、だょ?」
「わぁ、俺、信用されてない」
「大丈夫だよミリィ。しっかり捕まえておくから」
「こいつにも信用されてないんだなぁ、俺」
また、くすりと笑って、ミリィは店の奥へと入っていった。
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