異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

68話 祭りの夜 -1-

公開日時: 2020年12月5日(土) 20:01
文字数:2,956

 日が落ちて、隣を歩く人の顔がおぼろげにしか見えなくなる頃、祭り会場に明かりが灯された。

 道の両側に並べられたロウソクに火が入れられたのだ。

 蝋で作られた巨大な灯篭。一晩中燃え続けてくれるであろう巨大さだ。


 人の流れに合わせ、ゆらゆら揺れる温かいオレンジの炎が祭りの会場を明るく照らし出す。


「綺麗……ですわ」


 夜道にズラリと並んだ炎の列に、イメルダがため息を漏らす。

 確かに壮観だ。

 先ほどまで食い物に夢中だった祭り客たちも、今は灯された炎の美しさにしばし時間を忘れて見惚れている。


「どうだ。この道の明るさは」

「なかなかのものですわね」

「じゃあ、木こりギルドの支部もこの通りに……」

「でも、祭りが終われば明かりは灯らないのでしょう?」


 う……痛いところを突いてくる。

 そこは有耶無耶な感じで「まぁ、綺麗! ワタクシここに住みますですことよオホホホ」とか言ってりゃいいものを!

 今、目の前に広がるこの光景はお気に召したようではあるが、これだけで支部の場所を了承するつもりはないらしい。

 ニュータウンの綺麗な街並みを気に入り、そこに住みたいというイメルダの気を変えさせるのはなかなか難しそうだ。


 ……ま、こっちには切り札があるけどな。


 その切り札を知るエステラも、イメルダの発言には興味を示さずどこ吹く風だ。余裕を感じるね。

 もっとも、こいつは木こりギルドが四十二区にさえ来てくれれば、支部の場所がどこになろうが構わないという立場の人間だ。敵ではないが頼りにも出来ない。

 

 ちなみにこのロウソク、少し特殊な加工がしてあってちょっとやそっとでは消えない。

 ロウソクの芯を取り囲むように、繊維を編んだ平らな布が巻かれており、上から見ると『◎』のような形にしてある。これにより、ロウが染み込んだ芯と周りの布が同時に燃え、ちょっとやそっとでは消えないようになり、炎も大きくなる。

