「なぁ、普通はん……妹はんらぁ、寝てもうたで?」
しっかりたっぷりと温まり、俺がそろそろ出ようと思ったその時、レジーナの声がカーテンの向こうから聞こえてきた。
「ありゃ~、寝ちゃったですかぁ」
「……で、当たり前のように入ってくるんやね……もうえぇけどな」
そうか、いいのか。
「ヤシロ。邪気が漏れてるよ」
奇遇だな。
お前も漏れてきてるぞ、殺気がな。
マグダが持ってきてくれた服に着替える。
いくつかあるうちの、俺の私服の一つだ。
「ほらほら、あんたたちが寝てたらレジーナさんが着替えられないですよ。起きるです」
「むぅ~」
「むぅ~」
「むぅむぅ鳴かないです!」
「「むぅ~」」
ハムっ子は眠いと「むぅ」と鳴くのか。
新発見だ。
「レジーナさん。妹はあたしが着替えさせるですから、先に着替えちゃってです」
「……ちゅーことは、ウチ、自分の前で素っ裸で外出るん?」
「あたしは気にしないですよ」
「……ハムっ子はんらぁの割と相手のこと気にせぇへん性格、成人しても修正されへんようやね、どうやら」
そうなんだよなぁ。
ロレッタも、意外とハムっ子要素残ったままなんだよな。
やっぱ長女なんだなって思う時が多々あるよ。
「はぁ……お嫁行かれへんようになったらどないしよ」
「そしたら、我が家で受け入れるですよ」
「え、ウチ死ぬやん。独りぼっちになれる場所、絶対あらへんもん」
レジーナの家とロレッタの家はまさに真逆だよな。人口密度が。
四十二区の最小と最大に違いないもんな。
「ほらほら、あんたらはこっちで着替えるですよ。お兄ちゃん、御免ですけど、あと十分だけ出て来ないでです。妹着替えさせちゃうですから」
「へ~いへい」
まさに今出て行こうとしていたところだが、すっぽんぽんの妹が二人もいるなら出ない方がいいな。
ロレッタも一応気を遣って、レジーナのところから出て妹を着替えさせるみたいだし。
というわけで、俺は今、体も綺麗に拭き終わり服もきちんと着て、カーテンで区切られた空間に立っている。
この向こうにはレジーナがいて、今まさに体を拭いて服を着ようとしている最中なわけだ。
で、俺は今回「カーテンを汚すな、濡らすな」と言われているだけで、体を綺麗に洗い、かつ完璧に乾いている現在、俺はカーテンを汚すことも濡らすこともなく捲れるわけなのだが……
……しゅるしゅると、衣擦れの音が聞こえてくる。
ま、さすがにな。
こんなところで信用を失墜させる必要もないだろう。
レジーナには、この先もいろいろ力を借りるだろうし、何よりこの沼の泥と、細菌兵器だというあの花の分析、および解毒薬を頼むところだ。
機嫌を損ねるような行いはしないに限る。
「レジーナ~。着替え終わったかい?」
「ん~。ちゃんと服着たで~」
とかなんとか考えているうちに、レジーナの着替えが終わったらしい。
なんだかなぁ。
ちょっとだけ惜しいことをした気持ちになるのは、まぁ男の性だと笑って済ませてくれ。
これでも頑張った方だ。
一応は、信用して隣で入浴したんだろうし。
もし、一切信用されていなければ、俺だけ物凄く遠く離れた場所に連れて行かれるか、入る時間をずらして厳重に監視していただろう。
そうされなかったということは、少なからず俺に対する信用があったということだ。
一流の詐欺師とは、信用を損なうような行動をしないものなのだ。
「……それじゃ、カーテンを回収する」
マグダが言って、それと同時にロープに張られていたカーテンが回収されていく。
俺とレジーナの風呂場を隔てていたカーテンが取り払われ、俺の目の前に一人の女性の姿が現れる。
「最後まで、よく我慢をされましたね」
そこにいたのは、ナタリアだった。
よくよく見たら、俺の浴室を仕切るカーテンと、レジーナの浴室を仕切るカーテンは同一でも接していたわけでもなく、1メートルくらい離れていて、その1メートルの隙間にナタリアが潜んでいたようだ。
あっはっは~っ、俺、ま~ったく信用されてなかったっぽ~い☆
「……ふざけんなよ?」
「大丈夫です。私は決して覗いておりません。まぁ、湯の香りは盛大に堪能させていただきましたが」
くそぅ!
そういえば、途中でエステラたちの会話にナタリアが参加した時、声の位置がちょっとおかしいなって思ったんだよな!
あの時は深く考えなかったけども!
