鬼の形相で、ルシアが陽だまり亭へと乗り込んできた。
……領内を空っぽにして、何してんだよお前ら。
「ギルベルタ! 無事だったか!」
「無事です、私は。何もありません、問題は」
ルシアは店内へ駆け込むと、一直線にギルベルタへと駆け寄り、激しい抱擁をする。
骨が軋みそうなほど、力強い抱擁だ。
見方を変えたらサバ折りだな、これは。
「しかし、どうしてここへ、ルシア様は?」
「エステラの使いから手紙をもらい、詳細を知らされたのだ」
ルシアが懐から、エステラの家の紋章が描かれた手紙を取り出す。物凄い力で握り潰した跡がくっきりとついていた。くっしゃくしゃだ。
エステラが早馬を使って超特急で手紙を送った手紙がアレなのだろう。
本当に早く届けてくれたようだ。
まさか、そのせいで今日のうちに乗り込んできてしまうとは思いもしなかったが……
「心配をおかけしましたか、私は?」
「無論だ! 私がどれほど心を痛めたかっ!」
ギルベルタの髪に顔を埋めるように、ルシアはその身を抱き寄せる。
語尾が掠れて、悲痛さが伝わってくる。
「心から謝罪します、私は。やるべきことの手順を間違えたと、指摘されて初めて気付きました、愚かなる私は」
「よい。……もう、よいのだ。お前がこうして無事でいてくれたならば」
「見誤っていたようです、私は、大切なものの順番を」
「うむ……お前はまっすぐで、少しばかり素直過ぎるところがあるからな。道を誤ることもあるだろう」
会えなかった分を取り戻すかのように、ルシアはギルベルタの体を抱きしめ密着する。頬をすりすりこすりつけ、髪の香りをくんかくんかしている。……ってこら、変質者。
「使いからの手紙には、お前が一人でここへ来たことも、その理由も、事細かに書かれていた」
そんなことを言いながら、ギルベルタの触角に手を伸ばすルシア。
だが、ギルベルタが巧みにそれを回避する。やはり、無断で触らせるようなことはないようだ。
「その手紙を読んで、私は理解したのだ……悪いのはすべて、あのカタクチイワシだっ!」
「なんでそうなる!?」
いや、そうなるだろうなぁとは思っていたけどな!
ギルベルタがこっちに来た理由も事細かに書いてあったんだよね!? ちゃんと読んだ!?
「どんな理由があろうと、たとえギルベルタや私の好む者たちに責があろうとも……私は気に食わないヤツに罪をなすりつけるっ!」
「物凄く最低なことを、堂々と宣言するなよっ!」
怖ぇ! この人、マジ怖ぇ!
エステラが言ってた意味とはまったく違う意味で怖ぇ!
「悪くない、友達のヤシロは」
威厳もへったくれもないルシアから理不尽な視線を浴びせられる俺を庇うように、ギルベルタが静かに俺の前へ体を割り込ませてくる。小さくも逞しい背に庇われる。
「とも……だち?」
「そう。友達になった、私と、友達のヤシロは。友達のジネットもそう」
キッと、鋭い視線が俺を射抜く。
……怖い目で見んじゃねぇよ。
「悪く言わないでほしい、私の友達を」
「…………そうか」
ルシアの手に力が入り、拳が握られる。
ギルベルタのまっすぐな言葉を向けられれば、認めざるを得ないのだろう。
「では、無言で殴るとしよう」
なんにも認めてねぇな、こいつは!?
「それならば問題ない思う、私も」
「思うなっ!」
問題ありまくりだわ!
「貴様がそそのかしたせいでギルベルタが無断外出などをしたのだろうに!」
「俺のせいじゃねぇわ!」
「では、誰が悪いというのだ!?」
そこら辺のことは手紙に書いてあったんじゃねぇのかよ!?
都合よく読み飛ばしてんじゃねぇだろうな。……ったく、しょうがねぇなぁ。
「こいつの母が、『友達は大切にしろ』って言ってたから、領主よりも友達を優先させちまったんだよ!」
「私より、貴様が大切だというのか!?」
「だから! 苦労してそこら辺をちゃんと説明してやったんだよ! 今ではもうそんな極端な発想は持っちゃいないと思うぞ」
詰め寄ってくるルシアを宥め、揃ってギルベルタへと視線を向ける。
俺たちに見つめられる中、ギルベルタははっきりと首肯する。
「うむ。話を聞いてきちんと理解した、私は。大切なものを見誤ることはない、これからは、私は」
「そうか……」
ほっと息を漏らし、俺から距離を取るルシア。
なんにせよ、これで今回のドタバタは解決だろう。ルシアがギルベルタを連れて帰ってくれれば、お泊まりの話も立ち消えになる。
陽だまり亭に平和な夜が戻ってくるのだ。
「私が一番」
突然、ギルベルタが自身の胸を押さえてそんな言葉を口にする。
途端……なんでかな…………背中にいや~な汗がじったりと滲み始めた。
「友達のヤシロが二番。友達のジネットが三番で……」
俺、ジネットと指を差し、そして最後にルシアをビシッと指さす。
「四番目に大切、ルシア様は」
「カタクチイワシッ!」
「なんで俺に怒るんだよ!?」
折角離れていったルシアが再び強襲してくる。
あぁ、もう、面倒くさい!
