異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

16話 行きはよいよい、帰りは有料 -4-

公開日時: 2020年10月15日(木) 20:01
文字数:2,833

「……森に入れば、高く売れる獣がいる」

「んじゃ、今日のターゲットはそいつにしよう」

 

 俺たちは安定した収入ではなく、一発デカいヤツを狙いに行く。

 なにせ、こっちには無敵のトラ人族がいるのだ。

 少々扱いにくい人種ではあるが、使いこなせれば心強い稼ぎ頭になるだろう。

 その手間を惜しんで『使いにくい』と突き放すのは愚かなことだ。

 格ゲーだって、操作の難しいヤツが最強だったりするのだ。マスターするのは難しいが、一度自分の物にしてしまえば押しも押されもせぬ存在になる。

 が、やり込みの足りないヤツは中途半端になる。

 中途半端は一番よくない。やるならとことん、やらないならきっぱりと。それが儲けるための基本だ。

 

 そんなわけで、俺たちは迷わず森へと突入する。

 深い森を進む。

 この森は四十二区の方まで広がっているのだそうだ。

 ……木を伝って街の外壁を越えられないものだろうか?

 

「不法入門は死刑だよ」

「……分かってるって」

 

 なんで俺の考えてることが分かったんだ、エステラよ。なんか怖いぞ、お前。

 

「思ってることが顔に出てるんだよ。君、分かりやすいよね」

 

 そんなわけがない。天才詐欺師であるこの俺が。

 あ、天才イケメン詐欺師であるこの俺が。

 

「……しっ」

 

 突然、マグダの足が止まる。

 姿勢を低くし、口元に人差し指を立てる。

 

「………………近くにいる」

 

 マグダのネコ耳がぴくぴくと動く。

 まぁ、正確にはトラ耳なのだが。

 

 全員が息を殺し、森の中が静寂に包まれる。

 

 俺たちは全員、マグダの視線を追うように同じ方向を見つめている。

 マグダの背に庇われるような格好で、マグダの見つめる森の奥へ意識を集中させる。

 

 耳に痛いほどの静けさ。

 心なしか息苦しい。空気が薄い気がする。

 それに、全身から汗が噴き出していく。

 ……熱い。

 まるで、炎であぶられているような、そんな嫌な感覚に襲われる。

 これが、狩場の緊張感か…………熱い…………マジで熱い。

 なんだ、熱いぞ? 熱い…………熱い熱い熱い熱い……っ!

 

 あまりの熱さに、俺は後ろを振り返る。

 すると……俺のすぐ後ろに、全身を燃え盛る炎に包まれた大きな牛がいた。

 

「…………あ、そっちだった」

「気配感じ取るの、下手くそかっ!?」

 

 思いっきり背中取られてるし、めっちゃ接近されてんじゃん!?

 

 

 ブモォォォォォオオオッ!

 

 

 燃え盛る炎に包まれた牛は、どういうわけか、その炎で焼かれることはなく、生き生きとした目で俺たちを睨みつけてくる。

 獲物を狙う獣の眼だ。

 

「あれは、ボナコンか」

 

 エステラが聞いたこともない名称を口にする。

 ボナコン?

 そんな牛がいるのか?

 

「この森に棲む魔獣……平たく言えばモンスターだよ」

 

 モンスター!?

 そんなのいるのかよ!?

 いや、獣人がいるような異世界だからいてもおかしくはないんだけどさ!

 

「……ボナコンは、興奮すると燃え盛るフンを飛ばしてくるから気を付けて」

「嫌過ぎるな、その攻撃!?」

 

 とか言っている間に、ボナコンが俺たちに尻を向け始めた。

 いーーーーーーーーーーーーーやぁーーーーーーーーーー!

 フンが飛んできちゃう!

