異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

373話 動き出す新たな計画 -2-

公開日時: 2022年7月17日(日) 20:01
文字数:3,329

 三十一区へ来てみて驚いた。

 

「カッチカチだな」

「カッチカチやね」

「カチカチですね」

 

 俺の隣でレジーナとジネットが畑の土を見てため息を漏らす。

 これは……うん、ダメだ。

 

「ほな、検査してみるわ」

 

 言って、レジーナがカッチカチの畑から土を一掬い取り、ビーカーのような容器に入れる。

 そこからほぐした土を別の容器へ移し替えていく。

 大体等分になるように三つ。

 そこへ、それぞれ別の薬品を垂らしていく。

 

 結果が出るまで少しかかるようだ。

 

「しかし、ここまで酷いともう抗う気も起こらねぇな」

「うぃ……。私たち家族も、もう何年も畑には手を加えてないなのです」

 

 悲惨な畑を前に、パメラががっくりと肩を落とす。

 パメラの後ろには、以前見た覆面の執事が立っている。

 たしか、スピロ、とか言ったっけ?

 

「そっちの覆面執事も貴族の生まれなのか?」

「はいなのです。スピロはウチと近しい血族なのです。いわば、遠い親戚なのです」

 

 パメラの言葉にスピロがこくこくと頷く。

 そして、スピロがパメラに耳打ちをする。

 

「『パメラの家に比べたら、ウチなんて土地も少なく弱小だけれど』と言ってるなのです。そんなことないのですけれど、スピロはほんの少しだけ農地が小さいことをとっても気にしているなのです」

 

 パメラの説明に、スピロがこくこくと頷く。

 さも、「その少しが重要なのだよ」とでも言いたげに。

 

「……つか、自分でしゃべれよ」

「それが、スピロはとても人見知りなのであまり仲良くない人とはまともに会話が出来ないなのです」

「全性別対象のウーマロみたいなもんか。……やっかいな」

「オイラ、なんか嫌な指標にされてるッスね……いや、まぁ、自覚はあるッスから否定はしないッスけども」

 

 スピロがパメラに耳打ちをする。

 

「『特に、解放の英雄様に直答するなど恐れ多く、危うく切腹しそうなほど』だそうなのです」

「お前のその発想の方が恐ろしいわ」

 

 スピロがパメラに耳打ちをする。

 

「『でも、こうしてお目にかかれてとても光栄だ』と言ってるなのです」

「昨日も会ったろうが」

 

 スピロがパメラに耳打ちをする。

 

「『昨日は、名前を言うのも腹立たしい変なヒゲ~マンへの怒りが先行して、解放の英雄様に心を向けられなかった。英雄様へは、100%穢れなき純粋な敬意を持って接したい』と言っているなのです」

「お前、よく一回で覚えられるな」

「慣れなのです!」

「しかし、会話がいちいち面倒くさいな」

 

 スピロがパメラに耳打ちを――しようとしたので、パメラの腕を引っ張って立ち位置を交換する。

 

「ご面倒と申されるならば、ソレガシのことは無視してくださって結構です。ソレガシは見ているだけでときめきハートがハッスルハッス……うきゃぁあああ!?」

 

 耳元で急に叫ばれ、思わず手が出てしまった。

 

「やかましいわ!」

「か、かかかか、解放の英雄しゃまっ!? 直答!? じきとー!」

「いいから落ち着け」

「腹を切ってお詫び申し上げ候!」

「ナタリア、取り押さえろ」

「お安いご用です」

 

 ナタリアが「するっ……」と動いたと思った次の瞬間には、スピロが地面に押さえつけられていた。

 ナタリアの左腕がスピロの両腕を器用に絡め取って拘束している。

 

「美女とお手々つないじゃったー! 大人の階段、登っちゃったー!」

「お前の階段、随分と地下深くから続いてんだな……」

 

 手を繋ぐだけで登れる大人の階段って……

 二十四区次期領主候補のこじらせフィルマンと同じレベルだぞ。

 

「二人の距離が近付いた記念に、今夜、ソレガシの部屋へ来ないか? ナタリア、いや、ターニャ」

 

 あ、違う。

 フィルマンみたいなメガトン級一途な感じじゃねぇな、こいつ。

 手を繋いだだけで彼氏ヅラしてやがる。

 ……つか、手、繋いでないけどね!?

 完全に締め上げられてるだけだけどね!