「しかし、職務はきちんと遂行する、私は! 今のは、心の順位」
「職務などどうでもいいから、心の順位を上げてくれっ!」
「いや、職務はどうでもよくねぇだろ……」
なんだろ……全然関係ないのに、三十五区の未来がすごく不安になってきた。
エステラ。同じ領主として何か言ってやれよ……的な視線を向けたら即座に逸らされた。
「こんばんは~。ねぇ、ヤシロいる~?」
とことんカオスに振り切っている陽だまり亭に、空気も読まずに新たな来客が顔を出す。
夜でも元気に活動しているニワトリフェイス、ネフェリーだ。
「わっ……綺麗な人…………」
店内に立つルシアを見て、ネフェリーが思わず零れ落ちたという風な呟きを漏らす。
そして、ギルベルタに視線を移し、「あ、巨乳……」と漏らす。
「ヤシロ。いつの間にこんな美人と巨乳と知り合ったのよ?」
美人『と』巨乳ってところがみそだな。
美人『の』巨乳ではない。
「やはり……おっぱいの話から会話が始まる、四十二区の住民は」
「あ、あの、ギルベルタさん!? ご、誤解です……よ?」
ジネットが懸命に四十二区の『おっぱいの街』化を防ごうとしている。が、自分でもちょっと自信を失いかけているようだ。
「カタクチイワシよ。一体誰なのだ、この……」
ルシアの鋭い視線に睨まれ、ネフェリーは堪らず身を縮める。
怯えたような表情でルシアを見つめるネフェリー。
ルシアの背中から、威厳あるオーラが湧き立っていく。
「獣特徴が出まくりの絶世の美女はっ!?」
「お前は趣味に走る瞬間にためらいを一切感じないんだな。ちょっと尊敬するわ」
ルシアを取り巻いていたオーラが一瞬で若干ピンク色に染まった。……気がした。
「かわゆすっ! いとかわゆすっ!」
だから、それやめろっつうのに。
「お嫁さんにしたい女子、今期ナンバーワンだ!」
「えっ!? 私が!?」
どうやら、ルシアの中のランキングでトップに躍り出たらしい。
わぁ~、全然すごさが伝わってこな~い。
「ど、どうしよう、ヤシロ!? ねぇ、どうしよう!?」
「いや、俺に聞かれても……」
嫁にでも行けばいいんじゃね?
その際は、パーシーがなんだか拗らせたような抱腹絶倒ラブストーリーを展開してくれることだろう。
「ト、トサカをっ、トサカをぷにぷにさせてはくれないだろうかっ!?」
「え、いいい、いや、あの、ここ、困ります!」
「そう言わずに!」
「ね、ねぇ、ヤシロッ。この人一体なんなの!?」
「三十五区の領主だ」
「えぇぇぇえっ!?」
くちばしが「パッカァー」と開く。
そりゃ驚くよな。四十二区よりずっと上の区の領主が、こんなところで変態を拗らせていたらな。うんうん、誰でも驚くし、身の危険を感じたら三発くらいぶん殴るよな。
「もう! どうしてヤシロはそうやってすごい人ばっかり寄せ集めちゃうの!?」
「俺に聞くなっつの」
「もう、なんていうか、ヤシロは周りにすごい人が続々と集まってくる星の下に生まれたのね」
「やめてくれ、マジで……」
言葉にするんじゃねぇよ、そういうことを。呪いにでもかかりそうだ。
面倒事が向こうから群れをなしてやってくる呪いにな。
言霊って、結構バカに出来ないって言うぜ?
「カタクチイワシよ」
鼻息荒く、ルシアが俺に詰め寄ってくる。
「こんな夜半にうら若い乙女を呼びつけるとは何事だ!?」
「俺が呼んだんじゃねぇよ」
「変質者に目をつけられでもしたらどうするっ!?」
「たった今目をつけられたっぽいけどな、ここで」
ネフェリーもとんでもない時に来ちまったもんだな。
つか、ギルベルタ。
おたくの領主が痴態をさらしまくっているんだが、止めなくていいのか?
あぁ、言われてないからやらないのか。現代っ子だねぇ。
「トサカの乙女よ。このような時間にこんな男のもとに来てはいけない。間違いが起こっては事だぞ」
「そ、そんなっ!? ヤシロと私がそんなこと…………あるわけ、ない、よね?」
うん、ないよ。ないない。
だからニワトリみたいな顔でこっちをジッと見ないでくれるかな? 瞬きしろな、定期的に。
「でも、まぁ……夜道は気を付けろよ。ネフェリーがか弱い乙女だってのはホントなんだし」
「へ……っ?」
空気が漏れたような音を漏らし、顔を真っ赤に染めて、酸欠でも起こしたのかくちばしをぱくぱくさせていた。……本当に漏れてんじゃないだろうな、空気?
「ヤ、……ヤシロって、私のこと、そんな風に見てくれて…………たの?」
ん?
何言ってんだこいつ?
ニワトリみたいな顔して。
獣人族ではあるが、ネフェリーは力が強いというわけではない。
戦闘力で言えば俺とさほど変わらないレベルだ。つまり、四十二区の最底辺と言える。……悪かったな、最底辺で!? 誰が最底辺だよ、まったく……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!