異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

173話 『BU』の若者たち -1-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:3,955

 別館の中には、すでに四人の給仕が座っていた。

 全員揃いの服を着て、ピシッと背筋を伸ばした美しい姿勢で、給仕らしく折り目正しい態度で。

 

 ……すでにスタンバイは出来ているのに、面接も始めずに風呂場のぬめりとか取ってたのか?

 いつから面接始める気だったんだよ。

 

「面接はね、終わりの鐘が鳴ってからにする予定だったのよ」

 

 こそっと、マーゥルが俺に耳打ちを寄越す。

 こいつは人の顔をよく見ているな。質問する手間が省けると喜ぶべきか、気味が悪いと敬遠するべきか。

 

 しかし、今が昼前だから、優に五時間以上はこのまま待機させるつもりだったらしい。

 

 一体何を考えているのやら……と、何気なくナタリアを見ると。

 

「…………」

 

 部屋の一角をジッと見つめていた。……ネコか、お前は。

 何もないところを見つめて一体どうしたんだ……と、ギルベルタを見ると、同じところを見つめていた。…………え? 給仕長にしか見えない霊でもそこにいるのか?

 

 薄気味悪さを感じつつも、同じ場所へと視線を向け、よ~っく観察してみると…………

 

「あ……」

 

 ナタリアとギルベルタの見つめる先、部屋の角に紙屑が落ちていた。

 ……こいつら、入ってすぐそれを見つけたのか?

 

 職業病とでもいうべきか……と、再びナタリアに目を向けると、今度は違うところを見つめていた。というか、部屋中に視線を飛ばしていた。

 ギルベルタも同様で、部屋中に視線を巡らせて、心持ちそわそわし始めていた。

 

 二人の視線を追うと、額が微かに歪んでいたり、壁にちょこっとした汚れが付着していたりした。

 ……目敏い。こいつら、普段どんな視界で世界を捉えているんだ?

 

「……残念ながら、あの四人は不採用でしょうね」

「そう思う、私も」

 

 給仕長がそんな言葉を漏らす。

 

 なるほどな。

 長時間この部屋にいながら、散らかった部屋を掃除しない……というか、気付きもしない者は採用されないのか。……厳しいもんだな、給仕の世界も。

 

「みなさん。お待たせしてごめんなさいね。面接を始めましょう」

 

 マーゥルがにこやかに宣言すると、四人の給仕候補たちは一斉に立ち上がり、軍隊もかくやという統率のとれた動きで深々とお辞儀をした。

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 ……給仕養成学校でもあんのか? 揃い過ぎてて逆に引くわ。

 

「まぁ、おかけになって」

 

 マーゥルに言われて、再び椅子へと腰を下ろす候補生たち。

 

「「……減点」」

 

 ナタリアとギルベルタが、俺の両隣りで呟く。

 ……つか、お前ら。俺じゃなくて、各々の領主に付いてろよ。

 

「マーゥル様がお座りになる前に座ってはいけません」

「同意する、私は。きちんと待つべき、マーゥル様に座る兆候があるならば」

「いや、勧められたら座らないと失礼なんじゃないのか?」

「ほんの一呼吸待てということです。座るも座らないも、まずは主を立てることが重要なのです」

 

 主を立てて座る。

 主を立てて座らない。

 

 ……やっぱ難しいな、給仕の世界は。

 

 候補生の前にマーゥルが座り、俺たちは給仕長のシンディが出してくれた椅子へと腰を下ろす。

 

 部屋は割と大きく、企業の会議室を思わせるような大きさで、そこに長いテーブルが置かれている。テーブルには、マーゥル、ルシア、エステラの順で座り、エステラの隣に俺が腰掛けた。その後ろに各給仕長が立ち、俺たちより少し離れた位置にセロンとウェンディが座った。

 テーブルの向こうには、四つ並べられた椅子に腰かける給仕候補生がいて、いまだ変わらず背筋をぴーんと伸ばしてこちらを見ている。

 

 ……俺の座席に異論があるんだが。俺、部外者なんだけどなぁ。

 

「では、順番にここで働きたい理由を教えてくれるかしら? あ、名前は結構よ。採用が決まった人だけ教えてもらうから」

 

 不採用の者の名前など覚えてもしょうがない。少々奇抜ではあるが、理に適った意見だな。

 

 候補生は四人。三人が女で、一人は男だ。

 互いの顔を見合わせ、誰から発言するかを探っている。……どっちからでもいいからさっさと言えよ。

 

「なぁ……」

 

 少し掛かりそうだったので、俺はエステラに声をかける。

 

「あの給仕服って、どの段階で支給されたんだろうな?」

「え?」

「いや、ほら。全員おんなじの着てるだろ? 男のヤツも似た感じの」

 

 候補生はみんな、黒を基調としたシックな給仕服を着ている。

 男女で多少の差異はあるものの、同じ制服だとハッキリ分かる統一感がある。

 

 こういうのは採用が決まってから支給されるもんだと思ったんだが、ここでは面接の時から給仕服を着せているようだ。

 ……と、思ったのだが。

 

「給仕服の支給はしておりませんよ、ヤシぴっぴ」

 

 シンディが背後からそっと、答えを寄越してくる。

 いつの間にか、音もなく俺の後ろに立っていた。……こいつも武術の達人だったりするのだろうか……気配とか一切感じなかった。……ぶっちゃけ、ちょっとビックリした。

 

 とはいえ、支給していないってのはどういうことだ?

