「よし。じゃあ、イメルダ。ヒバの材木を用意してほしい」
「ヒバ……ですの? それなら、ウチにもいくつか乾燥済みのものがありますわね」
「出来れば、なるべく年輪の詰まった反りにくいヤツがいいな」
途中で変形されては困る。
それに、年輪が詰まっていると水に強くなる。
「ウチで扱っている木材はどれも高品質のものばかりですわ。言われるまでもないことですわ」
不機嫌さを装ってそっぽを向くイメルダ。だが、嬉しいのか小鼻がひくひく動いている。
「今から見に行っても構わないか? なにせ、急を要するんでな」
「問題ありませんわ。もし気に入るものがなければ、お父様のところにある木材を融通してもらうことも可能ですわ」
木こりギルドの全面協力か。なら、材料に関しては問題ないだろう。
「ウーマロ。水車は作ったことあるか?」
「あるッスよ。二十九区の貴族に依頼されて、小麦粉を打つための大きな水車を作ったことがあるッス」
過去の功績を誇らしげに語るウーマロ。
水車の経験があるなら話は早い。
「四十二区にも、水車を作りたいんだ。それも足漕ぎ水車をな」
「足漕ぎ……水車、ッスか?」
「なんなんですか、それ?」
耳に馴染まないものらしく、ジネットが興味を引かれたらしい。
「その名の通り、足で漕いで動かす水車のことだ」
「それは、水車なのでしょうか?」
まぁ、確かに。
水車っていうのは、水の力で動く物だからな。
「ん~……簡単に説明するとな、水路の入水口に設置して、足で漕いで水を汲み上げるための水車なんだ」
水車の側面に水を汲み上げるための箱状のパーツを取り付けて、それを使って川の水を汲み上げるのだ。水車が回転すれば、その箱が水中に沈み、回転に合わせて水を汲み上げ、頂点付近ですべての水を落としてくれる。その水を水路へと引き入れようってわけだ。
「水車の羽根の向きを逆にすれば、川の流れで勝手に水車が回ることもなくなり、必要な時にだけ水を汲み上げることが可能になる」
これで、水量が増した時に不必要な水を水路に引き入れなくて済む。
「水車の技術があるなら、少し改良するだけで形になるだろう」
「なんか面白そうッスね! 是非作らせてほしいッス!」
「水車に使用するからヒバですのね。確かに、腐敗に強い木材ですわ」
木材担当の二人はそれぞれ納得してくれたようだ。
で、あとはこっちだな。
「その足漕ぎ水車っていうのを、子供たちにやらせようっていうのかい?」
ベルティーナに代わって、エステラが不安材料をぶつけてくる。
そう心配すんな。
「跳ね板を踏むだけだし、ウーマロに言って転落防止措置は万全にしてもらう。何より……」
そこで俺はガキどもに向かって挑発的な笑みを向けてやる。
「お前ら、好きだろ? 全力で走るの?」
「「「「「好きー!」」」」」
日本でも、観光地などに足漕ぎ水車が置かれていることがある。
そういう場所では、ガキんちょが我先にと群がって水車を漕いでいたもんだ。
ガキ共には楽しいおもちゃになることだろう。
水の抵抗は地味に足腰に負担が来るから、俺は好きじゃないけどな。
「きっと、楽しいぞ~……当番制にして、一日中遊び続けろ」
「「「「「「うんー!」」」」」」
これで、日中だけ水路に水が供給され続けるというわけだ。
「二本の腕で水を汲み上げるのは重労働以外の何物でもないが、足で漕ぐだけならもっと楽に出来る。それに、こいつらのパワーにかかれば遊びにすらなり得る」
最初に張り切って水を汲み上げ、溜め池にある程度貯水が出来ればしめたものだ。
「あとは、溜め池全体を覆えるような大きなシート……布じゃなくて、獣の皮みたいな水を通さないヤツを用意してほしい」
「溜め池に蓋をするのかい?」
「あぁ。水は毎秒蒸発し続けているからな。密封してやれば水蒸気はその中に留まり、水滴となってまた溜め池に還元される」
実際、アメリカで大規模な水不足に陥った際、巨大な湖の湖面すべてをプラスチックボールで覆うという対策が取られたことがある。ボールだから浮かんでいるだけで、船が通れば勝手に避けてくれる。
日光も遮られないので湖の生き物にも悪影響はない。誤飲の危険性もないし、最終的に回収しやすいので環境的にも問題がなかった。
そんな思いきった対策で、日に数十トンもの節水に成功したのだ。
こっちは溜め池で、生き物は生息してないし、湖面ほど広くはないのでシートで覆うことも可能だろう。当然、船も通らないし。
