「これで分かったか、マグダ」
その場にいる全員が不思議そうな表情を見せる。
俺が何を言い出したのか、理解しているヤツは誰もいない。当然だ。アドリブなんだから。
だが、ここから畳みかけてやれば……
「やっぱりお前に接客は無理なんだよ。こいつらの反応を見てそれがよく分かったろ?」
俺が話しかけても、マグダは何も答えない。
ただ、いつものように虚ろな目で俺を見つめているだけだ。
だが、マグダをよく知らない者が見れば、俺に責められて落ち込んでいるようにも見える表情だ。
「さぁ、分かったらもう制服を脱ぐんだ。いつもの服に着替えてこい」
「あ、あの! ヤシロさん……っ!」
俺の強い語調に、ウーマロが思わずといった感じで口を挟んできた。
ようこそ、こちらのフィールドへ……ふふふ。
「あ、あの、え……っと……なんの、話ッスか? 制服を脱ぐとか、無理……とか?」
「ん? あぁいや。マグダはジネットのようになりたいと言っていてだな……」
嘘ではない。
「接客をやってみたいと、自分で言っていたんだが……」
これも嘘ではない。
「見ての通り、こいつは感情が表に出にくい。だから、接客業は難しいんじゃないかと、俺は思っているんだ」
まぁ……嘘とは言えない。
「本人がいくら頑張りたいと言っても、こっちは客商売だからな……」
「え、じゃあ……彼女は……マグダちゃんは、接客できなくなるんッスか?」
マグダ「ちゃん」か……うんうん。いいぞいいぞ。
「お前だって、こんな無表情なヤツを見ながら飯を食うのは嫌だろ?」
「そんなことないッス!」
食いついたぁあっ!
「マ、マグダちゃんは、えっと……その、とっても可愛いッスよ! オイラ、女の人を見ると緊張して飯とか食えなくなるッスけど……でも、マグダちゃんだったら、和むというか……美味しくご飯食べられると思うんッスよ!」
「けど、銀貨ほどの価値はないだろう。なら、客商売としては……」
「あるッスよ! マグダちゃんの制服姿は銀貨百枚……いや、金貨百枚の価値があるッス! この姿を見るためだけにでも、通ったっていいくらいッス!」
ほほう。
「じゃあ、リフォームの支払いは?」
「え…………いや、そ、それとこれとは話が…………」
あぁ、もどかしい!
そこは男らしく「マグダのためだ! 金なんか要らねぇ!」って言えよ! だからモテないんだよ!
この奥手大工をどう口説き落とそうかと策を弄していると、マグダが俺とウーマロの間に割って入ってきた。
ウーマロを背に庇うように、俺と向かい合い、虚ろな目で見上げてくる。
「……ヤシロ。もういい」
「ん?」
「……大工さん、可哀想」
「マ……マグダちゃん……」
マグダの意外な発言に、ウーマロが言葉を漏らす。
つか、今にも涙が零れそうになっている。
「……いじめないであげて」
「マグダたんマジ天使ッスゥゥゥゥウウッ!」
ウーマロが、落ちた。
「ヤシロさん! オイラからもお願いするッス! マグダたんに接客をやらせてあげてほしいッス! マグダたんなら、きっと四十二区でナンバーワンの給仕係になれるッス! オイラが応援するッス!」
「じゃあ、リフォームの代金は……」
「ヤシロさんの案でいいッス! どっちみち毎日食べに来るんッスから、一緒ッス!」
いいぞ!
それでこそ、大工! 漢の中の漢だ!