 

「密室殺人へのお誘いでしたら、ちょうどよいトリックが三つほどありますが、試してみますか?」

「あはは、冗談が好きだな、ターニャは」

「ねぇ、普通ナタリアだったらナターシャじゃないかな、愛称?」

「ターニャだったら、タチアナとかだよな」

「あの、エステラさんもヤシロさんも、お止めしなくていいんですか? ナタリアさんが困ってるようですけれど?」

 

 ジネットの目にはナタリアが困っているように見えているらしい。

 俺の目には、逆らっちゃいけない裏社会の怖い人に調子くれてケンカふっかけたチンピラの命が消え去る瞬間の図にしか見えないけどな。

 

「ふむ。ギルベルタを差し向けなくてよかった。あんなばっちぃのに触ったらギルベルタが汚れる」

「でも、アレが三十一区の執事だから、何かと顔を合わせる機会が増えると思うぞ」

「早急に教育する、パメラを、私とナタリアさんが」

 

 ギルベルタも、スピロとはあんまり絡みたくないようだ。

 

「ヤシロ様」

「なんだ、ナタリア?」

「もう、腹を切らせてもいいのでは?」

「うん。ごめんな、嫌な仕事押しつけちゃって。もう離していいから戻っておいで。あとでオリジナルブレンドのハンドクリーム作ってやるから」

「それは……、素直に嬉しいですね」

 

 スピロを解放し、ナタリアがハンカチで手を拭く。

 拭く。

 拭う。

 擦り倒す。

「ぺっぺっ!」っとツバを付けて、さらに擦る!

 手、荒れちゃうよ!?

 

 ハンドクリームが嬉しいのか、やや上機嫌でナタリアが戻ってくる。

 

「パメラさん。あなたは給仕長なのですから、あのような変質者を野放しにしていてはいけませんよ」

「いや、スピロは優秀な執事で、私は教わることばかりで――」

「分かりましたね?」

「りょっ!」

 

 ナタリアのひんやりスマイルに、パメラが背筋を伸ばして敬礼をする。

 うん。早急に教育してやればいいよ。

 そもそも、人見知りでまともに会話も出来ない執事とか、今後接する時に面倒くさいし。

 

「よっしゃ。結果が出たで」

 

 一人で黙々と検査をしていたレジーナが立ち上がる。

 その表情は冴えない。というか険しい。

 

「想像通りだったか」

「せやね。バオクリエアの薬が使われとったわ」

「それを王族に知らせれば、バオクリエアから賠償金を取れないかな?」

「ムリやろうね」

 

 エステラは、バオクリエアの薬がオールブルームを穢していることに怒っているようだが、いくらバオクリエアの薬だと立証したところでバオクリエアを訴えることは出来ない。

 

「この薬を使ったのはおそらくウィシャートだ。大方、三十一区の首根っこを押さえつけるために弱体化させようって魂胆だったんだろうよ」

「いくら薬がバオクリエア産や言ぅても、それを手に入れて使ぅたんはこの国の貴族や。バオクリエアからしたら『知らんがな』って話やで」

「それは……そう、だけど……」

 

 ウィシャートとバオクリエアの第一王子が繋がっていたことは知っている。

 だが、だからといって三十一区の畑を壊滅させたのがバオクリエアだという確証はどこにもない。

 

「出来るとしたら、その薬の危険性を訴えて持ち込み禁止にさせるのが関の山だろうな」

「せやね。これまでのことは証拠不十分で追求できへんやろうけど、これから先同じ薬が持ち込まれへんように防ぐことは可能やと思うわ」

「それだけでもやった方がいいね。レジーナ、薬に関するレポートをお願いできるかい?」

「任しといて。脇腹ぺろぺろ券三枚で手ぇ打ったろ」

「そんなチケットは作らないよ!? 君にとってもメリットがないじゃないか!」

「それは……どぅやろなぁ?」

「ナタリア、なんとか言ってやってよ!」

「五枚綴りでお作りしますので、二枚ください」

「ごめん、やっぱり何も言わないで!」

 

 ナタリアとレジーナを引き離し、エステラが脇腹を隠すように自身の体を抱き包む。

 おーおー、顔が真っ赤だな。

 

 そんなエステラを見て、人見知りのスピロが呟く。

 

「きゃわわっ」

「土に埋めるぞ」

 

 あいつ、人見知りで誰ともしゃべれない方が世のためなんじゃね?

 この硬ぁ~い土の中に埋めて二度と出てこれないようにしてやろうか?

 

「とりあえず、領主の館へ戻ろう。この死に絶えた農地の活用法があるのであろう?」

 

 ルシアが興味深そうに俺を見る。

 

「聞かせてもらおうではないか、カタクチイワシ」

 

 領主っぽい表情でそう言って、ジネットへ視線を移す。

 

「お手々繋いで向かおうぞ、ジネぷー」

「なんでこの街には残念なヤツしかいないんだ」

 

 

 キリッとしたまま終われないもんかねぇ……高望みし過ぎか。

 

 

 

 

 

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