トレーシーたちが帰った後、エステラに頼まれたマーゥルへの手紙を書き、俺は再びニュータウンへと来ていた。
「あぁ、ヤシロ! いいところに来たさね!」
とどけ~る1号はいまだ調整中のようで、ノーマをはじめ、金物ギルドの面々が死にそうな顔で工具を握りしめて群がっていた。……休ませてやれよ。
「つい今しがた、問題が解決したところなんさよ。ちょいと見て意見を聞かせておくれな」
「それは構わんがな……お前らちょっと休めよ。死相が出てるぞ」
「大丈夫さよ、これくらい……アタシらはプロなんさから……」
「いや、ノーマ……お前の顔もなかなか壮絶な面持ちだぞ」
目の下にくっきりとクマが浮かび、髪が乱れて跳ね放題だ。
ここまでやつれてしまうと色気も何もあったものじゃない。
ノーマには、「気だるい」くらいのラインを越えないでいただきたいところだな。
「あれを見ておくれな」
と、2メートルくらいの高さに浮かされた荷台の役割を果たす木箱を指さす。
よく見ると、木箱の底にそこの丸い金物……料理で使うボウルのような物が取り付けられている。
あれを付けることで重心が変わって着地間際の揺れを抑えられる……とでもいうのか? あんな物で?
「まぁ、見ているさね。お~い! 木箱を下げとくれ!」
ノーマの合図で、ギルドのオッサンがとどけ~る1号を操作し、木箱を下降させる。
するする~っと、静かに下降を始めた木箱は、地面まであと40センチというところで以前にも増して盛大にガッコンガッコンと大暴れを始めた。
「全然直ってねぇじゃねぇか!? むしろ悪化してるぞ!」
「ふふん……甘いさね。おい、持ってきておくれな!」
再び、ノーマの合図でギルドのオッサンが動き出す。
着地した木箱を持ち上げ、そこに付けられたボウルを取り外してこちらへと駆けてくる。
ボウル上の金物の上部には平らな蓋がきっちりと嵌め込まれていた。
「さぁ、開けてごらんな」
言われて、手渡されたボウル上の金物の蓋を開ける。
中には、ちょっととろっとした乳白色の液体が入っていた。
「……なんだこれ?」
「生クリームさね!」
「何してんの!?」
「あの揺れを利用してホイップクリームを作るんさよ!」
「出来てないけど!?」
「何十回かやりゃあ、そのうちふわふわになるさね!」
「なんねぇよ!」
お前、ホイップクリーム舐めんな! かなり繊細なんだぞ、あれは!
「でも、アノ揺れを活用する方法はこれくらいしか……っ!」
「揺れを抑えるんだよ!? なに活用しようとしてんだ!?」
「だって無理なんだもん! 直んないんだもん! ぷぅっ!」
「おい、誰か! ノーマを家に連れて帰って寝かしつけてこい! 疲れ過ぎておかしなキャラになってるから!」
行き詰まり過ぎておかしな方向へ大暴走……なんてのはよくあることだが、ここまで極端なヤツは珍しい。
そういえば、ノーマはプレッシャーに弱いヤツだったっけな。大舞台の前には絶対一人でごねてたし……
「こいつは、手紙のやりとりがほとんどだから、そう焦らずじっくり原因究明していけばいいから……今日は帰って寝ろ」
「むぅぅ…………分かったさね」
頬を膨らませ、恨めしそうに俺を睨んで、ノーマはとぼとぼとこの場を去っていく。
背を丸め肩を落として歩く後ろ姿には哀愁が漂い過ぎていて、涙を誘う。
「ヤシロちゃん……」
俺にボウルを持ってきたオッサンが泣きそうな顔で俺の名を呼ぶ。
……呼ばれた俺が泣きそうなんだが…………あんまジッと見つめんな、怖いんだよ、顔が。
「ノーマちゃんね、嬉しかったのよ。ヤシロちゃんから頼りにされて。役に立てるって、力になれるって大はしゃぎして…………この結果じゃない? 随分と落ち込んでるんだと思うわ……」
今の言葉だけを、後に『会話記録』で振り返れば、面倒見のいい年上美女のセリフに見えるかもしれんが、今この言葉を発しているのは筋肉ムキムキのヒゲ面のオッサンだ。……殴りたい衝動を抑えきれない。
「ねぇ、お願い。慰めてあげて」
「頑張れ俺、頑張れ俺! オッサンの顔が必要以上に近くても心折れるな!」
「ん~ん、もぅっ! そうじゃないわよぅ! ノーマちゃんを励ましてあげてほしいのっ」
バッカ、お前。今まさに俺の心が折れそうなんだっつうの。
「でないと、ノーマちゃん…………壊れちゃうかもしれない」
「…………」
「ウーマロたんばっかりがヤシロちゃんのお役に立って、自分は……ってね。分かるでしょう、ノーマちゃんの気持ち」
「……分かんねぇな」
まったく理解できん。
「なんで、ウーマロ『たん』?」
「あらやだっ! ついいつもの癖でっ……!」
「いつもそう呼んでるのか……」
「だぁ~ってぇ、可愛いんだもん、彼~っ!」
はっはっはっ、今度ウーマロに教えてやろう。「お前、モテモテだぞ」って!
