「……幽霊です?」
「なわけねぇだろ。入ってみるぞ」
「はいです! ……こっちはこっちで興味あるです。修羅場です」
……こいつ、一回ちゃんと躾けなきゃいけないかもな。
ともあれ、俺とロレッタはレンガ工房へと足を踏み入れた。
何やら言い争う男の声が聞こえる。
一人は老齢の、もう一人は若い男の声だ。
粘土や赤土が山のように盛られた庭を進むと、大きな入り口が全開放された建物があった。
声はその中から聞こえてくる。
どうやら大きな窯があるらしく、おそらくレンガを焼く場所なのだろう。
「お兄ちゃん。あそこに人がいるです」
ロレッタの指さした先に、声から受けたイメージ通りの男が二人、向かい合って言い争いをしていた。
頑強な体つきの、いかにも頑固そうな職人気質の銀髪のオッサンと、すらっとした印象を受ける若い青年だ。青年の方は、サラサラな銀髪で……誠に残念なことに結構なイケメンだ。
「工房を救うには、もうそれしか方法がないんだぞ!」
「僕は、そんなことのためにレンガを作りたくはないんだよ! どうして分かってくれないのさ!?」
「そのレンガが作れなくなるということが、なぜ分からん!?」
「分かってないのは父さんの方だ!」
「いいや、お前の方だ!」
「あ、あのぉ……」
俺は激しく言い争う二人に声をかけた。
すごく気が進まなかったが、これも仕事なので仕方ない。
「誰だっ!?」
職人気質なオッサンの方が、物凄く怖い顔で俺を睨む。
……声、かけるんじゃなかった!
「なんでもないです。お邪魔しました」
うん。出直そう。
今日は日が悪い。
こんな状況で交渉しても決裂するに決まってる。はい、出直し出直し。
「ちょっといいですか?」
俺が踵を返すのとほぼ同時に、ロレッタが二人の前へと進み出た。
お前は空気が読めないのか!?
空気が『触るな危険』って文字に見えるくらい、触れちゃいけない雰囲気を醸し出してるだろうが!
「何を言い争っているです? よかったらあたしたちに話してみるといいです」
「……あんたらは、何もんだ?」
「あたしと、お兄ちゃんです!」
なんの説明にもなってねぇぞ、ロレッタよ。
「……そうか。いや、恥ずかしいところを見られちまったな」
職人さんが納得したぁ!?
なに、今のアホの娘発言のどこにそんな説得力が!?
気まずそうに刈り上げた銀髪を掻く職人気質のオッサンと、苦虫を噛み潰したような表情で視線を逸らすイケメン。……くそ、そんな悩んでる様すら絵になるのかよ、イケメンは。詳しくは知らないけど、全面的にお前が悪い。俺はオッサンを支持するね。
「よく分からんが、子供は親の言うことを聞くべきだ。一人前になるまではな」
「おぉっ! 話が分かるじゃないか、あんた!」
アンチイケメンのDNAが騒ぎ出した俺に、オッサンが好印象を持ってくれたようだ。
俺に歩み寄ってきて握手を求め、そして、俺の肩をバシバシと叩く。賛同が得られたことがこの上もなく嬉しいのだろう。
「あんたからも言ってやってくれねぇか、このバカ息子に」
「任せろ」
俺は勇んで一歩踏み出し、銀髪の青年に向かって言い放つ。
「イケメンは多少の困難を甘受すべき運命なのだ!」
「あ、お兄ちゃんのはただの僻みなんで、右から左にスルーしていいですよ」
くそ、ロレッタめ! イケメンの肩を持つのか!?
やっぱり顔か!? 顔が決め手なのか!?
「ロレッタ……お前もイケメン至上主義だったのか……」
「なっ!? ち、違うですよ! 今のは明らかにお兄ちゃんの偏見が前面に出ていたですから、そう言っただけで…………あたしは、顔なんかどうでもよくて、お兄ちゃんみたいな……頼れる人が…………あたしが、生まれて初めて甘えられると思った人ですし……」
パウラでなく、俺に対してそんな感情を抱いていたのか、こいつは。
まぁ、悪い気はしないが…………けどな、ロレッタ。今のお前の発言、俺のルックス完全否定してるからな? ちょっと心抉られちゃってるからな、俺。
「なんなんですか、あなたたちは? いきなりやって来て、他人の家庭のことに口を挟むなんて……非常識じゃないですか!?」
「イケメン相手に常識など必要ない!」
「ごめんです。お兄ちゃん、ちょっとだけ可哀想な人なんです」
おいコラ、ロレッタ。……あとで話あるからな?
「とにかく、あなたたちには関係のない話です。口を挟まないでくれますか!?」
イケメンが正論を言う。
なぜだろう。正論なのに、「イケメンが正論垂れてんじゃねぇよ!」と思ってしまうのは……
「とにかく僕は、自分が納得したレンガ以外は作りたくないんだ! たとえ、このレンガ工房が潰れることになっても!」
え……? 今、なんつった?
レンガ工房が潰れる?
えっと…………それ、困るんですけど?
なんだか、嫌な予感がする。こう……見えない力に引き摺り込まれていくような……そんな嫌な感じが…………
「分かったですっ!」
突然、ロレッタが大きな声を上げる。
「何一つよく分からないですけど、概ね分かったです!」
なぁ……なんでそんな矛盾したことを堂々と言えるの、お前?
「要するに、お二人の考えが真っ向から衝突して今このレンガ工房は存続の危機に瀕しているですね!?」
「……まぁ、平たく言えば、そうですね」
「倅が分からず屋で困ってんだ」
「分からず屋は父さんだろう!?」
「そこまでです!」
再び言い争いに発展しかけた親子をロレッタが南町奉行所のお奉行様のように仲裁する。
「双方の言い分、相分かったです!」
まだ双方何一つ言い分を言っていないのにか?
「ここは、お互いの主張を聞かせてもらうとするです」
言い分、分かってないんじゃん。
「そして、見事に二人の間のわだかまりを取り払ってみせるです!」
大きく出たな……引っ掻き回すのが落ちだろうに。
「そこにいる、お兄ちゃんがっ!」
「丸投げだとぅっ!?」
この時俺は確信した。
先ほど感じた予感が、現実のものとなったのはこの瞬間だったと。
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