異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

20話 新装開店 -5-

公開日時: 2020年10月19日(月) 20:01
文字数:3,281

「これで分かったか、マグダ」

 

 その場にいる全員が不思議そうな表情を見せる。

 俺が何を言い出したのか、理解しているヤツは誰もいない。当然だ。アドリブなんだから。

 だが、ここから畳みかけてやれば……

 

「やっぱりお前に接客は無理なんだよ。こいつらの反応を見てそれがよく分かったろ?」

 

 俺が話しかけても、マグダは何も答えない。

 ただ、いつものように虚ろな目で俺を見つめているだけだ。

 

 だが、マグダをよく知らない者が見れば、俺に責められて落ち込んでいるようにも見える表情だ。

 

「さぁ、分かったらもう制服を脱ぐんだ。いつもの服に着替えてこい」

「あ、あの! ヤシロさん……っ!」

 

 俺の強い語調に、ウーマロが思わずといった感じで口を挟んできた。

 

 ようこそ、こちらのフィールドへ……ふふふ。

 

「あ、あの、え……っと……なんの、話ッスか? 制服を脱ぐとか、無理……とか?」

「ん? あぁいや。マグダはジネットのようになりたいと言っていてだな……」

 

 嘘ではない。

 

「接客をやってみたいと、自分で言っていたんだが……」

 

 これも嘘ではない。

 

「見ての通り、こいつは感情が表に出にくい。だから、接客業は難しいんじゃないかと、俺は思っているんだ」

 

 まぁ……嘘とは言えない。

 

「本人がいくら頑張りたいと言っても、こっちは客商売だからな……」

「え、じゃあ……彼女は……マグダちゃんは、接客できなくなるんッスか?」

 

 マグダ「ちゃん」か……うんうん。いいぞいいぞ。

 

「お前だって、こんな無表情なヤツを見ながら飯を食うのは嫌だろ?」

「そんなことないッス!」

 

 食いついたぁあっ!

 

「マ、マグダちゃんは、えっと……その、とっても可愛いッスよ! オイラ、女の人を見ると緊張して飯とか食えなくなるッスけど……でも、マグダちゃんだったら、和むというか……美味しくご飯食べられると思うんッスよ!」

「けど、銀貨ほどの価値はないだろう。なら、客商売としては……」

「あるッスよ! マグダちゃんの制服姿は銀貨百枚……いや、金貨百枚の価値があるッス! この姿を見るためだけにでも、通ったっていいくらいッス!」

 

 ほほう。

 

「じゃあ、リフォームの支払いは?」

「え…………いや、そ、それとこれとは話が…………」

 

 あぁ、もどかしい!

 そこは男らしく「マグダのためだ! 金なんか要らねぇ!」って言えよ! だからモテないんだよ!

 

 この奥手大工をどう口説き落とそうかと策を弄していると、マグダが俺とウーマロの間に割って入ってきた。

 ウーマロを背に庇うように、俺と向かい合い、虚ろな目で見上げてくる。

 

「……ヤシロ。もういい」

「ん?」

「……大工さん、可哀想」

「マ……マグダちゃん……」

 

 マグダの意外な発言に、ウーマロが言葉を漏らす。

 つか、今にも涙が零れそうになっている。

 

「……いじめないであげて」

「マグダたんマジ天使ッスゥゥゥゥウウッ!」

 

 ウーマロが、落ちた。

 

「ヤシロさん! オイラからもお願いするッス! マグダたんに接客をやらせてあげてほしいッス! マグダたんなら、きっと四十二区でナンバーワンの給仕係になれるッス! オイラが応援するッス!」

「じゃあ、リフォームの代金は……」

「ヤシロさんの案でいいッス! どっちみち毎日食べに来るんッスから、一緒ッス!」

 

 いいぞ!

 それでこそ、大工! 漢の中の漢だ!

 

「では、あの……せめて、『二ヶ月間』に延長させてください。さすがに申し訳なくて……」

 

 カウンターの奥に引っ込んでいたジネットが、話がまとまりそうな雰囲気を察知して出てきたようだ。

 ……こいつは、また自分から進んで不利益を…………だが、今回に限っては好都合だ。

 

「さすがジネットさん、優しいっ!」

「オレも、巨乳の方がいい……!」

 

 グーズーヤとヤンボルドの目がキラキラと輝き出した。

 

「オ、オイラはマグダたん一筋ッスからね!」

「……ありがとう」

「お礼言われたッス! ムハァーッ!」

 

 ウーマロは……なんかの病気を発症してしまったようだ。お気の毒様。

 

