「まったく君は、とんでもないものを持ち込んでくれたね」
日中、ウーマロが建てる柱の位置や高さの調整を含めた現場の下見をしていると、不意にエステラに声をかけられた。
眉をハの字に、唇をヘの字に曲げ、胸はIの字に真っ平らだ。
「……Iの字」
「やかましい」
流れるような動作で眉間を押してくる。
やめろ、お前。俺は鼻の付け根付近に人差し指を向けられるとなんか鼻がムズムズするタイプの人間なんだからな! えぇい、鼻がこそばゆい!
「なんの話だよ?」
「ブーブークッションさ」
またその話かよ……
もういいだろう。これでもかってたっぷりと懺悔させられたし、現物は没収されたんだから。
「没収された物がボクのもとに届けられてね」
「あぁ、今アレお前んとこにあるのか」
「……ナタリアが面白がっちゃって」
「うわぁ……」
「現在、給仕たちの間で大流行してしまっているんだよ……」
重い、重ぉ~いため息だった。
相当厄介なことになっているようだな。
「先輩給仕が後輩に仕掛けて、その後輩がさらに後輩に仕掛けて、今は下克上が流行り始めていてね……」
「物凄い速度で広まってるな。届いたの、昨日の夜だろう?」
「真相が分かる前に一人でも多く引っ掛けてやろうって精神がね……」
ネタバレした後じゃ誰も引っかからないもんな。
やられたヤツは悔しいから必死になってまだ事情を知らないやつに仕掛けてるってわけか。
女子たちの戦い、恐ろしい。
「女の子同士の他愛もない戯れで済んでいるうちは、まぁ、大目に見ないでもないけどさ……日中は来客もあるからさ……さすがに来客や殿方の前での失態は困るんだよね……」
「って言いながら俺を睨むんじゃねぇよ。流行らせたナタリアに責任を取らせろ」
領主の館でのブームは俺のあずかり知らないことろだ。俺の領分じゃない。
つか、もうブーブークッションには関わりたくない。
あと、女子同士が化かし合う魔窟に足を踏み入れたくない。
女子高とか女子寮とか、そういうのは外から勝手な妄想で美化しているくらいがちょうどいいのだ。
……現実なんか知らない方がいい。
「せいぜい、来客の前で引っかからないように気を付けるんだな」
「ボクは大丈夫だよ。ネタさえ知っていれば警戒も出来るし、そばにナタリアもいるからね」
給仕長は、常に領主のそばに控えて領主の命と尊厳を守っている。
とても頼りになる有能な存在だ。
だが、有能だからこそ……
「ナタリアに仕掛けられないように気を付けろよ」
「……それが一番怖いんだよね」
ナタリアが仕掛けるとなると、実に巧妙な偽装工作をしそうだからなぁ。
ブーブークッション最大の弱点『あからさまな膨らみ』すらもうまくカモフラージュしてしまいそうだ。
「それでね、ヤシロ」
少し俯いて、軽い上目遣いで俺を見上げるエステラ。
なんだよ。急にやめろよ。ちょっとドキッとするだろうが。
「今日さ……、リカルドが来るんだよね」
「使用を許可する」
「よしっ!」
すげぇ力強いガッツポーズだった。
そんなにやりたかったのか。
というか、没収されたんだから自由にすればいいのに。
あぁ、そうか。共犯者が欲しかったんだな。曲がりなりにも他区の領主にくだらないイタズラを仕掛けることに対して。ナタリアたちは部下になるからエステラの決定には逆らえないし、その際の責任はエステラ一人のものだ。
そこで俺を巻き込んだのか。
まったく、したたかな……
ま。リカルドだし問題ないだろう。
「けど、絶対悔しがって、誰かにやりたがるだろうね」
「もうすでに没収されたものだから売ってやってもいいぞ。ただし、四十二区での使用は教会に禁止されているから、領主の館以外では使うなって言っとけよ」
「ボクの館でも使わせないよ。売った瞬間禁止してやる」
自分は使うくせに。
権力の悪い利用法だな。教科書に載せたいくらいだ。
「売り上げはハロウィンの経費に当てるよ。打ち上げが豪華になるかもね」
そりゃいい。
是非その資金を陽だまり亭に回せ。
原価はクッソ安いのに豪華に見える料理を存分に振る舞ってやろう。
あ、原価といえば。
「綿菓子をやるらしいぞ」
「あぁ、あれは可愛いからハロウィン向きかもね」
いや、全然ハロウィン要素ないけどな。
せめて着色して、パンプキンの形にでもするかな。
綿菓子は『BU』の連中を招いた宴以来だが、ノーマが地道に改良を重ね量産化に成功している。
ルシアあたりに売り込めば気に入って買って帰るかもしれないな。
「あぁ、そうだった。宴で思い出したよ」
エステラもあの宴のことを思い出していたのだろう、連鎖するように何かを思い出したようだ。
そして、懐から一通の手紙を取り出す。
「マーゥルさんから、恨みの篭った熱烈なラブレターが届いていたよ」
「そんな禍々しい物を持ってくるんじゃねぇよ……」
嫌々ながらも受け取って手紙を広げる。
そこに並ぶ文字は、領主の整然とした文字ではなく、可愛らしい丸文字だった。……文字まで使い分けてるのか、あのオバサン。器用と言うか、凝り性というか……仮面を被るのがうまいと言うか。
手紙には、『何か面白い催しをするらしいけど……私、聞いてないわよ?』という内容のことが遠回しな表現でびっしりと書き込まれていた。
行間を読めばそれは、『招待しろ』という内容に帰結した。
……ドニス経由で情報を仕入れやがったな?
ルシアがドニスと海産物を使用した麹について会談するって言ってたし、その席で自慢でもしやがったのだろう。オバケ話大会で最優秀賞とかやっちゃったからなぁ……自慢しそうだよなぁ、ルシアなら。
迂闊だった。
まさかこんなに早く情報が回るとは……
終わってからなら、「じゃあまた来年な☆」って誤魔化せたものを!
「エステラ。濃いメンバーの入区制限の法案、早く通してくれよ」
「『BU』総出で反対されたら、抗うのは難しいかもね」
マーゥルが反対したら、弟のゲラーシーとアホのドニスが加担するだろうし、他の『BU』メンバーはドニスとマーゥルを敵に回してまで対立するような度胸はない。トレーシーに至ってはエステラに会えなくなる可能性は進んで潰しにかかってくるだろう。
……ダメだな。外交圧力にとことん弱い最弱四十二区では太刀打ちできん。
「……今回はVIP席なんかないからな?」
「その辺はしっかり伝えておくよ」
「本番を楽しみたいなら下見に来とけって伝えといてやれ」
「そうだね。まだ準備段階だけど、もうすでに楽しい雰囲気になっているし、こういう街の飾りは、本番じゃじっくり見て回れないかもしれないもんね」
通りにある細工の細かいハロウィン飾りを指でなぞるエステラ。
それはベッコの作品だな。想像から架空の生き物を生み出す練習とやらが功を奏したようで、なかなか面白みのある飾りになっている。
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