 

「マグダ! なんとかしろ!」

「……任せて」

 

 言うなり、マグダの全身を『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』――俺的略称『赤モヤ』が包み込む。

 

 そして、一閃――

 

 瞬く間に決着はついた。

 目で追うのも困難な速度でボナコンへ接近したマグダは、巨大なマサカリを軽々と振り回しボナコンの体を両断する。

 絶対的な力の差をもって、マグダが一撃でボナコンを仕留める。

 

 で、ここからが本題だ。

 

「マグダ! 少し我慢しろ! すぐに弁当を……って、もう食い始めてるし!」

 

 弁当を出すのを待たず、マグダはいまだ炎を揺らめかせているボナコンの肉へと齧りついていた。

 

「ジネット急げ! ボナコンが食い尽くされてしまう!」

「は、はい! わっ、たっ! ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 慌ててカバンを取り落としそうになるジネット。

 バタバタと忙しなく弁当を取り出し食事の支度を始める。

 

「ダメだ、ヤシロ! もう六割方食べられているよ!」

「くそぉ! 止まれぇ、マグダァ!」

 

 無駄だと分かりつつも、俺はマグダへと飛びかかり、そして例によって投げ飛ばされる。

 コンマ一秒すら押さえられない。

 

「準備できました! マグダさん、ご飯ですよっ!」

「……っ!?」

 

 ボナコンに齧りついていたマグダが、ジネットの取り出した弁当に反応を示す。

 そうか。

 ボナコンは生肉だから、そんなに美味しいわけではないんだ。

 マグダはジネットの作った弁当の方が美味しいと知っている。

 故に、空腹により自我を失っている状態でも弁当に反応を示したのだ。

 

「マグダさん! 鳥さんの唐揚げですっ!」

「……食うっ!」

 

 マグダがボナコンの肉を投げ捨て唐揚げに飛びかかる。

 ……いや、捨てるなよ。

 

 凄まじい勢いで弁当を掻っ喰らうマグダを尻目に、俺はボナコンの肉を拾い上げる。

 まだちょっと熱い。が、持てないほどではない。

 

「損失は八割強、といったところだね」

 

 エステラがちょっと豪勢な布の袋を俺に渡してくる。

 

「魔力を帯びたモンスターの肉を入れても平気な布だよ。ボナコンの炎にも耐えられる強度を持っている」

 

 魔獣が存在する世界だからこそ生まれたアイテムってわけか。

 どんな原理かは知らんが、普通のカバンに入れるよりかはマシだろう。

 

「いくらくらいで売れるもんなのかね、ボナコンの肉は」

「どうかな。適正な価格は知らないけれど、結構な値がつくと思うよ」

「その根拠は?」

「ボナコンは中央区の、それも超一流店でしかお目にかかれない高級食材だからさ」

「そうなのか?」

「あぁ。貴族と、一部の豪商くらいしか口にしたことがないんじゃないかな?」

 

 そ、そんな貴重な肉を、マグダは味も分からず貪り食いやがったのか…………

 躾が必要だな。割と厳しめの。

 

 しかし、超高級食材か……

 

 手元に残った肉はおよそ10キロ前後。

 これだけでいくらになるのか……すげぇ楽しみだ。

 

「じゃあ、帰るとするか」

 

 換金が楽しみ過ぎて早く帰りたい。

 マグダに弁当を持たせるというのはうまくいきそうな気がする。

 無自覚のうちに弁当に気を引かれていたってのがいい。

 一人で狩りに来ても、最初から弁当を出させておけば獲物を食わずに済むだろう。

 入門税を考えると、俺たちがついてきてやるわけにはいかないからな。弁当に慣れるまでは同行が必要かもしれんが。

 

「気が急くのは分かるけど、その前にボクたちも食事にしないかい?」

「そうだな。言われてみれば腹が減った」

 

 戦勝祝いだ。

 ちょっと奮発して作らせた弁当で乾杯といこうではないか。

 

 と、振り返ると……

 

「…………おなか、いっぱい」

 

 空になった弁当箱と、満足げにお腹をさするマグダ、そして、おろおろと狼狽えるジネットがいた。

 

「あ、あの……マグダさんの食欲が、留まるところを知りませんで……止められませんでした」

 

 …………マジか。

 

 ここに来るまで、結構歩いたってのに…………そして、街に戻るには同じ距離を歩かなけりゃいけないってのに……

 

 

 深い深い森の中。

 俺たちは食料を失い…………泣く泣くボナコンの肉を焼いて分け合った。

 

 

 

 

 

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