「で、なんだよ、チボー? なんか用か?」
「娘はいるか!?」
「いないが?」
「隠しても無駄だぞっ!」
チボーが叫ぶと鱗粉がぶわっっと撒き散らされる。
やめろ。不衛生な!
「飲食店で鱗粉を撒き散らすな!」
「なら娘を出せ!」
「今は三十五区にいるよ。アゲハチョウ人族のシラハの屋敷だ」
「シラハ……様、の?」
鱗粉、ぶわー!
……こいつ、マジで殴ってやろうか?
「つか、なんの用なんだよ? 何しに来たんだよ?」
「娘を連れ戻しに来たんだ!」
「まだそんなこと言ってるのか?」
「聞けば貴様! 娘の結婚を見せ物にしようとしているそうだな!?」
「見せ物っていうか……まぁ、みんなで祝福しようぜ、みたいな?」
「その見せ物に、ワシやカーちゃんも出ろと、そう言ったそうだな!?」
「あぁ。言った」
肯定すると、チボーは俺の胸倉を強く掴み、ひねり上げた。
息が出来ない……っ!
が、それより何より、チボーの顔が近付いてくるのが耐えられない! 気持ち悪過ぎる!
「臭っ! 息、臭っ!」
「臭くないわバカァ!」
と、臭い息で怒鳴るチボー。
こいつ、娘がさらし者にされると思って怒っていやがるのか?
娘だけでなく、自分や、最愛の妻までも……
「貴様はワシに、こんな恥ずかしい格好で人前に出ろと言うのかっ!?」
「あ、自覚はあったんだ」
つか、自分のことで怒ってたのかよ。
「ワシら一家を笑い者にする気か!?」
「大丈夫だ。笑われるのはお前一人だけだ」
「……いや。笑えない」
「ですね」
俺の背後から、俺以上に辛辣な意見が聞こえてくる。
マグダとロレッタ。正論は、時に人を傷付けるから、気を付けろな。
「そういうお話でしたら、私に任せてくれませんかねぇ? 私が服を作ってさしあげますよ」
柔らかい声がして、ウクリネスが立ち上がる気配がする。
振り返ると……
「服屋として、そちらの方の格好は断じて許せませんのでっ」
……メッチャぶち切れた顔をしていた。
ウクリネスが初めて見せる表情だ。正直、超怖い。
「なんですか、その全裸に黒タイツというファッションを侮辱するような格好は」
「あ、いや……これは、その……獣特徴のせいで着られる服がなくて……」
「ないなら作ればいいでしょう?」
「いや、しかし…………そんなお金は……」
「お金? お金を理由に品性を捨てるのですか!? そんなことが許されますか!? いいえ許されません! 許されませんとも!」
「お、おっしゃる通りで…………でも、ですね……?」
「あぁ、もう! 見れば見るほど不愉快です! なんですか、なんなんですか、その格好は!? 私への挑戦ですか? いいですとも、受けて立ちましょう!」
ウクリネスの放つ怒気に、チボーの表情が夫婦ゲンカの際の情けないものへと変わる。
こいつ、強く言われるとヘタレるんだよな。
「ヤシロちゃん! ちょっとこの変質者、お借りしますね!」
「おぉ。煩わしいから持って帰ってくれると助かるよ」
「いや、待て! まだ結婚式とか、そういう話が……!」
「式に出席しても恥ずかしくない紳士的な服を、私が作ります! それで文句ないでしょう!?」
「え、あ、いや……それはその…………」
「なんですか!?」
「……いえ、よろしくお願いします」
勝者、ウクリネス~。
まぁ、この変態タイツマンを衆目にさらしていいのかってのは一つの懸案事項ではあったのだ。
ウクリネスが意欲に燃えているから、きっとうまく解決するだろう。
よし、丸投げしておこう。
「さぁ、付いてきてください。一秒でも早く服を作って着てもらいますからね。こんな美意識に欠ける半裸タイツなど…………ノーマちゃんやナタリアちゃん以外認めませんからねっ!」
「アタシはそんな格好しないさねっ!?」
「うっわっ! 見たい!」
「しないさねっ!」
という前振りがあって……ゆくゆく…………むふふ。
そんな未来に期待をしておこう。
「では、ヤシロちゃん。この資料、もらっていきますね。きちんと期日までに揃えておきますので! では!」
「あの、ちょっと!? ワシ、まだ話が……あのぉっ!?」
チボーの首を掴み、ウクリネスが資料を小脇に抱えつつ陽だまり亭を出て行く。
バサバサと羽を暴れさせていたチボーだったが……抵抗虚しく連行されていった。
……あ~ぁ。床、鱗粉まみれだな。
「ヤシロ?」
ウクリネスたちと入れ違いで、エステラが陽だまり亭へとやって来た。
ドアから顔を覗かせ、外へと視線を向ける。
「今、半裸の変質者がウクリネスに引っ捕らえられていったけど?」
「そりゃ、ウェンディの父親だよ。お前も見たことあるだろう」
「あ、ごめん。ボク、記憶の汚点はすぐ忘れるようにしてるんだ」
なんて都合のいい作りをしてんだ。
けどな、記憶は大切にしろよ。
……あんな変態と、何回も『初対面』したくないだろ? 心臓への負荷が半端じゃないからな。記憶して、耐性をつけることも時には重要なのだ。
「まったく。貴様のいるところはいつも騒がしいのだな、カタクチイワシ」
「ルシア!?」
エステラの後ろから姿を現したのはルシアだった。
なんで四十二区にいるんだ?
ギルベルタはジネットたちの護衛でシラハの屋敷にいるだろうし、一人で来たのか?
「ギルベルタがいなくてつまらんから遊びに来てやったぞ」
「仕事しろよ」
気分次第で職務を放棄するんじゃねぇよ、お前は、毎回毎回……
「つか、さっきの変質者は、お前んとこの領民だからな?」
「変質者? ……それなら、今私の目の前にいるが?」
「俺じゃねぇよ! さっき出てった変態半裸タイツマンだよ!」
「アレは獣特徴故のことだ。なんらおかしなことではない」
お前の獣人族贔屓凄まじいな!?
あの半裸タイツマンを『おかしなことではない』って言えるの、お前とジネットくらいだぞ、たぶん。実の娘のウェンディですらちょっと引いてたのに。
「あんなもんと比べるなよ、爽やかなイケメン紳士のこの俺を」
「冗談は顔だけにしろ!」
「誰の顔が冗談だ!?」
「その冗談みたいな顔を取り外せ!」
「無茶言うな!」
なぜチボーが許容できて俺が出来ないのか。ルシアの美的センスを司る脳の機能は、どこかで深刻なエラーが発生しているとしか思えない。
「それよりヤシロ。オルキオはどうだった?」
「当たりだ」
「よし。じゃあ、計画実行だね」
エステラには、昨日の帰り道でいろいろと話を聞かせてある。
まぁ、要するに「ド派手なパレードをするぞ」ということなのだが、多区に亘る企画のためいろいろ調整しなくてはいけない部分があるのだ。
おそらく、そこら辺の話し合いも含めて、ルシアはここに来ているのだろう。
三十六区から三十九区の領主にも、一応話を通しておきたいしな。
その際は、四十二区のエステラが言うよりも、三十五区のルシアが話をした方が丸く収まる。
まぁ、途中の区は通過するだけだから、特に何があるわけでもないだろうが。
根回しはしておいて損はない。貴族ってのはそんなもんだ。
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