次に訪れたのは、以前マグダがネコ化した際に逃げ込んだ、非常に入り組んだ通りだ。
この通りも水捌けが悪く、道が水没していた。
「あんたらは?」
盾を作っている工房の前で、煙管をふかした狐っぽい美女が俺たちに声をかけてくる。
この人はたしか、マグダを探しに来た際に会ったことがあるな。
「お久しぶりです! 以前お話を伺った『すっぽんぽん幼女』の男です!」とでも言えば思い出してくれるだろうか?
……そんな思い出され方されて堪るか。
「領主の命で、この通りの水をなくしにやって来た」
「そりゃありがたいけど…………そっちのソレがやるのかい?」
狐のお姉さんは訝しげな表情で弟たちを睥睨する。
電車の中で大騒ぎをする学生を疎ましく思うお疲れのサラリーマンみたいな表情だ。
これが、住人たちの素の反応なんだろうな……根が深い。
「こいつらがこの通りに溝を掘るんだよ。今回、蓋するまでは出来ねぇからそこは自分たちでなんとかしてくれ」
「いや、それくらいは構わないけどねぇ…………でも、ソレがやるのかい?」
「じゃあ、誰か人材を寄越してくれるか?」
「いや……アタシらも、自分の店のことで手一杯だし……」
「じゃあ放置するか?」
「いや……」
「『いや』なんだよ?」
「ヤシロさん!」
ウーマロが俺と狐のお姉さんの間に体を割り込ませてくる。
知らず知らず、俺はイライラしていたらしい。
「気持ちは分かるッスけど……弟たちのイメージアップのためッスから……」
「うっ…………分かってるよ」
俺がキレて住人といざこざを起こすわけにはいかない。
落ち着け……落ち着け、俺。
「ここはオイラに任せてほしいッス」
「あぁ……頼む」
俺は身を引き、荷車のそばで待機することにした。
「じゃあまぁ、そういうことなんで、オイラたちに任せてほしいッス」
「…………まぁ、背に腹は代えられないねぇ」
仕方なく。と、そんな表情をありありと浮かべて、狐のお姉さんは肩をすくめた。
周りを見ると、こちらを窺う者たちも同じような表情を浮かべていた。
俺と目が合うと気まずそうに視線を逸らす。
全員同じ気持ちなのだろう。
「スラムの住人は信用できないが、水害を放置は出来ないからしょうがない」と。
「ヤシロさん。実はこの先にもう一ヶ所危険な場所があって、そこが優先度の高い最後の現場なんッス」
「んじゃ、手分けしてさっさとやっちまうか?」
「その方がいいと思うッス。向こうの方は溜め池に汚水が流れ込んで、決壊間際になってるッス。急がないと教会で起こったこような悲劇が起こるッス」
汚水が溢れ出すのは危険か……
「おい、この中で一番足の速いヤツは誰だ?」
「はーい!」
「んじゃあ、ちょっと家に戻って人員を集めてきてくれ。そうだな十人ほどだ」
「はーい! 行ってくるー!」
言うや否や、弟は70年代のギャグマンガの如きあり得ない速度で走り去っていった。
もしこの世界にアインシュタインが生まれていたら相対性理論ももっと違ったものになっただろう。
「よし! じゃあお前らは、この通りに沿ってずっと溝を掘るッス! 最終的には通りの外に作った穴に水を逃がすッス! いいッスね!」
「「「「はーい!」」」」
「じゃあ、A班とB班に分かれるッス! A班は溝、B班は穴を掘るッス!」
「僕A班ー!」
「僕溝ー!」
「僕Bー!」
「穴ー!」
「溝ー!」
「溝の…………えーと…………通りの…………えーっと……」
ハム摩呂。例えが出て来ないなら無理しなくていいからな。
「よし、じゃあ始めるッス!」
ウーマロの合図に従い、作業が開始された。
弟たちは懸命に穴を掘っている。
脇目も振らず、文句も言わず、怠けず、サボらず、手を抜かず。
感じの悪い視線を向けるだけで、一切手を貸そうとはしない住人共に何も言わずにだ。
……ったく。誰がよく使う通りなんだよ、ここは。ちょっとは良心の呵責でも感じろってんだ。
「「「お兄~ちゃ~ん!」」」
割と早く、増援部隊が大量に投入された。
妹たちも含まれている。
じゃあ、俺もそろそろ出発するとするか。
「おい、ハム摩呂」
「はむまろ?」
あ、そうか、俺が勝手に付けたあだ名だから分かんないか。
ウーマロはA班について、通りの上から順に溝を掘り進めている。
水を溜める穴担当のB班は現在俺が見ていたのだが、ここでバトンタッチだ。
「いいか。今からここのリーダーはお前だ。他の連中の仕事状況を確認して、指示を出せ。完成形は分かってるな? 任せるぞ」
「ぼ、僕が…………弟たちのリーダーやー!」
お、おぅ。そのまんまだけどな。比喩はどうした。
「もし何か分かんなかったり問題があったらすぐ俺を呼びに来い」
「うん!」
一度出した指示は確実にこなす弟たちを信用し、俺は第二部隊を引き連れて次の現場へ向かった。
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