「本当に覗いてないだろうな?」
「覗いておりません。このEカップに誓って」
「なら信じよう」
「ほら、アホな会話してないで、さっさと撤収するよ。ボクたちもお風呂入りたいから」
「ここで入っていけよ。見ててやるからよ」
そしてお前もこの居心地の悪い入浴を経験するがいい。
「ボク、領主で女子だから」
「レジーナ。エステラを沼に突き落とすの手伝ってくれるか?」
そうすれば、エステラもここで風呂に入らざるを得まい。
なんかいつの間にか着替えてやがるしさ。
レジーナを抱きしめ、胸に泥が付いていた服がいつの間にかきらびやかな服に変わっていた。あの服はイメルダの服だな。
途中でミリィに会って事情を聴き、エステラならそういうことをしそうだなと予想でもして服を持ってきたのだろう。
ホント大の仲良しだよな、お前らは。貴族同士、他の連中とは違うシンパシー的なものを感じているんだろうなぁ。
レジーナも、いつかそういう友人を見つければいいのに……と、レジーナに目を向けると、レジーナが化けていた。
「おぉ……」
「な、なんなん? 何が『おぉ』やねんな?」
レジーナが着ていたのは教会のシスター服ではなく、ジネットの私服だった。
ふんわりとしておとなしめの、それでいて華やかなワンピース。
裾の膨らんだ、ジネットが好みそうな可愛らしい服だ。
「りぼんが足りないな」
「いらへんわ、そんな可愛らしいもん!」
いつものとんがり帽子を脱ぎ、緑の長い髪を下ろしたレジーナは、ジネットのワンピースを着ている影響か、大人しい普通の女の子のように見えた。
「とても、パンツをすり減らして限界に挑戦していた女とは思えない」
「やかましいなっ、ほっといてんか!」
あぁ、もったいない。
あの髪を乾かして、もっとこう、ふわっとクセ付けして、大きめのりぼんを付けてやればかなり可愛らしく仕上がるのに。
お人形さんみたいに可愛らしいレジーナは、もはやレジーナとは思えないくらいに別人で、街の中ですれ違っても気が付かないかもしれない。
「こーゆースカート穿いとると、逆に際どいパンツ穿いて『はぁはぁ、まさかこの下があんなエロい下着やなんて、すれ違う人誰も思ぅてへんやろうなぁ、はぁはぁ』ごっこがしたくなるやんな?」
「同意を求めないでくれるかい!?」
あぁ、ダメだ。
街ですれ違っても100%気付くわ。
レジーナの場合、まずは口を閉じさせないといけないようだ。
「レジーナ、お前、生まれ変われ」
「なんちゅー斬新な暴言なん、それ?」
素敵やんアベニューに行ったら、これまでとはイメージが180度違う服でも買ってこい。
高原のお嬢様みたいな淑やかな服をな。
――と言ってやったら。
「高潔な女王様みたいなしたたかな服? ボンテージかいな?」
――とか言われた。
こいつはもう末期なのだなと、その時改めて思ったのだった。
「それじゃ、今日のところは引き上げよう」
「外套とブーツは燃やさないのか?」
「それですが、ロレッタさんが一緒に洗ってくださったので持ち帰ることにしました」
「着られる物は着てあげないと可哀想ですからね」
長らく貧乏生活を強いられていたロレッタは、物を大切にするよい子なのだ。
偉いぞ、ロレッタ。
だが、レジーナだけは見習うな。
パンツはすり切れる前に買い換えるんだぞ。
樽の中の水とお湯を森の中で流し、それらを荷車に載せて俺たちは湿地帯を後にした。
「なぁ、ミリィ」
「なに? てんとうむしさん」
デリアから借りてきた樽と荷車を曳くミリィに声をかける。
こちらを向く顔は、いつものミリィの笑顔と一緒だ。
「怖くなかったか?」
「ぇ……? ぁ、そっか」
ミリィは、湿地帯にはすべての不幸が詰まっていると、そう感じていた。
だから、湿地帯に入るのは怖いのだと。
「てんとうむしさんたちと一緒だったから、怖いの、すっかり忘れてた」
てへっと、小さな舌を覗かせるミリィ。
そして、俺を見上げてにっこりと笑う。
「みんなと一緒だったから、とっても楽しかった、ょ。……ぁりがと、ね」
これで、ミリィの苦手が一つ克服された。
そうやって、つらい過去をどんどん塗り替えていけばいい。
「じゃあ、また湿地帯の調査に行かなきゃいけない時は同行を頼むな」
「ぅん。てんとうむしさん、すぐ食虫植物に捕食されちゃうからね」
そう言ってくすくすと笑う。
なんだか、今回の湿地帯の調査ではそれぞれに成長と変化があったように思う。
そんなものが成果だったと言ったっていいような気がしていた。
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