異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚23 シラハ -2-

公開日時: 2021年3月5日(金) 20:01
文字数:3,758

「ニッカ、カール」

「はいデス!」

「はいダゾ!」

「すこ~しだけ、席を外してくれるかい?」

「えっ!? デ、デスケド、シラハ様!?」

「そ、そ、そんなこと…………やっぱマズいダゾ!」

 

 シラハが見たのは俺ではなく、俺を警戒するように両隣に立っていたニッカとカールだったようだ。

 当然のように、ニッカたちは反発するのだが……

 

「おねがい」

 

 幼子をあやすような声音で、甘えるようにシラハに言われては、ニッカたちは反論できない。

 不承不承、シラハの申し出を了承する。

 その際、俺をギロッと睨むのを忘れずに。

 

「では、木戸の前で待たせてもらうデス」

「何かあったらすぐ呼んでくださいダゾ! 駆け込んでこの男を取り押さえるダゾ!」

「なんで何かするのが俺だという前提なんだよ」

 

 イモムシが一丁前に俺を睨んできやがる。

 そんな態度は、サナギになってからにしやがれ。

 

「大丈夫だから、表で待っていてね。『ニッカとカールの二人っきり』で」

「はぅっ!?」

「……? そりゃ、二人で待ちますデスケド……?」

 

 シラハの言葉に、カールは分かりやすく顔を真っ赤に染め、対するニッカは意味が分からないと言った風に小首を傾げた。

 

 あぁ……な~る。

 そういう関係なんだ。

 大好きだけどその想いが伝えられない純情イモムシに、そんなイモムシの気持ちに一切気が付かない鈍感アゲハチョウ(Eカップ)。

 

 俺は茹で上がったイモムシの肩をぽんぽんと叩き、人生の先輩として一言言っておいてやる。

 

「お前、ガキだな」

「うっさいダゾッ!」

 

 茹でイモムシ・カールが臭覚をにょっきりと突き出してくる。

 やめろ! 臭いっ!

 

「うふふ。可愛らしい方ですね」

 

 過大評価も甚だしい感想をジネットが漏らす。

 そういえばジネットは虫や爬虫類を一切怖がらない。

 むしろ「小さくて可愛い」とすら思っている節がある。ロレッタなんかは、虫が飛んでくるとワーキャー騒いだりするのだが、ジネットはそういうことが一切ない。

 見た目の雰囲気からはいささか意外なジネットの一面だ。

 

 ……けど、やっぱこのイモムシ男が可愛いってのはない。うん、ないな。

 

「いいからお前らは外に出て手でも繋いで待ってろ」

「て、てっ、手なんか繋がないんダゾッ!」

「そうデスヨッ! 何があっても瞬時に対応できるように武器を装備しておくデスカラ! 肝に銘じておくデスヨッ!」

 

 あ~ぁ……男の方が純情こじらせてるのに、まったく気付いてないんだな。

 見ろよ。カールがちょっとへこんでんじゃねぇかよ。

 つか、武器を装備すんじゃねぇよ。お前らだと誤爆が怖いんだよ。

『うっかり刺しちゃいました』とか、甘栗みたいに言ってもシャレにならねぇんだからな。

 

「おい、カール」

 

 臭い角を収納したカールの肩に手を置いて、俺は心を込めて告げる。

 

「しっかりと、ニッカの手を握っていてくれ」

 

 俺が刺されないように。

 特に、謂れのない罪で刺されないようにっ!

 

「あ、あんた…………応援、してくれてるダゾ?」

 

 ううん。微塵も。

 保身、保身。一から十まで、全部自分のための発言だよ。

 

「いいヤツ…………かも、ダゾ」

 

 あっはっはっ、それ気のせいだわぁ。

 

「お、オレ、頑張るダゾッ!」

 

 カールが意欲に燃える瞳で俺に宣言する。拳が力強く握られている。

 まぁ、うん。勝手に頑張れ。

 

 ニッカが俺に険しい視線を送り、カールが俺に「やってやるぜ!」的な熱い視線を送り、二人揃って出ていく。

 なんか、騒がしい連中だったなぁ。

 

「ヤシロは、ホント……誰とでもすぐ仲良くなるよね」

「仲良くねぇよ」

 

 呆れ顔のエステラに呆れるばかりだ。

 こっちは刺される寸前なんだっつうの。

 

「さて。それじゃあ、お話をしましょうかねぇ。みんな、こっち来て座って」

 

 シラハが穏やかな声で言い、俺たちを手招きする。

 土足で上がり込んだ板張りの床だ。ここに座るのか?

 

「ギルベルタちゃん。あっちに『おざぶ』があるから持ってきてあげて」

「了解した、私は」

 

 シラハがギルベルタに指示を出している。

 ルシアが咎めないところから、それは問題のない行為なのだろう。

 ……手伝おうか?

