異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

398話 サプライズがお好き -2-

公開日時: 2022年10月25日(火) 20:01
文字数:3,775

「それじゃ、俺はちょっと寄るところがあるから、先に行っててくれ」

「……懺悔室?」

「違ぇよ、マグダ」

 

 なんで、俺が自ら進んでそんなところに行かなきゃいかんのだ。

 

「大丈夫ですよ。では、ヤシロさんは用事が終わったら運動場へいらしてくださいね。さぁ、みなさんは出発ですよ」

 

 俺がどこへ行くのか察しがついているのであろうジネットがにこりと許可を出し、一同を誘導してくれる。

 

「この格好の女性だけで大通りへ向かうのは、少々危険ではないでしょうか?」

 

 と、キケンなんて言葉とは無縁っぽいナタリアが警鐘を鳴らす。

 とはいえ、心配は心配か。

 

「ハビエルがいてくれれば、不埒な男を寄せ付けなかっただろうに……惜しい男を亡くしたものだ」

「イメルダさんに連行されてったですからね、ハビエルさん……お仕置きされてるですかね、今頃」

 

 正座させられて、滾々と説教されているかもしれんな。

 

「不安なら、ノーマやデリアでも呼んでくるか? なんだかんだ、イベントに顔出してるだろ、あいつら?」

「そうだね。声をかけてあげれば手伝ってくれそうだよね」

 

 お礼にパウンドケーキでもあげれば喜んでくれるよ、とエステラは言う。

 

「デリア姉様も、お部屋の片付けが一段落したようですし、私、呼んでまいります」

「待ってください、カンパニュラさん。一番食いつきのいいエサが一人で行ってどうするのですか?」

 

 ナタリアの指摘に、カンパニュラは小首を傾げる。

 

「私に食いついてくださる獣さんなどおられるとは思えませんが? 私などではエサになり得ないと思いますよ」

「残念ながら、四十二区内だけで三桁は超えます」

 

 残念な街だなぁ、四十二区は。

 三桁超えるかぁ。まぁ、超えるか。

 

「では、デリアさんのところへは私が、ノーマさんのところへはロレッタさんが、店長さんとカンパニュラさん、テレサさんの護衛はマグダさんにお願いしましょう」

 

 給仕長らしくテキパキと役割分担をするナタリア。

 最後に残ったエステラには――

 

「エステラ様には、こちらでスッカスッカ踊りを――」

「ヤシロについて行くよ。何か企てがありそうだからね」

「では、我々は運動場でこれを制服として売り子に従事いたしますので、エステラ様はお一人で『え、あの人普段から体操服着て歩いてるの!?』という目にさらされて来てください」

「うぐっ!? ……それは、なんだか物凄くイヤ……かもっ」

 

 みんなで体操服なら、「あ、そういう方向性ね」と理解は出来るが、一人だけブルマを穿いて街に繰り出せば「あぁ……そーゆー人かぁ……」という目で見られるのは間違いないだろう。

 

「……ヤシロ。不穏なことは考えずに、すぐ運動場へ来るように」

 

 エステラが、俺に同行することを諦めたようだ。

 

「じゃ、お前も頑張れよ。スッカスッカ踊り」

「しないよ!? ボクはジネットちゃんたちと一緒に運動場に行くから!」

 

 で、一人で美味そうにパウンドケーキを食うのか。

 偉そうだな、領主様は。

 お前も売り子として働け、タダ飯食らいが。

 

「ヤシロさん」

 

 役割分担が済み、ナタリアとロレッタが先に出かけようとしたころ、ジネットに呼ばれた。

 

「可愛い制服を作ってあげてくださいね」

「それは、同じ物を自分たちにも作れという催促か?」

「いいえ。でも、そうですね……、新しい制服があれば、みなさんも喜んでくれると思いますよ」

 

 そんなジネットの発言に、「じゃあ、行ってくるです!」と、責任をおっかぶせられたロレッタがそうとは知らずに陽だまり亭を飛び出していく。

「みなさんが喜ぶ」、ねぇ。

 あくまで過半数がそれを望んでいるのだと、そういうことにしておきたいわけだ。

 

「この、おねだり上手め」

「カンパニュラさんの、いいお手本にならなければいけませんから」

 

 甘え上手を目指すカンパニュラのいいお手本にと、ジネットはいたずらっ子のように笑う。

 まぁ、ちょっと新しい作り方を教えれば、ウクリネスが勝手に作ってくれるだろう。

 ……いや、ウクリネス、死ぬな。

 しゃーない。自分でなんとかするか。

 

「じゃ、俺も先に行くな」

「はい。またあとで」

 

 手を振って見送ってくれるジネット。

 一緒に出ると、ウクリネスの店に行くのがバレるし、そうなれば新しい服を作るのだとバレる。今から作る服ってなんだろう? と考えれば、カンパニュラなら勘付くかもしれない。

 

 サプライズは極秘裏に行動しなければいけない。

 抜き足差し足忍び足でな。

 

 

 

 

 ウクリネスの店へ入ると、そこにレジーナがいた。

 

「どんな卑猥な下着を作るんだ?」

「開口一番、失敬なヤッちゃなぁ」

 

 いや、だって、レジーナとウクリネスだろ?

