異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

369話 発言は自己紹介 -3-

公開日時: 2022年7月2日(土) 20:01
文字数:4,618

「領主として、オールブルームの貴族として、一人の成熟した人間として、貴様のその態度には違和感があるよ、ミスター・マイラー」

 

 キレッキレのエステラである。

 ん~、じゃあ次は目の上のたんこぶの取り方でも教えておくかなぁ。

 そうすれば、全自動領主潰し機の完成だ☆

 

「待ちなさい、エステラ」

 

 デミリーがエステラの隣に立つ。

 とても静かな声、なの、だが……あれ? 湯気出てない? 頭頂部から。

 

「私が潰す」

「いや、直接ケンカを売られた俺だろ?」

 

 そんなデミリーをリカルドが押しのける。

 こいつらも、街門と港の過程を知ってるから、相当頭にきたんだろうなぁ、さっきのマイラーの暴言に。

 

「待ってくださる?」

 

 そんな中、マーゥルが静かに挙手する。

 

「……私がやるわ」

「ドニス、ちょっと抑え込んでて!」

 

 なんか、マーゥルが発動しちゃうとここら辺一帯が更地になっちゃいそうな恐怖を感じた。

 声と視線、冷ったぁ~!?

 

「あ、いや……」

 

 マイラーはすでに焦った表情を取り繕うことも出来ないでいる。

 貴族らしからぬ、感情が駄々漏れの顔で視線をあちらこちらへさまよわせている。

 

「お待たせ致しました」

 

 そこへナタリアたちが戻ってくる。

 三人で七人前の寿司を持って。

 ナタリアが器用に三人前を持っている。

 

「手伝います」

 

 イネスとデボラが動きテーブルに特上寿司が並べられていく。

 

「ミスター・マイラー。友好の印に四十二区の新メニュー『お寿司』をお召し上がりください」

 

 ナタリアがマイラーに頭を下げる。

 ここまでの騒動を見ていなかったので、エステラのために好印象を与えようとしているのだろうか……

 

「う、うむ。そうだな。友好の証にな」

 

 その言葉に乗っかり、マイラーが絶対的不利な状況を打破しようと悪足掻きを始める。

 この場にいる者すべての地雷を踏んで回ったことにようやく気が付いたのだろう。

 

 どうしてもっと早く気が付かなかったのか。

 

 四十二区の小さな港という、他区にはさほど影響しないようなものの完成記念イベントに、なぜこれだけの人間が集まっているのか。

 それは、多くの者がそれだけ注目し、それだけ好感を抱いているということだよ。

 

 そんな場所に飛び込んで、一人でヘイトをまき散らすなんて行為が、どうして平気で出来るのか。俺には、その神経が分からない。

 しかも、自分はエステラよりも上だと示したいがために、この場にいるエステラと対等な領主たち全員を足蹴にしてることに気が付かない。その無神経さが、俺には理解できない。

 そういうヤツが気付くのは、いつも手遅れになってからなのだ。

 

 まさに、今、だな。

 

「ほ、ほほぅ、これが四十二区の新しい料理か。確かに、見たこともない料理だ。どれ――」

「いえ」

 

 席にも座らず寿司に手を伸ばしたマイラーを、ナタリアが右手を差し出して制止する。

 

「ミスター・マイラーの席はこちらでございます」

 

 そして、マイラーが手を伸ばそうとした寿司の、隣の席を指し示す。

 

「どれでも同じではないか」

「いえ。こちらが、ミスター・マイラーの座席でございます」

 

 ナタリアは完全な無表情で同じ言葉を繰り返す。

 そして、顔をこちらに向け、微笑んで言う。

 

「他の皆様はお好きな席へお座りください」

「待て!」

 

 そんなナタリアに、マイラーが食ってかかる。

 

「おかしいではないか! なぜ私だけが指定されるのだ!? ……よもや、この料理によからぬものが入っておるのではなかろうな?」

 

 その言葉を聞いて、ナタリアが「にっ」っと口角を持ち上げた。

 ……あ、めっちゃ怒ってた。

 

「それはつまり、私が――クレアモナ家付き給仕長の私が、三十一区領主に毒を盛ろうとしていると、そういう意味でしょうか?」

「そうでなければおかしいではないか! 他の者がよくて私だけが指定されるなど――!」

「エステラ様があなたに毒を盛ろうとしたと、これだけ多くの領主様方の前でおっしゃいましたね!? もしこれで濡れ衣だった場合、冗談だった、勘違いだったでは済まされませんよ!」

