「よく来たな! この俺が直々に案内をしてやろう!」
「あれぇ、疲れてんのかな……リカルドの幻覚が見える」
「奇遇だね、ボクもだよ。睡眠が足りなかったかなぁ……」
「幻覚じゃねぇ! いるよ!」
馬車で四十一区へ向かったところ、馬車乗り場にて待ち伏せを喰らってしまった。
このストーカーめ。
やっぱ徒歩で来ればよかった。
「よし! まずは新作ラーメンが食える店だ! 一昨日のレシピをすでにモノにした料理人がいるんだ。くっくっくっ……きっと驚くぞ」
「よし、じゃあ君はその店に行ってておくれよ。ボクたちは素敵やんアベニューを満喫してくるから」
「来いよ、ラーメンを食いに!」
「今日は綺麗になりに来たんだよ!」
「一日二日店に通ったくらいでそうそう変わるか!」
「よし黙れ、そこの筋肉バカ」
街ぐるみで売り出していかなきゃいけない美の街を、お前が貶めてどうする!?
お前は嘘でも「小さな積み重ねが結果に繋がる」とか、「努力しようというその心があなたを美しくするんですよ」とか言えよ!
言えないならしゃしゃり出てくるな!
「一日腕立てしたくらいじゃ筋肉付かないから、お前もう筋トレやめろ」
「バカか、オオバ!? 筋肉ってのは日々の研鑽の積み重ねによって大きな成果に繋がるんだぞ!」
「女性の美も同じなんだよ」
「いやいや。化粧すりゃ誤魔化せるもんと筋肉を一緒にするなよ」
「エステラー」
「ホント、経済の邪魔だから館に籠って筋トレでもしててくれないかい?」
街の活性化を放棄するどころか、盛大に足を引っ張るバカ領主。
こいつには以前、劇的なビフォーアフターを見せつけてやったはずなんだけどなぁ。
……あぁそうか。だから「化粧で誤魔化せる」って結論に至ったのか。
「……カンパニュラ。あれが、悪い見本」
「そんなことはありませんよ、マグダ姉様。ミスター・シーゲンターラーは、見習うべきところがたくさんあります」
「え、どこに?」
「エステラ姉様、反応が早過ぎますよ」
リカルドを庇うカンパニュラを、エステラが抱っこしてリカルドから遠ざける。
「カンパニュラが変なのに懐かれたら堪ったもんじゃない」とか言いながら。
「あ、ヤシロさ~ん! マグダた~ん! こっちッスー!」
リカルドを無視して素敵やんアベニューに向かうと、入り口の大きな門のところにウーマロがいた。
「エステラ、ウーマロの亡霊が見える」
「きっと、働き過ぎたんだね……」
「オイラ生きてるッスよ!? ほら、足も尻尾もあるッス!」
こっちでも、幽霊には足がないのか。
下半身が透けるとなると、尻尾もなくなるんだろうなぁ。
「でもおっぱいは残る!」
「カンパニュラ~、あの変な人のことは見ちゃダメだよ~」
「ま、増えはしないからエステラの場合あるのかないのか分からないだろうけどな!」
「ちなみに、見なくても的確に急所は狙えるからね」
「どふっ!」
完全にそっぽを向きながら、エステラの投げた木製ナイフが俺のみぞおちを穿つ。
たぶん穴開いた……すごく痛い。
「……今の時代、暴力ヒロインなんて流行らないのに……」
「何を言っているのか分からないけれど、罪と罰はセットなんだよ。学習したまえ」
俺的には、罰が過剰な気がするんだけど。
「ウーマロさん、今日はお休みなんですか?」
「は、はは、はいッス、あの、その……」
「ウーマロ棟梁様。本日はご一緒していただけるのでしょうか?」
「そのつもりッス。昨日まで寝ずに働いて、今日一日休みをもぎ取ってきたんッス。オイラも混ぜてもらっていいッスかね、カンパニュラちゃん?」
「もちろんです。きっと皆様歓迎してくださいますよ」
勝手に話がまとまった。
っつーか、最初に話しかけたジネットがさすがに苦笑を漏らしている。
殴っていいぞ、その失礼男。
「……では、マグダがお勧めのお店を紹介し――ウーマロを絶世の美少女にしてあげる」
「いや、マグダたんのお勧めは嬉しいッスけど、美少女にはならないッスよ!?」
「……今年のミスマスラオ、グランプリを目指して」
「目指さないッスよ!? あれはヤシロ子ちゃんの二連覇でいいッス」
「誰が出るか、そんなもん」
連中の魂胆は分かった。
二度と同じ手は食わねぇ。
「ふん、いい気になるなよオオバ。今年は負けねぇ!」
「じゃ俺、不戦敗でいいんで」
「譲られた勝ちに価値なんざねぇ!」
男らしく熱く語ってるとこ悪いけどな、全力で勝ち取ったところで価値なんかねぇんだよ、あんな賞!
