研究所は、窓という窓が木の板で打ちつけられており、異様な雰囲気を醸し出していた。
にもかかわらず、研究所の中は薄ぼんやりとした光に溢れている。
「これが、お前の研究の成果か?」
「はい」
ラボの中には大きな机と棚が置かれている。
だがそれよりも、床に積まれた大量の麻袋が気になった。
光はそこから漏れ出ていた。そこに光の粉が入っているのだろう。
かなりの量があるようだ。
「私は、永遠の十五歳なんですが、十七年間研究を続けた結果、太陽光を蓄積させ夜間に光を放つ物質を作り出すところまでは漕ぎつけたんです。年齢は永遠の十五歳なんですけども」
もうすでに二年オーバーしてるな。0歳から研究を始められるわけがないから、やっぱりそこそこの年齢なのだろう。
「それで、研究室にこもっていると、どうしてもその粉が付着してしまって……洗っても、もう取れないくらいに染みついてしまって……あと、この粉が水に溶けにくいということも関係してるかもしれませんが……」
「水に溶けにくいのか」
「はい。溶けにくく、流れにくいです」
「在庫はここにあるだけか?」
「とりあえずは、そうですね。これから作ることは可能ですけど」
「材料費は?」
「そんなにかかりません。原材料は秘密ですが、そこら辺の森で手に入るある植物から抽出した物ですから。ほとんどタダみたいなものです」
なるほど。理想的な状況だ。
「で、その粉で、どうやって花を光らせるつもりだったんだ?」
「最初は粉を水に溶かし、その水を花に与えて内部から光を放つようにしようとしました」
白い花に赤い水を与えると、水を通す『道管』が赤く透けて見えることがある。それにより白い花びらが赤く染まる場合がある。
それの応用だろうが……
「水に溶けにくいのなら不可能だな」
「はい。失敗でした。ですので、次に花びらに直接塗ってみました」
「結果は?」
「枯れました……」
異物を塗り込まれたら、まぁ、そうなるわな。
「それ以外にもあれこれ試したんですが……どれもうまくいかなくて……一年間、あらゆる方法を試したんです…………なのに……」
十七年かかって光の粉を完成させ、いよいよ花を光らせようと研究を開始して一年か。
どんどん研究期間が年齢を追い越していくなぁ、永遠の十五歳よ。
「……もう、不可能なんじゃないかと…………そう思い始めています」
植物は生きている。
生きた物に異物を加えてまるで別物へ改変するなんてことがそう簡単に出来るはずがない。
「そもそも、なんで光る花を作ろうと思い立ったんだ?」
「それは…………憧れ、ですかね」
ウェンディは弱々しく微笑み、遠い過去を見つめるように天井を仰ぐ。
ぼうっと光る淡い輝きの中で、ウェンディが静かに語り出す。遠い日のことを。
「私たちと近しい一族に、花の咲き誇る丘の上で暮らす者たちがいるんです。彼女たちは本当に美しく、優雅で、そして何より花がよく似合う……」
ウェンディが被っている帽子をギュッと握る。
大きな鍔が引き下げられ、ウェンディの顔が見えなくなる。
「私も、そんな風に花と戯れたかった。……けれど、彼女たちに言われたのです『あなたに花は似合わない』と……私たち一族は、花に群がるような習性はないから……」
幼き日に負った心の傷を埋めるために、こいつはずっと研究を続けていたというのか。
しかし、こいつの一族ってのは、一体……?
「だから、私たち一族が本能的に群がってしまうような、そんなお花を生み出そうって! ……それが研究を始めたきっかけなんです」
そう言って、ウェンディが帽子を脱いだ。
ウェンディの頭には葉っぱのような形をしたふさふさの触角が生えていた。
「光に群がる習性を持つ、私たち、ヤママユガ人族のための光る花を!」
夏場の自販機に群がってるヤツだ、ヤママユガ!? 蛾だね、蛾!
光に集まってくるよね!?
「けれど……最近は、そんな目的もどうでもよくなっていて…………成果の出ない私の研究を『すごいすごい』って応援してくれる彼の役に立ちたい……そればかり考えるようになって…………」
照れたような、自嘲するような、複雑な笑みを浮かべウェンディは呟く。
「だからですかね、うまくいかないのは……こんな浮ついた気持ちじゃ…………彼の力になることも、夢を叶えることも…………出来ない……ん、でしょうかね……」
蛾が群がる花を作りたいって夢と、困窮するレンガ工房を立て直す起死回生の大逆転劇を演出すること…………
それが今求められているものなのだとすれば……
「『花を』光らせる必要はないんじゃないのか?」
「え?」
ふむ。
これはいい。
これは…………金の匂いがプンプンする。
「すべて、俺に任せてくれないか?」
「え…………英雄様……まさか……」
「俺がなんとかしてやる」
「あ…………はい……」
ウェンディの瞳に涙が溜まっていく。
自分ではどうすることも出来ず、かといってセロンを諦めることも出来ず、行くも戻るも出来なくなっていたウェンディ。
誰かにすがりつきたかったが、誰にも頼ることが出来なかったのだろう。この研究所には、他に人の気配がない。一人で頑張ってきていたのだ。
そして行き詰まり、途方に暮れ……そこで英雄に出会う。
英雄って柄じゃないが……俺の存在がウェンディを動かした。前にも後ろにも動けなかったウェンディの足を一歩踏み出させたのだ。
そして、フラフラと俺を追いかけてきた…………そして、協力を取り付けた。
ウェンディよ。
幸運ってのは、黙っていても転がり込んでは来ない。
自分から動いて掴み取りに行くものだ。
お前が足掻き続けてきた十七年と一年は、決して無駄じゃなかったってことだ。
お前は俺を動かした。
なら、俺がお前の望みを叶えてやろう。
「俺に、任せてくれるな?」
「……はい。よろしく、お願いします……っ!」
その後、少しの間話をして俺は研究所を後にした。
やけに大人しいと思っていたら、ロレッタは俺の背中で眠ってやがった。
……のんきなヤツだ。
ま、いいさ。…………ウェンディのところでちょっとしたイタズラを仕掛けておいたからな。
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