『卑猥+服屋=エッロい下着』じゃねぇか。

 

「ヒツジの服屋はんがな、ゴムに興味津々や~言ゎはるさかいに」

「お、ゴムの試作品が出来たのか?」

「とりあえず、服に使えそうなゆる~いゴムだけやけどな」

 

 見せてもらうと、そいつは赤白帽子のアゴ紐を思い出すような、ゆるく、柔らかいゴムだった。

 

「おぉ、いいじゃねぇか! これだけ出来れば上等だぜ」

「なんやのんな、そんな素直に褒めて。褒めても下乳くらいしか出ぇへんで?」

「レジーナ最高! 天才! 神レベル!」

「あらあら、頑張って下お乳を出そうとなさってますね」

 

 ころころと笑って、ウクリネスが店の奥から出てくる。

 手には大量の布を抱えている。

 

「これから何をするんだ?」

「いえ、こちらのゴムをいただけるというので、どのような生地になら合うかと思いましてね」

「ゴムに着色できるようになるんは、まだまだ先になりそうやさかいな。色はこの地味ぃ~な薄茶色だけやねん」

 

 そのゴムは、日本で見る輪ゴムよりももう少し色の薄い茶色で、それはゴムの樹液でありゴムの原料となるラテックスを乾燥させる際に発生してしまう黄ばみの色だ。

 

「ゴムを見せるんじゃなくて、こうして布を折り返して筒状にして、この中に通せばどんな色でも問題ないだろ」


 スウェットの腰部分のように、布の中にゴムをしまい込む方法を教えてやる。


「なるほど! それはいいアイデアですね!」

「俺のアイデアじゃねぇよ」

「では、いつもの『ヤシロちゃんの故郷の技術』ですか? 一体、どれだけ先んじている文明国家なのか、興味が尽きませんね」

「巾着で紐を通すのとほとんど一緒だろうが。大袈裟なんだよ」

「うふふ。ヤシロちゃんとこういうお話が出来ることが嬉しくて、ついつい」


 ついつい、と口元を押さえて笑うウクリネス。

 俺の持ち出す話なんて、そんな大したもんじゃねぇよ。

 案外、ここと似ている部分も多い。


 ま、日本が文明国家だったのは俺が生まれるよりもずっと昔の偉いさんたちのおかげだ。ありがたやありがたや。


「この技術を使えば、着脱の簡単なパンツが作れるぞ」

「やっぱり興味があるんは、パンツかいな」


 けらけらと、レジーナが笑う。

 ウクリネスは瞳をキラキラさせてゴムと布を見比べている。


「シャーリングに活用すれば面白い加工が出来そうだと思いませんか?」

「そーだな」


 シャーリングってのは、布を余らせてヒダを作る手法のことで、女性用のブラウスやトップス、女児用の服なんかによく用いられているオシャレなヤツだ。

 トランクスのゴムんとこもシャーリングの一種だな。


「こいつを布に縫い込んで伸縮する方向を限定してやると、おっぱいを優しくホールドして揺れを抑え、なおかつバストアップに効果を発揮する、美しいバストラインを魅せるスポーツブラが出来るぞ!」

「なるほど。ところで、これを袖口に使えば、着脱が簡単で機密性の高い服が作れると思いませんか? 小さな子供の服に活用すれば、ママさんたちの負担をかなり減らせそうです」

「あーそーだねー」

「なぁ、自分。下着とそれ以外に対する興味の有無がエグいレベルで雲泥過ぎるで」


 だって、子供服とか、どーでもいーもん。

 きょーみねーし。


「それより、生地をいくつか分けてもらえるか?」

「新しいマスコットを作るんですか!?」

「違う。陽だまり亭の制服だよ」

「そうですか。では、型紙をお願いします。みなさんの3サイズは頭に入っていますので、明日には完成させられますよ」

「いや、自分で作るからお前は適度に寝ろ! あと、そのデータ俺のデータと照合したいから紙に書き出してくれる?」

「残念ながら、データは企業秘密ですので」


 ちぃっ!

 俺の目測に誤りがないか、客観的な視点で確認しつつにやにやしたかったのに!


「自分、なんやいろいろ忙しいんとちゃうんかいな? 服なんか作ってるヒマあるん?」

「時間ってのはな、作るもんなんだよ」


「時間が出来たらやろう」ってのは、大抵出来ずに終わる。

 時間は出来るものではないからだ。


「それじゃ、この辺の布をもらってくぞ。いくらだ?」

「いえいえ。よこちぃのハンドクリームポーチでお世話になりましたからね、お代は結構ですよ」


 おぉ、なんて太っ腹!

 服を作るには結構な量の布がいるってのに、それをタダでくれるというのか。


 ……だが。


「これはプレゼントなんだ。だから、払うよ」


 やっぱ、その辺はちゃんとしてやりたい。

 二着目以降は安く仕上げてもいいだろうけどな。


「分かりました。では、必要な量を教えてくださいね」

「おう」


 布の大きさを測り、きちんと代金を支払って購入する。

 気持ちオマケしてくれたようで、通常よりお手頃価格だった。

 それはいい。

 それはいいんだけどな、ウクリネス。


 そんなに全力でにやにやした顔で客を見るな。

 不気味がって客が逃げていくぞ。……ったく。

 

 

 

 

 

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