「では、あの……せめて、『二ヶ月間』に延長させてください。さすがに申し訳なくて……」
カウンターの奥に引っ込んでいたジネットが、話がまとまりそうな雰囲気を察知して出てきたようだ。
……こいつは、また自分から進んで不利益を…………だが、今回に限っては好都合だ。
「さすがジネットさん、優しいっ!」
「オレも、巨乳の方がいい……!」
グーズーヤとヤンボルドの目がキラキラと輝き出した。
「オ、オイラはマグダたん一筋ッスからね!」
「……ありがとう」
「お礼言われたッス! ムハァーッ!」
ウーマロは……なんかの病気を発症してしまったようだ。お気の毒様。
だが、これでいい。
セールスマンの世界には、こんな言葉がある。
『商品を売るのではなく、感動を売れ』
人は、物を欲するのではなく、その物が持つ物語を欲するのだ。
これまで無名だったバンドが「○○枚売れなきゃ即解散!」とやるだけでミリオンを達成した例がある。人はそういう、『商品の向こうにある物語』を好んで買うのだ。
それは、付加価値と言い換えてもいい。
それまで大した売り上げでもなかったもずく酢が、テレビで「痩せますよ」と特集をした途端スーパーから消えた――なんてのも、『商品の向こうにある価値』が買われた例だと言える。
美女の使用済みストローがなんかエロいのと同じだ。
もっとも、俺はそんなもんに価値を見出すような変態ではないので、そこんとこは理解できないが……だが、巨乳美女が谷間に挟んだストローだったら、五万までなら出せる!
商品というのは、得てしてそういうものなのだ。
そして今回、陽だまり亭の価値を上げたのは、マグダが純粋に抱く「給仕係を頑張りたい」という思いだ。その思いが、ウーマロの中で陽だまり亭の価値を爆上げさせたのだ。
応援するだけの価値があると、思わせるほどに。
同様に、俺という『悪者』に押しつけられた納得しがたい契約を『ジネットの優しさ』が幾分解消してくれた。こいつも付加価値としてグーズーヤやヤンボルドの心に刻み込まれた。
今、この場にいる者の中で「損をした」と思っている者は一人としていない。
みんなハッピーなのだ。
いやぁ、平和って素晴らしいな。
俺があえて悪役に甘んじた甲斐があるってもんだよ、はっはっはっ!
「じゃあ、ウーマロ。そういうことで」
俺が差し出した手を、ウーマロは力強く握り返してきた。
「了解ッス!」
単純な男で助かった。
「悪かったな……無茶なこと言って」
「なに言ってんッスか。もう、今さらッスよ」
そして、完全には納得できない契約をのませた後は、こちらがしおらしい態度を取るべきだ。そうすれば、相手は「まぁ、しょうがないよな」という心理が働き「許してやった」という満足感に酔いしれることが出来る。
ここでもうひと手間加えると……
「マグダ、きっと喜んでると思うぞ。表情が乏しいから分かんないかもしれないけど……感謝してると思う」
「……そう、ッスかね。やはは……」
ウーマロ轟沈。
ウーマロは『お得意さん』へクラスアップした。
日本には、アングラアイドルと呼ばれる、小規模な活動をしているアイドルがいる。
彼女たちを支えているのが、他でもないこういう連中なのだ。
つまり――「俺が支えてあげなきゃ!」という心理を突き動かされた熱心なファンだ。
距離が近い分、その思いは強くなり、応援はいつしか崇拝へと変わる。
こういう固定客を持ったヤツは……強いぞ。
マグダ……お前、なかなかやるじゃねぇか。…………金の匂いがしてきやがった。
「よし、じゃあお前ら! 明日から『毎日』食いに来てくれ!」
「是非お越しください。わたし、腕によりをかけて美味しいお料理を作りますから!」
「……マグダも、頑張る」
陽だまり亭一同の呼びかけに、トルベック工務店の面々は……
「「「はいっ!」」」
と、元気よく頷いてくれた。
陽だまり亭のリフォーム――『三名様、二ヶ月分のお食事フリーパス』にてお支払い完了!
通常営業で使う分からやりくりするのだから、予算は実質ゼロRbだ。
そしてさらに、この契約にはもう一つ仕掛けがあるのだが……まぁ、それは追々効果を発揮するだろう。
今は契約履行を祝おうではないか。
「……ヤシロ」
「ん?」
「……マグダ、頑張る」
「おう、頑張れ」
「……いろいろ、教えて。接客の仕方」
マグダは向上心の高い娘なんだな。
だがな……
「マグダ」
「……なに?」
「お前に教えることは、もう何もない!」
「…………まだ、何も教わってないのに?」
いいんだ。
マグダはマグダで。
なにせファンがついたのだからな。
今のまま、自分らしく振る舞っていてくれればそれでいい。
「お前にしか出来ない、お前のやり方で客をもてなせばいい」
「………………うん。分かった」
こうして、マグダは接客業の免許皆伝となったのだった。
そして、いよいよ。
『陽だまり亭・本店』がリニューアルオープンする!
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