異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

173話 『BU』の若者たち -2-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:2,152

「はい、面接はこれで終わりです。じゃあ、みなさん、甘い焼き菓子でも食べて、少し寛いでいってね」

 

 マーゥルがさっさと終了宣言をして、候補生たちは揃って驚いた表情を見せる。

 ……いやいや。もう十分だろ。

 こりゃ、大問題だな。この区の若者たちは。

 

 マーゥルの終了宣言と同時に、シンディが立ち上がりお茶の用意を始める。

 シンディと二言三言言葉を交わし、ナタリアとギルベルタも同時に動き出す。

 お茶の手伝いをするのかと思いきや……二人は部屋の隅のゴミを拾ったり壁の汚れを拭き取ったりし始めた。……どんだけ気になってたんだよ。

 

「汚れた室内に自分の主をとどまらせることを、給仕たちは嫌うんだよ」

 

 ナタリアたちの行動を目で追っていた俺に、エステラがそんなことを教えてくれた。

 

「本当なら、他人の館の掃除なんて、そこの当主に対する無礼に当たるんだけど……今回は、マーゥルさんが指示してワザと汚していたみたいだからね、許可を取って片付け始めたんだと思うよ」

 

 エステラの予想が当たっているというように、マーゥルはにっこりと微笑んだ。

 

「お客を招く応接室はその館の顔。そこが汚れているということは、館の主の顔に泥が付いているようなものだからね」

「また、己の主が招かれた先が薄汚れた場所であったなら、『貴様はその程度が似合いだ』と侮辱されているとも取れる。故に、ギルベルタは相手方の応接室の汚れを酷く嫌うのだ……可愛いヤツよ」

 

 領主の世界のちょっとしたルールを、エステラ、ルシアの両領主からレクチャーされる。

 ……やめてくれ。まるで俺をそっちの世界に引きずり込もうとしてるみたいで、ちょっと怖ぇよ。

 

 ナタリア&ギルベルタがささっと部屋を綺麗にした頃、シンディが焼き菓子と紅茶を全員の前に配り終えた。

 気が付けば、いつの間にか候補生の前にも小さなテーブルが置かれていた。

 

 ……つか、あの候補生たち、一切動かなかったな。ナタリアたちが掃除してるのを見ているのに。

 

「きっと彼らは、この館の『お客様』のつもりなんだろうね」

「もしくは、私たちと対等――つまり領主気取りというところか」

 

 候補生には聞こえない声量ではあるものの、エステラとルシアから辛辣な言葉がもたらされる。

 というか、ルシア。その言い方だと、俺も領主っぽい立ち位置になっちゃうから。それとも、俺もひっくるめて無礼だと糾弾したいのか?

 

「さぁ、召し上がれ」

 

 マーゥルが嬉しそうな照れくさそうな表情で言う。

 マーゥルが焼いたのだろうか? …………これ、小麦を窯で焼いてんじゃねぇのか?

 

「陽だまり亭のケーキと一緒で、これはパンには分類されないと判断され、毎月決まった税を納めているんだよ」

 

 こそっと、エステラが俺に言う。

 個人の趣味にも税金をかけるとか……ボロい商売しやがって。

 

 そんな面倒な手続きを踏んで作成された焼き菓子を口に入れる。

 ………………苦労に味が見合っていない……

 

 なのだが……

 

「ねぇ、これ。すごく美味しくない?」

「私も、美味しいと思うけど」

「ね? だよね?」

「まったく同感だね」

 

 候補生たちは皆、この微妙な焼き菓子を絶賛した。……絶賛、して、るか?

 

 こそっとエステラたちの顔を窺うと……すまし顔で、一口齧った焼き菓子を皿に戻してやがった。口には、合わなかったようだな。

 

「なんだろう……上品な味……みたいな?」

「あ、そう、それ。私も今、ちょうどそう思ったところ」

「えー、うそっ! すっごい奇遇!」

「まぁ、一流には分かる……的な?」

 

 なんか、盛り上がってるな、候補生たち。

 ……つか。

 

「いや、不味いだろ、コレ」

 

 ぱさぱさとも違い、なんだか「ぬたぁ~」っとした舌触りがとにかく気持ち悪い。

 

「甘さも足りないし、歯ごたえも悪いし、すげぇ粉っぽくて舌の上でザラつくんだよな」

「ヤシロ……君は本当に正直だね」

「エステラよ。それではそなたも賛同したということになるぞ」

 

 などと言いながらも、領主二人は嬉しそうな顔をしている。

 だが、そんな俺の発言を良しとしない連中がいた。候補生たちだ。

 

「それはあまりに失礼な意見だと思いますけど!」

「そうです! 口が過ぎる気がしますけど!」

「もうちょっと言い方あると思わない?」

「思う。っていうか、美食家気取ってない?」

「「「あぁ~、いるいる、こういう人」」」

 

 言われ放題である。

 

 それにしても、こいつらの口調は引っかかる。

 美しい言葉を使えとまでは言わないが、最低限、ストレスを感じない口調ってのは心がけるべきだ。

 

「ヤシぴっぴ」

 

 候補生からの剣呑な視線にさらされる俺に、マーゥルが嬉しそうな笑みを向け、おまけに拍手まで送ってきた。

 

「もしヤシぴっぴが候補生だったら、即採用していたのに、残念ねぇ」

 

 喜びながらも、どこか悲しむような顔をして、マーゥルは名残惜しそうに俺の顔を見つめてきた。

 ……俺が採用? やっぱり、イケメンだからか?

 

「この焼き菓子は、失敗作なのよ。分量がメチャクチャなの」

 

 ペロッと舌を出し、かわい子ぶって頭をこつんと叩くマーゥル。

 ……あと三十年前にやってほしかったよ、そういうのは。

 

 はてさて、故意に違う手順を踏んだのは、『失敗作』という範疇に含まれるのかね?

 

「これが美味しいと感じる人とは、味覚が合わないわ。お食事って、とても大切なことだから……ね? ごめんなさいね」

 

 そんな言葉をもって、候補生は全員不合格となった。

 

 

 

 

 

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