狭くとも、水面から水はどんどん蒸発していく。それを防ぐだけでかなりの節水にはなる。
「あとは、各ギルド、近隣住民がそれぞれ節水を心がけることだな」
洗濯の回数を減らすとか、使い回せる水は使い回すとか、そういう努力を呼びかける必要がある。不便はあるだろうが、水不足が解消されるまでの間だけだ、我慢してもらおう。
「そ、それで、川を堰き止めなくて済むのか?」
「まぁ、やってみなきゃ分からん部分は多いが、現状よりかはマシになるだろう」
水車の出来がどんなものになるのかは、まだ未知数だからな。
「ヤシロさん。ワタクシ、今から戻ってヒバの用意を進めておきますわ。ですので、ヤシロさんはウーマロさんと設計図に関する話を済ませてくださいまし」
こっちで話をしている間に木材を用意しておいてくれるつもりのようだ。
その方が無駄が少なくて助かるな。
「それじゃあ、最高の木材を用意してもらえると仮定して設計を開始するッス」
「当然ですわ。ワタクシが携わる以上、材料の心配など不要ですわ。ですので……」
ウーマロを指さして、イメルダはまるで宣戦布告のような口調で言う。
「最高のものをお作りなさい! ウチの木材を使って凡作以下のクオリティでしたら、ワタクシ、承知いたしませんわよ」
「わ、わわわ、わか、かかかてるッスよ!」
イメルダの顔こそ直視できないが、ウーマロもプロの大工としてきちんと言い返す。
うん。うまく回り出したようだな。
くるりと踵を返し、威風堂々と胸を張って歩き出すイメルダ。
その背中は、まるでギルド長ハビエルのような頼もしさを感じさせた。
「イメルダ。頼りにしてるぞ!」
声をかけると、イメルダはビクッと肩を震わせ、その場に立ち止まる。
そしてゆっくりとこちらを振り返って、微かに朱に染まる頬を嬉しそうに膨らませて、相変わらずの尊大さで言い放った。
「当然ですわ」
それだけ言うと、イメルダは堂々とした足取りで優雅に……いや、気持ちちょっと小走りで……時折「ひゃっほぅ」とジャンプなんかを織り交ぜつつ、先に帰っていった。
楽しいヤツめ。
「んじゃあ、ウーマロ。ちょっと時間くれるか?」
「はいッス! 陽だまり亭に戻って詳しく聞かせてほしいッス!」
「じゃあ、ボクも行くよ。どういうものなのか、理解しておきたいからね」
「では、片付けはわたしたちに任せて、お先に戻ってください」
「……子供たちはマグダが守る」
「ほらほら、あんたたちも片付けを手伝うですよー!」
それぞれに役割が割り振られていく。
「ミリィ」
「なぁに、てんとうむしさん?」
「お節介焼きな『大きなお姉さん』たちに言っておいてやれ。もうちょっとの辛抱だってな」
「ぅん! 伝えておくね。きっと、みんなよろこぶと思うょ」
さっさと帰って伝えてやればいいと思ったのだが、ミリィはジネットたちを手伝ってから帰ると言う。
ならばと、俺たちは先に河原を離れることにした。
「ヤシロ」
堤防へ上がる前に、デリアに声をかけられる。
美味い飯を食って、仲のいい連中と話をして、少しは気分が落ち着いたのか、俺のよく知っているデリアらしい表情に戻っている。
「ありがとな!」
「まだ何もしてねぇよ。うまくいってからにしてくれ」
「分かった! じゃあ、またその時に言う!」
分かりやすい、潔い性格だ。
「ヤシロ君。デリアちゃんの悩みを解消してくれてありがとね☆」
「いや、だからまだ何も……」
「だ~ってぇ。デリアちゃん、今、すごく楽しそうなんだもん。朝とは大違い。だから、私は今、ありがとうなんだよぉ☆」
マーシャにとっては、四十二区の水不足はさほど重要なことではないのだろう。
マーシャが重要視するのは、自分の友達がつらそうにしていた、そういう事実なのだ。
「ねぇ、ヤシロ」
そして、マーシャの水槽を押すノーマが何かを訴えるような目で俺を見てくる。
「……アタシ、何か手伝うことないかぃね? なんか、今回……アタシ、完全に空気な気がして仕方ないんさよ……何か、作ってほしいものないかい? なんでも言っておくれな、ねぇ?」
「いや、まぁ……じゃあ、いいイカリを作ってやれよ」
寂しがるなよ、そんなことで。
本業に勤しめ。
こうして、俺たちは各々がやるべきことに向けて、それぞれ一歩を踏み出した。
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