「では、そなたが先に食してみよ!」

「おい、いいのか?」

 

 まんまとナタリアに乗せられているマイラーに追い打ちをかける。

 

「それはまさしく、『エステラがマイラーに毒を盛ったと疑っている』と、これだけの領主の前で宣言することになるんだが……本当にいいのか?」

 

 こんな公の場で他区の領主に暗殺の濡れ衣をかけるなんてのは侮辱以外の何物でもない。

 それで「勘違いだった」で済むのなら、俺はそいつの後を付け回して行く先々で「こいつに金を盗まれた」と騒ぎ立ててやる。その名が地に墜ち果てるまで、延々とな。

 

「では、毒味をさせていただきます。我が主がかけられた謂れなき非難を晴らし身の潔白を証明するために」

「ま、待て!」

「では召し上がりますか?」

「ぐ……っ、は、腹が……減っておらぬ」

「準備をさせておいて、直前で蹴るとは……どこまで我が主を侮辱すれば気が済むのでしょうか」

 

 ナタリアが殺気を放ち始める。

 

 ……で、マイラーの執事なりお共はどうしたんだ?

 これだけ敵に囲まれてるのに出てこないのか?

 

「……くっ、なぜだ」

 

 マイラーが俯いて、小さな声を漏らす。

 

「やっと……ウィシャートがいなくなったのだぞ……やっと……やっと、私は頭を押さえつけられた操り人形ではなく、一人の領主として生きていける……そう思ったのに……っ!」

 

 握られた拳がブルブルと震え、マイラーの口角からはぶくぶくと泡があふれ出てくる。

 

「私とも普通に交流してくれてもいいだろう!? そなたの力は認めておるのだ! ウィシャートを追い落とした手腕、次々生まれる新しい事業、我が区にもない街門や港をたったの一年足らずで手に入れ、他区への影響力も大きい! そんなそなたを認めて、私の方からわざわざ、こうして出向いて来たではないか! 譲歩はした! ならば、こちらだって言いたいことの一つや二つ口にしてもよいではないか! 事実、挨拶に来るのは遅かったではないか! 街門や港にしたって、伝統を重んじることは間違っているか? 間違ってはいまい!? そんな少しの衝突で、ここまで……ここまで虐げられなければいけないのか!?」

 

 腕を振り回し、ツバをまき散らして、髪を掻きむしりながらマイラーは吠える。

 

「それともなにか!? 四十二区と付き合うためには謙らなければいかんのか!? 否定はせず、すべてを肯定して、クレアモナ様のお言葉には恭順を示さねばならぬのか!? そのようなものは奴隷と変わらぬではないか!」

 

「マイラー!」

 

 エステラが右手を大きく振り上げる。

 今の発言はここにいるすべての者に対する侮辱だ。

 エステラが我慢の限界を超えるのも頷ける。

 

 だが――

 

「お前が殴る価値もねぇよ」


 俺はエステラの振り上げた手を取り、包み込む。


「まったくだ」


 言うや否や、リカルドがマイラーの胸ぐらを乱暴に掴んで頭突きをするかのごとき勢いで顔を近付ける。

 鼻先3mmの近距離で、厳つい顔がマイラーを睨みつける。


「次、似たようなことをほざきやがったら……ぶち殺すぞ」


 魔獣のように獰猛な瞳に威嚇され、マイラーがぐっと喉を鳴らす。


 マイラーを解放したリカルドは、やけにすっきりした顔をしていた。

 お前もかよ……エステラの手を汚させたくないって思ってんのは。

 え~、やだ~。仲間面しないでね。

 

 俺の手から腕を抜き、エステラが蹲るマイラーを見下ろす。

 

「取り消せ、マイラー。今の発言を即刻取り消せ!」

 

 強い口調で言う。

 そして、ここにいるすべての者を背に負うような格好で言う。

 

「ここにいるのはボクの大切な仲間たちだ! 誰一人として奴隷などではない! 謙りも媚びへつらいもしていない! ボクたちは対等な仲間だ! 仲間に対する無礼な発言は許さないぞ!」

 