「今日はカンパニュラを大人女子にするって方向性でどうだ?」
「私を、ですか?」
「まぁ、よかったわね、カンパニュラ」
幼い子は背伸びをしたがるものだ。
ノーマやナタリアとまではいかなくとも、ネフェリーやパウラくらいのオシャレは出来るのではないだろうか。
ルピナスも、我が子への待遇に気をよくしてにこにこ顔だ。
「じゃあ、私は少女にしてもらおうかしら」
「また無理難題を……」
「なぁ~に、ヤ~くん?」
「ウーマロバリア!」
「物凄い殺気が飛んで来――ごふっ!」
ウーマロの尊い犠牲により、俺の命は守られた。
ありがとうウーマロ。
お前のことは、小一時間くらいは忘れないぜ☆
「では、最初はどこから回りましょうか?」
「はい! あたし、全身マッサージがいい! 前に買った『リボーン』に載っててさ、すっごく行ってみたかったの!」
「あぁ、あのオイルマッサージってヤツでしょ? 私もチェックしてたんだ~」
パウラとネフェリーは行きたい場所があるらしい。
「あの、実はわたしも下調べをしていまして」
ジネットが控えめに、しかしわくわくが抑えきれない様子で発言する。
「ここに、足つぼのお店があるらしいんです! 自分以外の足つぼがどのようなものなのか、後学のために是非経験してみたいです!」
「俺がやってやるのに」
「ヤシロさんのは……痛いので……」
お前にだけは言われたくない。
つか『後学』ってなに?
陽だまり亭が落ち着いたら足つぼの店でも持つつもりなの、お前?
「でしたら、リンパマッサージのお店がよろしいですわ。体内の老廃物を流してくださるそうですわよ」
「純粋に筋肉をほぐしてくれるマッサージもあるんだぞ。あたいは、そこがいいなぁ」
なんか、マッサージ屋だけでも数種類あるらしい。
「オッカサンはどこ行くんだ?」
「オリジナルアロマで肌年齢を若くしてくれる美顔マッサージがあるらしいのよ。ミリィちゃん、一緒に行ってみない?」
「えっ、ぁの、みりぃは……」
「ミリィ、ルピナスは放っておいて、好きなところに行っていいぞ。ルピナスは一人で行って一人で若返ってこい」
ミリィを引き離すとルピナスが「むーっ」とむくれる。
ミリィはこれ以上若返ったら赤ちゃんになっちゃうんだよ。
「それじゃあ、それぞれ行ってみたいマッサージ屋さんに行ってみるかい?」
「そうですね。どちらにせよ、この人数を一斉に受け入れてくれるお店はないでしょうし」
エステラとナタリアが言って、そのようにすることになった。
「ほな、とりあえず卑猥なマッサージと卑猥やないマッサージに別れよか」
「卑猥なマッサージ屋さんなんてないよ!?」
「俺、卑猥な方で」
「ないって言ってるよね!?」
「エステラ様。なければ作ればいいのです!」
「君たち三人はボクと一緒に来るように! あと、ノーマも一緒にいて、お願い!」
「やれやれさね……、他所の区に来てまでお目付け役かぃね」
パウラたちは『リボーン』を手に目当ての店へ向かう。
俺たちも三々五々、行きたいところへ向かう。
マッサージは大体60分前後。
なので、90分後に入り口付近のカフェで集合ということになった。
「では、わたしは足つぼに行ってきますね」
「私はジネット姉様とご一緒します」
「そっか、じゃあここでお別れだな。俺たちはバストアップマッサージだから」
「なんで勝手に決めつけてるのさ!?」
「せやかて、領主はんの行くマッサージ屋についていかなアカンのやろ?」
「でしたら、確実にバストアップマッサージですね。カ・ク・ジ・ツ・にっ!」
「そんな力説しないでくれるかい!?」
「ちなみに、エステラはどこに行きたいんさね?」
「え……っと…………その……この店に」
と、エステラが開いて差し出した『リボーン』のページには、『美しいバストラインを作る!』という文字が躍っていた。
バストアップマッサージじゃねぇか!?
