「なぁ、どうにかなんねぇかですかねぇ?」
「う……ん。いや、でも…………」
……で、俺をチラッと見んじゃねぇっての。お前はジネットか。
…………ったく。
「そんな急なわがままを押し通そうってんだから、こっちの頼みも聞いてくれるんだよな? それも、結構なお願いを」
「おう、任せやがれですよ! 受けた恩は忘れねぇ、それが、私ら一族のモットーだからよぉです!」
「お前の人生を大きく左右するような頼みでもか?」
「くどいぞコンチキショウヤロウ様! 男に二言はねぇってんだですよ!」
お前、女だけどな。
「じゃあ、連れてくか」
「でも、ヤシロ……いいの?」
けっ!
なぁ~にが、「いいの?」だ? 可愛い子犬みたいな顔しやがって。
お前がそうさせたんだろうが。責任を押しつけんなっての。
「しょうがねぇだろ。御者も、もう進路を変えちまってるし」
「うん……だよね」
ほっとした顔しやがって。
俺がフィルマンの傷心にちょっと心揺さぶられたこと笑えねぇからな、お前は。
「とはいえ、さすがに今日はもうベッコを呼ぶわけにもいかねぇから、明日になるがな」
「そうだね。帰る頃には夜だもんね」
「ふむ。ヤシロ様とエステラ様は、ベッコさんのことをか弱い乙女か何かだとお思いだと、そういうことですね?」
「「そんなわけないだろう!?」」
心配して言ってんじゃねぇよ!
寝る前にあんな濃い顔を見たくねぇだけだよ! 夢に出てきたらどうすんだ。
「明日かぁ~! うっはぁ~! 楽しみ過ぎて、今日、寝れねぇーですね!」
「……あれ? じゃあ、明日出直してもらえばいいのかな?」
「いや、もう手遅れだ。連れて帰ってお前んとこに泊めてやれ」
「えっ!? ボクの館に!?」
エステラが目をまん丸く見開く。
お前のせいで連れて帰ることになったんだからな?
俺は嫌だぞ。今日はもう疲れたんだ。モコカの相手はしたくない。陽だまり亭に帰ったらゆっくり休むと決めたんだ。
「仮にも、領主の館に……一般人をいきなり泊めるなんて……」
「貴族と獣人族の友好関係を訴える、いい宣伝になるぞ」
「どこで宣伝するのさ?」
「マーゥルのところでだ」
マーゥルなら、モコカを引き取ってくれるだろうが、万が一にも忌避感を醸し出しやがったら、エステラのところに一泊したという話を持ちかけてやればいい。
「四十二区ではそれくらい普通なんですが……まぁ、普通の貴族様には理解できませんかねぇ、あっはっはっ」――とでも煽ってやれば、マーゥルも考えを改めるだろう。……エステラの心証はすごく悪くなるかもしれんが、まぁ、俺の知ったこっちゃない。
「それでいいか、モコカ?」
「いいも悪いも、文句なんかあるはずがねぇぜです!」
「そっちの美人と一晩、ひとつ屋根の下で過ごすことになる」
「うっひょー! 鼻血ぶーもんのシチュエーションだぜ、堪んねぇ~ですね!」
「美しさは……罪、ですね」
「……ねぇ、ヤシロ。ボク耐えられるかなぁ? 主にナタリアのウザさに」
そこは「頑張れ」としか。
でも、いいこともあるぞ。
「モコカ。エステラって、よく見ると美人だろ?」
「ひゃうっ!?」
「……面白い顔すんなよ。折角褒めてやってるのに」
「い、いぃいぃぃいっ、いきなり変なこと言うからだろ!?」
いいから落ち着け。
いいか?
モコカは、影響力絶大な情報紙の絵師だ。
そのモコカに「エステラを美人だ」と認めさせ、そして、エステラそっくりなイラストを三割増し美人で描いてもらえれば…………ナタリアの時代は終わるっ!
アイドルなんてのはな、次から次へと新しいのが出てくるんだよ!
いつまでも頂点に君臨していられると思うなよ、ナタリア!
「エステラ、お前の美貌でナタリアをトップの座から引き摺り落とすんだ!」
「そ、そそ、それは、確かに、その、一矢報いたいというか、お灸の一つくらい据えてやりたいけど、だ、だけど、ヤ、ヤシロが、そんなこと言う必要ないだろう!? その、び、美人とか、美貌とか!」
バカものー!
