「それに、わたしが興味を持っているのは、ヤシロさんの教えてくださるレシピですから。陽だまり亭には、陽だまり亭に合ったお料理を置きたいと思っていますので」
……それはつまり、俺の提唱する料理は陽だまり亭に合っていると。つまり、俺とお前の色が陽だまり亭らしいカラーだと………………
「ごふっ!」
「ヤシロさん!?」
「いや……大丈夫だ……」
なんか、急に物凄い照れた!
すっごい恥ずかしい!
うん! そうだな!
ジネットも子供じゃないからな!
きっと大丈夫だ!
それにマグダもいるし!
「じゃあ、マグダによろしく言っておいてくれ」
「はい。あの、ヤシロさん、おかえりはどれくらいになりそうですか?」
じねぷー、寂ちぃから早く帰ってきてぷぅ☆
…………はっ!?
なんだ、今の謎の可愛い生物の声は!?
言ってない!
ジネットは間違ってもそんなことを言わないから!
ちょっと浮かれ過ぎてるぞ俺!
「ちょっと、ここでやらなきゃいけないことがあってな。遅くなるかもしれない」
「そうですか。では、それまでにみなさんのお風呂を済ませておきますね」
「やっぱ早く帰る! もう帰る!」
「ダメですよ!? 今日は女性が多いのでお風呂に時間がかかるんですから! 申し訳ないんですか、出来るだけゆっくり帰ってきてください」
「分かった。夜八時くらいに帰る……と言いつつ七時くらいに帰るな!」
「鍵締めちゃいますよ、そういうことばかり言っているとっ!」
ジネットが真っ赤な顔をして腕を振り回す。
いや、だってほら、みんな貧血なわけだし、ぐったりしてるだろうし、お風呂の補助とか必要じゃん!? お風呂の補助とか、重労働じゃん!? 男手、必要じゃん!?
しかし、締め出されるのはちょっとヘコむな……
いつでも帰りを待っていてくれる陽だまり亭からのシャットアウト……うん、泣くかもしれん。
「分かった。もし用事が早く終わっちまったらカンタルチカで時間潰しとくよ」
「え……」
不意に寂しそうな表情を見せて、ジネットが指をもじもじさせる。
なんだ?
「あ、あの……謎の一流シェフが『とっても美味しいお料理を無料でご馳走してあげよう』と言っても、満腹には……ならないでください、ね?」
一流シェフは謎じゃないんじゃないのかよ……
「そうだな。今日は全然料理作れてないみたいだし……俺の夕飯は豪勢にしてもらおうかな」
「はい。そのつもりです」
料理はジネットの天職であり趣味でありライフワークだ。
料理が出来ないことでストレスを溜められても困るからな。
「それに、ヤシロさんが美味しそうに食べているところを見せつけて、みなさんに食事の楽しさを思い出してもらおうという作戦でもあるんです」
ジネットの考える作戦って、どうにもこう、子供騙しというか……
もうあいつらは過度な食事制限はしないと思うぞ。
あの時の顔は、本気の焦りが色濃くにじみ出していたからな。
手遅れになりかけた状況に気付き、今現在、必死になって巻き返している最中なのだろう。
ほんのちょっとやり方を間違いはしたが、あいつらは基本的にバカじゃない。間違っていると教えてやれば、正しい道へと回帰できる。だからこそ、これだけの人間が力を貸してくれるんだろうしな。
「それじゃ、精々頭を使って腹を空かせておくよ」
「運動、じゃないんですか?」
「人の体の中で一番エネルギーを喰うのは脳みそなんだぞ」
猛烈に酷使してやると、ほんの数時間で空腹で倒れそうになるくらいだ。
昔、とある新興宗教の経典を…………もとい、とある書物の執筆をやった際は、一日で十万文字の原稿を書ききってガス欠になったことがある。
脳は、本気でエネルギーを喰らい尽くす。マラソンの比ではないと、俺は思っている。
「では、みなさんでお勉強をすればお腹も空きますかね?」
「あぁ、減るだろうが、それで食うと太るぞ」
「そうなんですか!?」
腹は減るが、カロリーを消費しているわけではない。
カロリーをきちんと消費するには、やっぱり運動の方が向いているのだ。
「では、わたしはそろそろ戻りますね」
「おう。弁当ありがとな」
「いえ。楽しかったですから」
お弁当を作るのが。と、そんな言葉が続くのであろう言葉を嬉しそうな顔で言う。
こりゃ、さっさと陽だまり亭をオープンさせないとな。
もろもろ、手っ取り早く片を付けるとするか。
弁当を小脇に抱え、牢屋のある地下へ向かおうと振り返る。
「あ、あの、ヤシロさん……!」
歩き出そうとした俺を、ジネットが呼び止める。
振り返ると、大きな瞳が俺を見つめていて、ほんの少し焦ったような、後悔しているような、というか「あ……呼び止めちゃった。どうしよう……」みたいな雰囲気を滲ませて、ジネットが唇を噛み締めていた。
なんだよ。
いかにも「何か言いたいことがあります」みたいな顔して。
「あの……さっきの、こと、なんですが……」
さっきの?
「……覗き?」
「お風呂の話ではありませんよ。あと、覗かないでくださいね」
違うのか。
そして、やっぱダメなのか……くそ、念を押されては「あ、ごめ~ん! ついうっかり~」という作戦が使えないではないか!
「えっと……カンタルチカさんで……」
「おっぱいの話か?」
「そんなお話はしていませんでしたよね!?」
いや、していたじゃないか!
巨乳マニアの危険なオッサンがごろごろいるからメイスを持っていけと!
……あ、おっぱいの部分は声に出してないのか。
「…………あの、一緒に、お食事を……」
「あぁ、そのことか」
けれど、ノーマがジネットの分も用意すると言っている以上、二人で飯を食うわけにはいかない。俺も弁当あるし。
「気にすんなよ。言ってみただけだから」
「い、いえ! あの…………是非」
ぜひ?
「機会があれば……今度、ご一緒に…………お食事を、しませんか?」
ん……?
それは……
ジネットと飯を食う、なんてのは珍しくもないことだ。
そりゃ仕事の関係で一緒にってのはなかなか難しいが、寄付の時は一緒に食ったりもするし、店にいる時だって、客がいなければ一緒に食ったりしている。
だが、これは毛色が違う。
これは……
「カンタルチカで、か?」
「あの、……どこでも、構わないのですが…………」
つまり、それってのは……
デートのお誘い、なのだろうか?
ジネットと、陽だまり亭ではない店で、一緒に食事を…………
オーケイ。分かった。
状況は理解した。
まぁ、アレだな。ジネットもたまには他店の物を食うってことも必要だろう。
他者を知って自分を知る。それって大事じゃん?
だから、いいことじゃないか、これは。
ジネットと飯。
いつもの、当たり前に行っていることを、ちょっと違う場所でってだけだ。
別に意識することもない。仕事の一環だ。
利益を得るための投資とも言えるな。
あぁ、いいだろう。
行こうじゃないか。飯へ。ジネットと。二人で。
「しょうだにゃ! 行こうきゃ!」
「は……はい。……お願いします」
ぺこりと頭を下げて、ジネットは走って行ってしまった。
すっごい遅いんだけど、なんか必死に。
腕が左右にぶんぶん振られている。あれ、前後に振るだけでもう少しタイム伸びるのになぁ……なんて、どうでもいいことを考えながらその後ろ姿を見送った。
そうだな。
この次機会があるなら、是非とも前から見せてもらいたいものだな、ジネットの全力疾走……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!