 

「いや、だって……お揃いじゃん」

「ウチに面接に来る若者は、みんなあの格好をしてくるんですよ。こちらが何も言わなくても」

 

 リクルートスーツみたいなもんか?

「とりあえずこれ着とけ」みたいな。

 

「この街の特徴……とでも言いましょうかねぇ。私はあまり好きじゃないんですけどね……」

 

 不満げな口調でシンディは言い、そっとマーゥルの背後へと移動した。

 

 それにしても、候補生はいまだ誰一人として話し始めない。

 ずっとお互いを牽制し合っている。……というか、どうすればいいのか困っている、という感じか?

 

「なぁ、早く始めろよ」

 

 しびれを切らせてそう言うと、候補生は計ったかのように同じタイミングで肩を震わせた。

 ……お前らはどこかで神経でも繋がってんのか。

 

「じゃあ、ヤシぴっぴ。誰からがいいと思う?」

 

 マーゥルが、心なしか嬉しそうに俺に尋ねてくる。

 なんで俺が決めなきゃいけないんだとは思いつつも、候補生どものお見合いを眺めていても埒が明かない。

 俺は向かって左端に座る唯一の男に向かって言う。

 

「そっちの男から、順番に言っていけ」

 

 こういう時、先陣を切って苦労するのは男の役目だ。

 というか、男と女がいたら、俺は率先して男を犠牲にする。優しくしてやる理由が皆無だからな。

 

 俺が指名すると、男は立ち上がり、ブリキのおもちゃみたいなまっすぐな姿勢でこの職場を希望した理由を述べ始めた。

 

「マーゥル様の人徳とお人柄は、不詳ワタクシの耳にも賞賛という形で響いてきており、幼少の頃より生涯を捧げるのであれば、マーゥル様のような素晴らしい方にと決めておりました。此度給仕の求人を拝見した際は歓喜に震え、否も応もなく応募させていただいた次第であります」

 

『クキッ』っと音がしそうなお辞儀をして、男は着席する。

 なんとも固い説明だ。

 要するに、『マーゥルは有名人だからそこで働きたい』ってだけのことだ。

 面白みに欠ける理由だな。

 俺なら不採用にする最有力候補だ。

 

 そして、向かって右隣りの女が立ち上がる。

 こっちはこっちで、針金の入った人形のようなまっすぐ過ぎる姿勢をキープしている。

 

「私も、マーゥル様の人徳とお人柄は、不詳ワタクシの耳にも賞賛という形で響いてきており、幼少の頃より生涯を捧げるのであれば、マーゥル様のような素晴らしい方にと決めておりました。此度給仕の求人を拝見した際は歓喜に震え、否も応もなく応募させていただいた次第であります」

 

 えっ?

 

 思わずエステラと顔を見合わせてしまった。

 エステラと、その向こうのルシアまでもがぽか~んとした顔をしている。

 

 そりゃそうだろう。

 この女、さっきの男とまったく同じことを言いやがった。

 

 マーゥルがこちらに視線を送ってくる。

「ね? 困ったもんでしょう?」とでも言いたげな、お茶目なしかめっ面を向けてくる。

 

 こいつら、マジでどこかの養成所にでも通ってやがるんじゃないか?

 そこで、「面接ではこう言いましょう」とでも教わったのだろう。

 さっきの女は、最初に『私も』と言いながら、その後に『ワタクシ』という一人称を使った。

 おそらく、教わった定型文が『ワタクシ』となっていたにもかかわらず、自分では普段通り『私』という一人称を使ってしまったのだろう。

 

「それじゃあ、次の人は、前二人とは違うことを言ってね」

 

 マーゥルが穏やかな笑顔で言うと、三番目の候補生は明らかに動揺し、表情を強張らせた。

 おろおろとあたりを見渡し、仕方なくといった感じで立ち上がる。

 

 前二人とは違い、背筋が曲がり落ち着きがない。

 自信の無さが全身から滲み出している。

 

「え…………と、あの……」

「なんでもいいのよ。思ったことを話してちょうだい」

「はぁ……じゃあ……」

 

 問いかけるマーゥルに視線すら合わせず俯いているんだかそっぽ向いているんだか分からない微妙な角度に首を曲げて気のない返事をする候補生の女。

 ……背後からすげぇ怖いオーラが流れてきてるんですけど……ちらりと背後を窺うと、ナタリアとギルベルタが、物凄く怖い満面の笑みを浮かべていた……え、なに? 給仕長って、給仕見習いのこういう態度に殺気とか覚えちゃうもんなの?

 

 女は、首を落ち着きなくひねりながら、おっかなびっくり口を開く。

 

「え~っと……みんなも思ってると思うんですけど、やっぱり、将来とか、不安……みたいな感じがありますので、安定を求められる職場……みたいな環境……っていうのは、大きいかなぁって思うんですけど……」

 

 …………

 …………

 …………終わりかよ!?

 

「けど」なんだよ!? 最後まで言えよ!

 

「それじゃあ、最後の方、お願いね」

「あ、はい。私もおんなじ感じです。っていうか、ここにいるみんな、同じ気持ちだと思います。ね? だよね、みんな?」

「お、おぅ」

「そうだねぇ」

「うん、そう思う」

 

 他三人の返事を受け、最後の候補生は満足げな表情をマーゥルに向けて、「ね?」と短い言葉を発し、着席した。

 

 ……敬語、どこ行った。

 

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