人なんて単純なもんなんだよ。
誰かが全力で訴えていることは、「あぁ、そうなのかな?」って思っちまうもんなんだ。
ブームなんてのはな、誰かが作り出すもんなんだよ。
著名人が「コレは素晴らしい!」と発信すれば、愚かなる民草どもは「そうだそうだ」の大合唱だ。
つまり、俺が大袈裟なほどにエステラを褒め称えれば、モコカも少しは「そう言われてみれば、そうかも!?」って思うってもんだ。
……ナタリアのドヤ顔を、屈辱に歪めてやれる絶好のチャンス。逃す手はない!
「ん~…………確かに整った面ぁしてんだけどですが……美人さんの方が万倍美人だぜですね!」
「まぁ、当然でしょうね!」
ちきしょー!
それ!
そのドヤ顔がイラッてするんだよ!
「エステラ! お前が面白い顔ばっかりするから負けちゃっただろうが!」
「うるっ、うるさいなっ! ……しばらくこっち見ないでくれるかい! …………もう」
くるっと、俺に背を向けるエステラ。
向こうを向いてほっぺたをむにむにと揉みまくっている。……ほっぺたが育って「そこじゃなくて乳!」って悔しがれ、お前なんか。
「じゃあ、四十二区の日常を語り聞かせておいてやってくれ」
「四十二区の……ですか?」
向こうを向いているエステラに代わって、ナタリアが尋ねてくる。
「『貴族とはこうあるべし』ってのが、もう古くさいんだってことを『BU』の連中に教えられれば、多少は融通が利くようになるだろう。今すぐ成果が出なくても、モコカに知っておいてもらえば、いつかその情報が役に立つことがあるかもしれん」
モコカには、何がなんでもマーゥルの家の給仕になってもらう。
そこで働きながら、マーゥルに「四十二区はああだった、こうだった」って話を聞かせてやってもらうのだ。
マーゥルが興味を引かれることがあれば、そこから改革は始まっていくだろう。
それから、エステラやナタリアがモコカと仲良くなっておけば、マーゥルとの繋がりも太く強くなるしな。
現状、俺の方がマーゥルに近しい。
貴族間のあれやこれやの際に、俺を挟まなくても融通してもらえるくらいのパイプを持っておくことはいいことだ。
「と、いうわけだ、モコカ。いろいろ便宜を図ってやるから、マーゥルの家の給仕になれ。情報紙の絵師は続けられるように言ってやるから。好きなんだろ、イラスト描くの」
「おう! 生きがいだぜです! あと、アブラムシをなぶり殺すのもです!」
「……それは、ちょっと考え直せ、な?」
アブラムシの方は、マーゥルの庭でその腕前を発揮してくれ。
「もし、マーゥルさんの館の給仕になれなかった場合はどうされるんですか?」
ナタリアらしくもなく、慎重な意見を言う。
だが、大丈夫だ。この投資は無駄にはならない。
「モコカは情報紙の絵師だ。それだけで十分価値がある」
「描けばなんでも浸透するというわけでは、ないようですよ」
情報紙を何部か手に入れて熟読でもしたのだろうか。
まぁ、情報紙は週刊誌みたいなもんだ。作られたブームが失敗することだってあるだろう。
だが、「発信する場所がある」ってのは大きな利点だ。
注目度の高い場所で、こちらの意図した情報を流せる。
それは、金を積んででも手にしたいくらいに魅力的なものだ。
日本じゃ、何十万~何億って金を使って広告を出したりするからな。
「ヤシロ様がそこまでおっしゃるのであれば、信用いたします」
もしかしたら、ナタリアが慎重になっていたのは「領主の館に一般人を泊める」という例外的な事柄に対してなのかもしれない。
こいつには、エステラを守るという責任があるからな。
「悪いな」
「いえ。きっと、いつかは感謝しているはずです。今のこの判断を」
随分と信用されたもんだな。
「モコカ。大人しくしとけよ」
「任せろだぜです!」
……まぁ、そう言うなら信用しておいてやるか。
こいつは、悪人になれるほど、頭がよくなさそうだしな。
それから数時間。
俺たちは疲れからか口数も少なく、大人しく馬車に揺られ続けた。
そして、夜もすっかり更けた頃に、四十二区へと帰ってきた。
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