「理不尽に怒られたな」
「理不尽やね」
「すみません、理不尽な主で」
「あぁ、もう! じゃあ、ヤシロはジネットちゃんと行けばいいよ! ジネットちゃん、ちゃんとヤシロを見張っててね」
「はい」
なんだか嬉しそうに笑って、ジネットが俺を見る。
「では、行きましょう、ヤシロさん」
ジネットとカンパニュラを連れてマッサージ屋へ。
まさかこんな展開になるとはなぁ。
「テレサも連れてくればよかったか」
「テレサさんは、今日バルバラ姉様とシェリルちゃんとお出掛けするそうです。昨日、とても楽しそうに準備していましたよ」
昨日テレサにも休みだと伝えたところ、今日は目一杯家族と過ごすことにしたらしい。
たまには家族と過ごす時間をたっぷり取ることも大切だよな。
家族水入らず。テレサくらいの年齢のガキには必要だ。
「マグダとロレッタは?」
「『大人スタイルを作る』というマッサージ屋さんへ向かいましたよ」
「効果があればいいけどな」
「日々の積み重ねが大切らしいですよ」
「だ、そうだから、エステラとルシアも頑張れ」
「う、うるさいなっ。早く行きなよ!」
「なぜ私がエステラと同じ店に行くと分かったのだ、カタクチイワシ!?」
そりゃ分かるわ。
『リボーン』の同じページ開いてるし。開き過ぎてちょっとクセ付いちゃってるし。
一緒にやって来たってのに、早速バラバラになったな。
でもまぁ、無理に合わせる必要はない。
どうせあとで一緒に服でも買いに行くのだろうし。
「じゃあ、素敵やんアベニューの足つぼってヤツを見せてもらおうかな」
「はい。楽しみです」
「私も、ジネット姉様に毎日していただいていたので、他の方がどのような感じなのか興味があります」
なんだかんだと楽しみにして訪れた足つぼマッサージ屋は――割とよかった。
いや、どーせ格好だけ取り繕ったぬるぅ~い足裏マッサージになってるんだろうと思ったが、しっかりとツボを押さえ、絶妙に痛気持ちよく、60分があっという間に過ぎていた。
つか、ちょっと寝ちまったな。
むむむ……こやつ、やりおるな。
「ジネット、どうだった?」
店の外で合流すると、ジネットもカンパニュラも満足そうな表情をしていた。
「とても気持ちよかったです」
「はい。ジネット姉様とは違った刺激で、新しい発見がありました」
「あの押し方……あの角度……わたしもまだまだ研鑽が必要だと感じました。帰ったら少し練習してみます!」
ジネットが燃えている。
……あぁ、これは、犠牲者が出そうな雰囲気だなぁ。
「じゃ、俺がやってもらおうかな」
「よろしいんですか?」
「ま、他のヤツより耐性あるし」
「ありがとうございます! では、お風呂の後で準備しますね!」
そんなにキラッキラした顔しなくても。
「ふふ……、適度に甘やかされることが、よいトップになる秘訣ですか。ジネット姉様を見ていると納得ですね」
「別に甘やかしてねぇけどな」
「では、それがヤーくんの普通なのですね。ヤーくんの甘やかしがどれほどのものなのか、体験してみたいです」
なんか遠回しに「甘い」って言われた気がするが……
ま、そう思いたけりゃ思ってりゃいい。
そっちの方が、詐欺師にとってはやりやすいからな。
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