 

 とか、思ったのだが、俺が動くよりも早くジネットとミリィがギルベルタを追いかけて手伝いをしていた。

 うむ。よく出来た子たちだこと。

 

 ウェンディは、いまだにシラハに手を握られているせいで動けなかったようだ。

 

 ふかふかの座布団が運ばれてきて、俺たちの前に並べられる。

 シラハを基準にくるっと円になるように座る。

 土足の場所に座布団ってのが、ちょっと違和感あるなぁ……畳でも作れれば靴を脱ぐようになるのかもしれんが。さすがに畳は作れんしなぁ。

 

「すごいです。ふかふかです」

「ぅん……ふかふか……気持ちいぃ」

 

 ジネットとミリィはふかふかの座布団がお気に召したようだ。

 何度も座り直してふかふかの感触を楽しんでいる。

 まぁ、楽しいんならいいけどな。確かに座り心地はいい。

 

「さて。それじゃあ話をさせてもらおうかしらねぇ」

 

 シラハは椅子に深く座り直し、深く長い息を吐く。

 ……と、その前に。

 

「いい加減ウェンディを解放してやれよ」

「え? まぁ、あらあら」

 

 まるで今気付いたかのように、シラハはウェンディの手を握っていた両手を離す。

 え、なに? 忘れてたの?

 やっぱり始まっちゃってんの、ババア?

 

「ごめんなさいねぇ。すべすべで握り心地がよかったものだから、ついねぇ」

「い、いえ。光栄です」

 

 困り顔ながらも、嫌そうではない。

 相手がジジイだったら、ウェンディも泣き出していたかもしれんが、ババアなら問題ないのだろう。

 あんな毒気のない顔で言われりゃ、怒る気も失せるか。…………そうかっ!

 

「なぁ、ジネット。すごく揉み心地がよさそ……」

「懺悔してください」

 

 にっこりと、言葉を遮られてしまった。

 ……そうか。揉んでから「ごめんねぇ」って言わなきゃいけなかったのか……手順を間違えちまったぜ。

 

 ウェンディがシラハの隣に腰を降ろし、全員が座った状態になる。

 シラハから右回りにルシア、ギルベルタ、エステラ、俺、ジネット、ミリィ、ウェンディだ。

 なんの偶然か、俺がババアの真正面になっている。……景観悪ぃな、この席。

 

「私があの人と知り合ったのは……そうねぇ、そっちのテントウムシの女の子くらいの歳だったかしらねぇ……」

「九歳くらいか?」

「ぁの、てんとうむしさん……みりぃ、今年十五歳だょ……?」

「そうそう。ちょうど九歳の頃だったわ」

「はぅ…………ひどぃよぅ……」

 

 ミリィががくりと肩を落とす。

 しょうがないじゃないか。実年齢は見た目には表れないんだ。

『それくらいの年齢』って話なら、実年齢じゃなくて外観年齢を指す場合がほとんどだ。

 

 うな垂れるミリィをジネットが慰めている。ぽんぽんと頭を撫でている様は、幼い子をあやしているようで……やっぱみんな無意識に子供扱いしてるよな、ミリィのこと。

 

「『あの人』というのは、その……シラハさんがご結婚された男性なんですね」

 

 エステラは一瞬言い淀みつつも、問いを投げる。

 そこはぼやかさずに、明確にしておきたい部分だ。

 

「えぇ、そうよ」

 

 名前こそ明かさないが、その事実は認めた。

 結婚相手が誰なのかなんてのは、今は割とどうでもいい。

 シラハが言いたくないなら、無理に聞く必要のないことだ。

 それよりも、『そいつと何があったのか』――それが問題なのだ。

 

「あの人とはねぇ、それはそれは燃えるような恋愛を……」

「シラハ。そのあたりの話はいい。触角のことを話してやってくれないか」

「でもねぇ、ルシアちゃん。あの人ったらね、花も恥じらう年頃の私にね、外で……」

「シラハッ! ……若い娘もいるのだ。配慮してくれぬか」

 

 赤く染まった頬を押さえて身もだえ始めたシラハを、ルシアがきつめに制止する。

 助かったよ、ルシア。……ババアの桃色トークとか聞きたくもねぇ。

 

「でもねぇ、こういうお話、聞いてくれる人がいないのよ。私、お話したいわぁ」

「後日、ニッカやカールにでも語り聞かせてやれよ」

 

 ここいら一帯、吐しゃ物まみれになるだろうけどな。

 

「ダメなのよ。あの子たち……うぅん。アゲハチョウ人族のみんな、他の亜人たちもかしらねぇ……私の過去を『悲しいもの』って決めつけて、お話させてくれないのよ」

 

 そう言ったシラハの顔は、とても寂しそうだった。

『悲しいもの』と決めつけられた過去の話は、シラハの心の傷を思い出させるから口外させてはいけない…………とか、考えていそうだな。

 それで、目の前の楽しいもので過去の傷を覆い隠し、誤魔化そうとしているのか。

 

 だとしたら……

 

「分かった。ババア恋愛記は空腹時に聞いてやる」

 

 吐く物がない時にな。

 

「だが、今は先に結論を知りたい。触角の話を聞かせてくれないか?」

「あら、そう? うん、そうなの……そう、なのねぇ」

 

 少し物足りなそうに、弱々しい笑みを浮かべるシラハ。

 しかし、次の瞬間には晴れやかな表情に変え――

 

「それじゃあ、楽しみが一つ増えたってことねぇ」

 

 ――と、ころころと喉を鳴らして笑う。

 

 ようやく分かってきた。

 今回の問題の肝が。

 そして、ルシアもシラハもそれに気付きつつも、手を打てないでいるのだ。

 無作為に浴びせられ続ける善意に翻弄されて。

 

「けれど、結論だけを口にするのは味気ないわねぇ。少しだけ、お話に付き合ってくれるかしら?」

 

 シラハは俺を見て言う。

 俺に話を聞けというのだ。

 いいだろう。聞いてやるよ。

 話の中に、お前の気持ちが含まれてるってんならな。

 

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