 そうだな。

 マイラーの言い草じゃ、ここにいる連中は四十二区の利益に与りたくてエステラに媚びへつらって集まってるって言ってるようなもんだもんな。

 

「お前は、自分に従わないヤツとは謙る以外の付き合いが出来ないのか?」

 

 俺の言葉に、マイラーは言われている意味が分からないとばかりにきょとんとした目をこちらに向ける。

 

 ……はぁ。

 呆れて怒りもどこかへ行っちまった。

 なんて惨めな男なんだろう。

 人との関係が上か下しかないなんて。

 

 それでよく「お前のために助言している」なんて言えたもんだ。

 

「お前がやろうとしていたのは、ウィシャートと同じだぞ」

「バカなっ!? 私はあのような男とは違う! あの男は非情で非道で、いつもいつも私の頭を押さえつけ、何年も何年も苦しめ続けられて……っ!」

「兄上っ!」

 

 蹲ったマイラーが再び声をがならせ始めたころ、一人の男が貴賓席へと駆け上がってきた。

 背後に幼い顔立ちの少女と、顔の下半分に黒い布を巻きつけて覆面のように顔を隠している長髪の男を引き連れて。

 

「オルフェン……そなた、どうしてここへ?」

「それはこちらのセリフです」

 

 苛立ったように吐き捨て、オルフェンという男はエステラの前へ進み出て片膝をついた。

 

「不肖の兄が多大なご迷惑をおかけいたしました。心よりお詫び申し上げます、ミズ・クレアモナ」

 

 両腕を胸の前で交差して、エステラの前で跪いて頭を下げる。

 完全降伏のポーズだ。

 

「くぅうう! 見ろ! やはり服従しなければいかんのではないかっ!」

「黙れ! 貴様の非礼を詫びている最中だ! スピロ、パメラ、あの男の口を閉じろ」

「はっ!」

「りょっ!」

 

 黒覆面の男とショートカットの少女が駆け出してマイラーを取り押さえ、猿轡を噛ませる。

 

 ……って、今「りょっ」って言った!? ヘイ、少女!?

 

「重ね重ね、ご無礼を……」

「お気持ちは分かりました。まずは話をいたしましょう。顔を上げてください、ミスター」

「あぁ、失礼いたしました。自らの名も明かさぬままご挨拶してしまったご無礼、重ねて謝罪いたします」

 

 手早く言って、男はさっと立ち上がる。

 今度は片腕を胸に添え、実に貴族らしい優雅な振る舞いでエステラに敬意を表する礼を見せる。

 

「私は、三十一区領主の弟、オルフェン・マイラーと申します。お目にかかれて光栄です、微笑みの領主様」

「あはは……その呼び方はご遠慮願えると嬉しいのですが」

 

 エステラが笑ったことで、オルフェンはここに来て初めてほっとした表情を見せた。

 

 弟、ね。

 バカ兄貴の尻拭いで苦労してそうな顔をしている。

 

「あなたの誠意は十分伝わりました。ボクは謝罪を受け入れます、ミスター・マイラー」

「寛大なご配慮、感謝申し上げます」

 

 エステラに頭を下げた後、オルフェンは他の領主たちへと向き直り、再び跪いた。

 

「本来なら個別に謝辞を示すべきところ、このような形で謝罪することをまずお許しください」

「よい」

 

 年長者のドニスが言えば、他の領主も納得したように頷く。

 この人数にいちいちエステラにしたような長い挨拶をしてはいられねぇよな。

 まだ本題にすら入ってないんだから。

 

 それでも、一通りの謝罪の言葉を述べ、領主たちに許しを得たオルフェン。

 と、何を思ったのか、俺の前へ来て跪く。

 

「おいおい。俺は領主でも貴族でもねぇぞ」

「存じております、ミスター・オオバ。私はあなたにお会いしたかったのです」

 

 うん。

 このタイプのヤツとは距離を取りたい症候群なんだよね、俺。

 

「これを機に、今後仲良くしてくださると嬉しいです」

「断る!」

「では、気に入っていただけるよう日参し、いつの日か認めてもらうために――」

「分かった、仲良くしよう。だからなるべく来るな」

 

 このタイプが日参なんぞしたら、絶対面倒くさいことが起こる。

 この街では、精霊神が面白がると事件が起こるからなぁ。やれやれだ。

 

 

 

 

 

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