――だが、まぁ。
遠ざかっていくノーマの背中を見ていると、さすがに放ってもおけない気持ちになってくる。
認められたいって気持ちが先走って盛大に空回りする。そういう経験が、俺にもないわけじゃない。だから、そん時の重苦しい気持ちも分からんではない。
……何もそこまで思い詰めるようなことじゃないんだがなぁ…………動けばいいってレベルの話なんだが………………っとにもう。
「ノーマ!」
今回だけだぞ。
俺は、基本的に他人を甘やかさないタイプなんだからな。
「急いで作ってくれてサンキューな! 早速使わせてもらう、助かったぞ!」
こいつらが倒れるほど頑張ってくれたから、今からマーゥルに手紙を出せるのだ。
本当なら、後二~三日はかかっていただろう。その分ロスなく次の行動に移れるのはありがたい。
その辺はきっちり感謝してやってもいい。
「ゆっくり休んで、完璧に修理してくれ。期待してるからな」
これくらいの言葉なら、くれてやってもいいだろう。
「ヤシロに期待されてんなら、休んでなんかいられないさねっ! あんたら、起きなね! 修理を再開するさよ!」
「いや、帰れよっ!?」
「……ヤシロちゃん…………ほどほどにしてくれないと、私たち…………死ぬわよ?」
「いやいやいや! お前が慰めろって言ったんじゃん!?」
ノーマもノーマで、こんなことくらいで元気になってんじゃねぇよ。単純過ぎんだろ。
俺の期待なんか、一円にもなりゃしねぇんだぞ。
「お願い、ヤシロちゃん。ノーマちゃんを適度にへこませて『もう寝るっ!』って状態にしてあげて」
「難しい要求寄越してくんじゃねぇよ!」
どうすりゃそんな状態になるってんだよ!?
「……死ぬ、わよ?」
「あぁ、もう、うっせぇな!?」
なんでそんな非難がましい目で見られなきゃいけねぇんだよ!?
俺のせいじゃないだろうが!
…………ったくもう。
寝かせればいいんだな? とにかく寝かせさえすればいいんだな!?
だったら、アノ手でいくか。
「ノーマ! 睡眠不足はお肌の大敵だぞ!」
「なんてことないさね、肌くらい……っ!」
「折角の美人が台無しになってもいいのかっ!?」
「「「「「びっ………………美人………………って、私たちのこと?」」」」」
「いや、お前ぇらじゃねぇよ、オッサンども! ノーマを差し置いて頬に手を添えてぽっと頬を赤く染めてんじゃねぇよ!」
ノーマ以外の金物ギルドの連中(揃いも揃ってムキムキのオッサンども)がいち早く反応を示し、恥ずかしそうに俺に視線をちらちら向けてくる。
無数のコバエにまとわりつかれてるみたいに煩わしい。あぁ、殺虫剤があれば吹きかけてやるのに!
「ヤシロちゃん、あなた……ウーマロたんに心惹かれつつあった私たちのことを……そんな風に…………」
「思ってねぇわ!」
「…………ヤシロたん」
「やめいっ!」
お前らに向けての発言じゃないんだ!
ノーマに言ったの! ノーマだけに!
「おい、ノーマ。お前からもこのオッサンどもに……」
と、ノーマへ視線を向けて…………ビックリした。
「…………はぅ…………わぅ…………び、びじん…………」
ノーマが真っ赤な顔をしてフリーズしていた。
つむじから微かに湯気が上っている。
「ア、アタシ! お肌を大切にするさねっ!」
「「「私たちも、ご一緒するわっ!」」」
「いいかい、あんたら! あたしらはただの金物屋じゃないさね!」
「「「そうよっ! 私たちは、技術と美しさを兼ね備えた、『魅せる』金物屋よっ!」」」
「その通りさね! 金物は性能と美しさを両立してこそさね!」
「「「美しさ、大事っ!」」」
「アタシらは!」
「「「美しい!」」」
「金物ギルドは!」
「「「美しい!」」」
「よぉし! 昨日の分も取り返すために、三日三晩眠り続けるさよ!」
「「「はぁいっ!」」」
……念のため、再度補足しておく。
ノーマ以外は、ムッキムキのヒゲ面オッサンどもである。
「ヤシ………………か、帰るっ、さねっ!」
一度俺へと顔を向けたノーマは、顔が真っ赤に染まるまでの間フリーズして、それからそっぽを向いて逃げるように走り去っていった。
…………寝過ぎも、肌に良くないと思うけどな。まぁ、言うまい。
「ヤシロちゃん、ありがとうね」
「……いや」
礼などいらん。
……俺の思ってもみない方向に話がズレていった結果だからな。
「それから…………私たちのこと、美人って言ってくれてありがとうっ!」
「いや、言ってねぇよ!」
「私たち、やっぱりヤシロちゃん一筋だからっ!」
「いやいや、ウーマロ! ウーマロにしとけ、そこは!」
「「「じゃーね、ヤシロたんっ!」」」
「やめろぉー!」
群れを成して走り去っていくムッキムキヒゲ面集団。
…………きっとあいつらも疲れ過ぎて思考回路がバグっていたんだ。そうだ、そうに違いない。寝て起きたら、脳みその中身がフォーマットされているはずだ。…………もしされてなかったら、俺が直々に強制デリートしてやるさ。
「……はぁ。アホなことで時間と体力を使っちまったな」
キレイさっぱりいなくなった金物ギルドの面々。
とどけ~る1号の周りに静寂が戻っていた。
「くすくす……」
そんな静けさの中だからこそ、その小さな声に気が付けた。
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