 だが、これでいい。

 セールスマンの世界には、こんな言葉がある。

『商品を売るのではなく、感動を売れ』

 人は、物を欲するのではなく、その物が持つ物語を欲するのだ。

 これまで無名だったバンドが「○○枚売れなきゃ即解散!」とやるだけでミリオンを達成した例がある。人はそういう、『商品の向こうにある物語』を好んで買うのだ。

 それは、付加価値と言い換えてもいい。

 それまで大した売り上げでもなかったもずく酢が、テレビで「痩せますよ」と特集をした途端スーパーから消えた――なんてのも、『商品の向こうにある価値』が買われた例だと言える。

 美女の使用済みストローがなんかエロいのと同じだ。

 もっとも、俺はそんなもんに価値を見出すような変態ではないので、そこんとこは理解できないが……だが、巨乳美女が谷間に挟んだストローだったら、五万までなら出せる!

 

 商品というのは、得てしてそういうものなのだ。

 

 そして今回、陽だまり亭の価値を上げたのは、マグダが純粋に抱く「給仕係を頑張りたい」という思いだ。その思いが、ウーマロの中で陽だまり亭の価値を爆上げさせたのだ。

 応援するだけの価値があると、思わせるほどに。

 

 同様に、俺という『悪者』に押しつけられた納得しがたい契約を『ジネットの優しさ』が幾分解消してくれた。こいつも付加価値としてグーズーヤやヤンボルドの心に刻み込まれた。

 

 今、この場にいる者の中で「損をした」と思っている者は一人としていない。

 

 みんなハッピーなのだ。

 

 いやぁ、平和って素晴らしいな。

 俺があえて悪役に甘んじた甲斐があるってもんだよ、はっはっはっ!

 

「じゃあ、ウーマロ。そういうことで」

 

 俺が差し出した手を、ウーマロは力強く握り返してきた。

 

「了解ッス!」

 

 単純な男で助かった。

 

「悪かったな……無茶なこと言って」

「なに言ってんッスか。もう、今さらッスよ」

 

 そして、完全には納得できない契約をのませた後は、こちらがしおらしい態度を取るべきだ。そうすれば、相手は「まぁ、しょうがないよな」という心理が働き「許してやった」という満足感に酔いしれることが出来る。

 ここでもうひと手間加えると……

 

「マグダ、きっと喜んでると思うぞ。表情が乏しいから分かんないかもしれないけど……感謝してると思う」

「……そう、ッスかね。やはは……」

 

 ウーマロ轟沈。

 ウーマロは『お得意さん』へクラスアップした。

 

 日本には、アングラアイドルと呼ばれる、小規模な活動をしているアイドルがいる。

 彼女たちを支えているのが、他でもないこういう連中なのだ。

 つまり――「俺が支えてあげなきゃ!」という心理を突き動かされた熱心なファンだ。

 距離が近い分、その思いは強くなり、応援はいつしか崇拝へと変わる。

 

 こういう固定客を持ったヤツは……強いぞ。

 マグダ……お前、なかなかやるじゃねぇか。…………金の匂いがしてきやがった。

 

「よし、じゃあお前ら! 明日から『毎日』食いに来てくれ!」

「是非お越しください。わたし、腕によりをかけて美味しいお料理を作りますから!」

「……マグダも、頑張る」

 

 陽だまり亭一同の呼びかけに、トルベック工務店の面々は……

 

「「「はいっ!」」」

 

 と、元気よく頷いてくれた。

 

 陽だまり亭のリフォーム――『三名様、二ヶ月分のお食事フリーパス』にてお支払い完了!

 通常営業で使う分からやりくりするのだから、予算は実質ゼロRbだ。

 

 そしてさらに、この契約にはもう一つ仕掛けがあるのだが……まぁ、それは追々効果を発揮するだろう。

 

 今は契約履行を祝おうではないか。

 

「……ヤシロ」

「ん?」

「……マグダ、頑張る」

「おう、頑張れ」

「……いろいろ、教えて。接客の仕方」

 

 マグダは向上心の高い娘なんだな。

 だがな……

 

「マグダ」

「……なに?」

「お前に教えることは、もう何もない!」

「…………まだ、何も教わってないのに?」

 

 いいんだ。

 マグダはマグダで。

 なにせファンがついたのだからな。

 今のまま、自分らしく振る舞っていてくれればそれでいい。

 

「お前にしか出来ない、お前のやり方で客をもてなせばいい」

「………………うん。分かった」

 

 こうして、マグダは接客業の免許皆伝となったのだった。

 

 

 そして、いよいよ。

『陽だまり亭・本店』がリニューアルオープンする!

 

 

 

 

 

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