 消す時は、鉄製の蓋をポンと被せてやればすぐに消える。本当に一瞬だ。

 ロウ製の灯篭にそれぞれ蓋を設置してあるので、それを取って「ぽん」――以上で消火は完了する。明るく丈夫で、且つ安全なロウソクなのだ。


「この灯篭、ウチにも欲しいですわね」

「定期購入してくれりゃあ、ベッコが喜ぶぜ」

「その代わり、父君は悲しむと思うけどね」


 当然、それだけよく出来た灯篭なのでお値段もそれなりだ。

 しかも、火力が強いので一晩しかもたない。

 家で使うのならば、毎日買い換える必要があり、さすがの木こりギルドも財政を圧迫されることになるだろう。


「それで、メインイベントはいつ始まりますの?」

「もうすぐだ。今は、夜の出店を楽しもうぜ」


 明かりに照らされることで、まるで別世界にいるような錯覚を覚える。

 昼間散々食ったものでもこうして見え方が変わると、また美味しそうに見えてしまうから困る。財布の紐が緩むのも納得だ。


「ワタクシ、もう二枚ほどお好み焼きが食べたいですわ!」

「おい、ミス計画性!」


 こいつほど無計画な人間もいまい。


「夜になると見え方が変わって、昼間いただいたものもまた違った美味しさになる気がします。フランクフルト四十本ください」

「よっ!? 四十!?」


 パウラの店で、この後すぐにメインイベントが控えているはずのシスターが食い意地を発揮している……いたよ、イメルダ以上の無計画……


「エステラ、アレを教会へ連れて行って、そのままお前も準備にかかってくれ」

「分かった」


 エステラが山盛りになったフランクフルトに歓喜の声を上げるベルティーナに向かって歩き出す。

 ……が、すぐに立ち止まり、こちらを振り返った。


「頑張るから、ちゃんと見ててよね」


 などと、女の子っぽい言葉を俺に放つ。


「お、おう……、見てる」


 なんだ、このちょっと甘酸っぱい感じ。

 そりゃ見るっつうの。

 メインイベントが成功するかどうかで、今回の祭りの是非が問われるといっても過言ではない。このためにこれまで駆けずり回ってきたんだ。

 だから見るよ。見るけど……なんか、そう言われると、ちょっと違う目線で見ちゃうだろうが。……まったく。


 エステラが、激しく抵抗するベルティーナを引き摺って教会へ向かうのを見送って、俺はイメルダと共に陽だまり亭へと向かった。

 ジネットたちも、ちゃんと仕事を切り上げてイベントの準備に向かっただろうか?

 最悪の場合、俺が店番を引き継いで……


 ……なんてことを考えていたのだが。


「お姉ちゃんたち、もう行っちゃったよー」

「お店、食べ物、売り切れー!」

「今はただの休憩所ー!」


 それは、衝撃的な発言だった。

 なんと、用意した材料が底を突いていたのだ。完売、売り切れ、閉店ガラガラだ。

 なんてことだ……俺が、読み間違えるなんて……

 こんな稼ぎ時に在庫が足りなくなるなんて……悔やまれる! 三日三晩うなされる勢いで後悔の念が押し寄せてくる。

 この十分、一時間でどれだけの利益を上げられたことか……


「店長喜んでたよー」

「大喜びー」

「みんなでバンザイしたー」

「お客さんもバンザイー」

「時間に余裕が出来て助かったって、ウチのお姉ちゃん言ってたー」

「マグダ師匠も言ってたー」


 聞けば、屋台の方も早々に売り切れてしまい、マグダとロレッタも陽だまり亭に戻ってきていたらしい。

 四店舗中三店舗でソールドアウト……おぉう……


 けどまぁ、おかげでバタバタせずに済んだと思えば……まぁいいか。

 それに……そっか。ジネット、喜んでたのか。


「店長、売り切れ初めてだってー」

「おじいちゃんみたいって言ってたー!」

「おじいちゃん売り切れー!」

「売り切れジジイー!」

「いや、違うぞ。ジジイが売り切れたわけじゃないからな?」

「ジジイー!」

「売り切れー!」

「「「売り切れジジイー!」」」

「いや、だから……まぁ、いいや、もう」


 ジネットが店を引き継いでからずっと、大量の在庫を抱え続けていた陽だまり亭。

 俺が来るまでは余った食材を大量に廃棄していたと言っていた。

 その度に、ジネットは寂しい思いをしていたことだろう。


 頑張っても売れない。

 努力しても、その努力を見てくれる人がいない。


 それは、とてもつらいことだ。

 よく心が折れなかったなと思う。


 そこで折れなかったからこそ、腐らなかったからこそ、陽だまり亭はここまで来たのだ。

 今日の大繁盛からのソールドアウトは、ジネットの目にどう映ったのだろうか。

 ジネットの心を、どんな風に震わせたのだろうか。


 きっと、つらい思いはしていないはずだ。それよりもむしろ……


「だったら、まぁ……完売でもいいかな」


 今回は、勉強だったと思おう。

 この教訓を次回に活かせばいいのだ。

 そうだ、こいつはある種の投資だ。得難い経験だ。


「ヤシロさん。ここでメインイベントを鑑賞いたしますの?」


 陽だまり亭は、子供連れやお年寄りでごった返していた。……相当疲れてるんだろう。休憩している客たちはみんな椅子から立ち上がらない。

 ここにいちゃ邪魔になるかな。


「いや、教会の方へ行こう。そこが一番見応えがある」


 灯りの行進は教会を中心に東西からやって来る。

 教会で鑑賞するのが最も壮観だろう。



 ドーンッ!



 と、遠くで一発、太鼓の音が鳴り響いた。


「ヤベ、もう始まる!」

「え、今のが合図ですの?」

「あぁ。ちょっと急ぐぞ!」

「え、あ、ちょっと!」


 イメルダは何か反論しようとしていたようだが、強引に手を引いて歩き出すと静かになった。

 黙って俺についてくる。


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