異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加101話 誰かを笑顔にすることが -5-

公開日時: 2021年4月6日(火) 20:01
文字数:2,283

 べろべろに酔っ払ったノーマをデリアが担いで出て行き、陽だまり亭に静けさが落ちる。

 

「お疲れ様です」

 

 お盆にお茶を載せたジネットがにっこり笑って立っていた。

 

「ジネットの方が疲れてるだろう?」

「いいえ。今からふわとろタマゴのオムライスを教われるくらいに元気です」

「……それは、また後日な」

「では、その日が来るのを心待ちにしています」

 

 重い、重い!

 期待が重過ぎるよ!

 

「座ろうか」

「はい」

 

 俺がいつもの席へ座るのを待ち、ジネットがお茶を目の前に置いてくれる。

 そして、ふんわりと微笑んだ後で、俺の向いの席へと腰を下ろす。

 それはいつもどおりの行動なのだが、今日のジネットはいつもよりオシャレをしている。他所行きの姿だ。

 

「新鮮だな、この風景は」

「へ? あ、そうですね」

 

 言われて、自分の服装を改めて見下ろすジネット。

 そんな仕草も華やかに見える。

 

「このお洋服、来年まで大切にしまっておかないといけませんね」

「いやいや。来年も出る気なら新調しろよ」

「でも、一度しか着ないのはもったいないですし……」

「じゃあ、何度も着ればいい」

「うふふ。こんな可愛い服を着てお店に立つのは、さすがにちょっと」

「だったら――」

 

 選択肢なんかいくらでもある。

 その内の一つを提示する。

 あくまで、数ある選択肢の中の一つを。

 

「――今度、オシャレして一緒に出かけるか?」

「え……」

 

 いつもと違う格好をして、いつもと違う場所で、いつもと違うことをする。

 そういう言い方をすればデートのように聞こえるかもしれんが、別にそんな畏まったものじゃなくて、オシャレ着を着る機会くらいいくらでも作れるということの証明だ。

 

「…………はい。是非」

 

 小さぁ~い声で返事をもらった。

 返事をもらった以上、何かしらプランを立てなきゃいかんよな、うん。

 さて……どこへ行こうか。

 

 ………………うむ、悩む。

 

「…………」

「…………」

「…………あのっ、そういえば!」

 

 つむじ付近から出たのかってくらいの甲高い声で、ジネットが急にしゃべり始める。

 お、おう。何かしゃべるといいよ!

 うん、コミュニケーションって、会話だしね!

 

「みなさん、喜んでましたね。ミスコンテスト陽だまり亭杯」

「あぁ~、まぁ、ただでもらえる物って、それだけで嬉しいしな」

「それだけじゃないですよ、みなさん。きっと」

 

 湯気の立つ湯飲みを握りしめ、水面ならぬ茶面を覗き込むジネット。

 湯飲みの中で、ジネットの笑顔がゆらゆらと揺れている。

 

「誰かを笑顔にするのが、本当にお上手ですね。ヤシロさんは」

「そんなつもりで作ったんじゃねぇよ。なんつーか、まぁ……手遊びみたいなもんだ。時間もあったし」

 

 女子たちが服装だメイクだ髪型だと右往左往していた間、俺には比較的時間があった。

 ミスコンを意識したのか、いつもケーキを食いに来る連中の足も遠のいていた。

 つまり、ヒマでヒマで仕方なかったのだ。それに、誰かがへこんで鬱々した空気になるのも嫌だし。時間と材料と技術と動機があれば、作るだろう、そりゃ。

 

「ただの暇つぶしだよ。それをあいつらが大袈裟に喜んでいただけだ」

「うふふ」

 

 湯飲みを置いて、両手で口元を隠す。

 指先に隠れた唇が弧を描くのが分かった。

 

 ……何笑ってやがんだ。

 

「そういう嘘は、お下手ですね」

 

 嘘じゃねーし。

 

「マグダとロレッタは単純だからな。賞を与えておくと、明日からの働き振りがガラッと変わるぞ。1.5倍くらいは張り切る」

「そうですね。お二人とも、『明日は朝から全力です』って、もう寝てしまわれましたしね」

 

 マグダとロレッタは一緒のベッドで今頃ぐっすりだろう。

 すっかり元通りの仲良しだ。ダイエット事件の時にすれ違ったわだかまりなんか、もう見る影もない。

 

「デリアたちだって、そうだろ? 適度に褒めておけば、困った時にまた助けてくれる。つまり投資だ、これは」

「うふふ。そうですね」

 

「そうですね」と言いながら、「そんなことないくせに」みたいな目をこっちに向けるな。

 

 ……ったく。

 何がそんなに楽しいんだか。

 

「わたしが審査委員なら、ヤシロさんには『ミス思いやり』を差し上げます」

「『ミス』はいらん」

 

 あと、思いやりとかよく分かんねぇから。

 

「あぁ、そういえば。ジネットにはまだ渡してなかったな、ピンバッチ」

「わたしの分もあるんですか?」

「……ないわけないだろう」

「よかったです。ないと、ちょっと寂しいなぁと思っていたところでした」

 

 そんなわけないと確信している時の顔だ、あれは。

 でも、「わたしのはないんですか?」と言ってこないのがジネットだよな。ロレッタならその場で「欲しいです欲しいです!」って騒ぐに違いない。

 

「それじゃあ、ジネット。ちょっと立ってくれるか?」

「はい」

 

 二人きりで、ささやかな授与式を行う。

 

「ジネット」

「はい」

「本当は、お前に授与するのは『ミス陽だまり亭』にしようと思ってたんだ」

 

 マグダもロレッタも、それについては異論を挟まないだろう。

 だが、エステラと同じような理由で、ジネットはきっとそれを喜ばない。

 

「でも、陽だまり亭を独占するのは嫌かと思ってな」

「そうですね。今では、陽だまり亭はみんなの居場所だと思っていますから」

 

 そう言った後、くすくすと口元を押さえて笑う。

 

「何がおかしいんだよ?」

「いえ。ヤシロさんはなんでもお見通しなんだなぁ、と思いまして」

 

 ふん。……分かるわ。

 

 陽だまり亭の中でのナンバーワン。そんな限定的なものであっても、ジネットはきっとそれを喜ばない。

 優劣をつけることを、こいつは望まないのだ。

 自分が一番になることを喜ぶ前に、誰かが負けることを悲しむようなヤツだ。

 

 みんな一緒に。

 同じくらい大切に。

 そういうのを、ジネットは好む。

 

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