異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加33話 噛み合う歯車 -3-

公開日時: 2021年3月31日(水) 20:01
文字数:3,360

「ヤシぴっぴ! 遅ぇよです!」

 

 ……ちっ。こっそりフェードアウトしてやろうと思ったのに、モコカに気付かれてしまった。

 

「もっと前に出やがれください!」

 

 なんだ、モコカ。俺までコントロールする気か? 生意気な。誰がお前の好きなように操られるかよ。つか、これ以上速く走れるか! 限界だっつうの!

 俺、ここら辺で待ってるから、お前らだけで行って折り返してこいよ。あとで合流するから。

 

「……仕方ねぇですね。こうなったら……師匠直伝、『Bでも寄せれば谷間はDカップ!』」

 

 モコカが両肘を締めて胸をぎゅむっと寄せ、前傾姿勢になりながら体操服の襟元をぐぃ~んと引き下げた。

 瞬間、ちらりと見える見事な谷間!

 

「ごめん、もうちょっと詳しく!」

 

 思わず追いついちゃったね!

 え、なに?

 その技、どこで覚えてきたの!?

 

「英雄……お前ぇ、ホントしょーもねーな」

「うるさい! 谷間と下乳・横乳には無限のパワーがあるのだ!」

 

 というか……『師匠直伝』って……ベッコが教えたのか?

 

「さすがだぜですね、レジーナ師匠」

「あいつかよ!? つか、いつ弟子入りしたんだ、あんなイロモンに!?」

 

 こいつが師事するのは変態ばっかりか!?

 しかし、今回はいい仕事をしたなレジーナ!

 

「ほら、ぼやぼやしてねぇでターンの準備しやがれですよ!」

「ターンってどうやるんだ?」

 

 バルバラには『手加減』とか『力調節』なんてもんは期待できない。

 さぁ、どう出るモコカ?

 

「おサルさんはちょっと右にズレてそのまま全力で前進しやがれです! ヤシぴっぴはセンターで大玉が飛び跳ねないように上の方を押さえておきやがれください!」

 

 そして、400メートル地点のパイロンが迫る。

 

「おサルさん、全力だぜです!」

「おぉよ!」

 

 バルバラが全速力で大玉を押す。

 勢いに押されて浮き上がろうとする大玉を俺が必死に抑えつける。

 そしてモコカは――

 

「曲がりやがれぇぇぇえぇええでぇぇぇえす!」

 

 大玉の前へと回り込み、バルバラとは反対側の下方に手を添えて回転を加える。

 大玉に横方向の回転が加わり、地面を擦りながら小さな弧を描いて大玉がパイロンの周りをターンする。

 

「そしたらおサルさんは真ん中! ヤシぴっぴは離れて死ぬまで全力疾走だぜです!」

「よっしゃぁああ!」

「ふざけんなぁあ!」

 

 モコカの指示に、俺とバルバラが同時に速度を上げる。

 

 そう。モコカの言う通りに。

 

 俺たち第三走者は……いや、このレースの白組は、モコカが動かしている。

 状況を把握し、自ら行動し、そして他人をも意のままに動かす。

 それらは、一流の給仕に求められることだ。

 

 そして、これまでのモコカに足りなかったものだ。

 

 そしてさらに言うなら、こ~んな面倒くさい思いをしてまでモコカとバルバラを焚きつけた理由でもある。

 マーゥルに頼まれてしまったのだ、モコカに足りない部分であり、給仕に必要な部分を、モコカにでも分かるように教えてやってほしいと。

 

『モコカちゃん。とっても可愛くてお気に入りなんだけれど、給仕としての技量が上がらないのよねぇ……奔放なのは長所だからそこは残してあげたいし、私が直接言うと……ねぇ?』

 

 ……だから、『ねぇ?』をやめろってんだよ、ババアどもめ。

 どいつもこいつも「察してね」みたいな顔をしやがって。

 

「おい、アブラムシ! 本当に全力でいいのか!?」

「問題ねぇですから、余計なことは考えずにただ突っ走りやがれです!」

「でも、待機列にはムム婆さんやかーちゃんがいるんだぞ!? こんなスピードで突っ込んだら……!」

「その大切な連中様たちに、勝利の瞬間をプレゼントしたくねぇのかですか!?」

「やっぱ危険だ!」

 

 一瞬、大玉の速度が落ち、その瞬間モコカがこれまで見せたこともないような感情を露わにする。

 

 

「私を信じやがれです!」

 

 

 その声を聞いて、俺は自然と口角を持ち上げていた。

 感心半分、呆れ半分だ。

 

 モコカは今変わろうとした。だが、こいつはどこまでもまっすぐ過ぎる。

 給仕長に必須の『毒』を、まだ持っていない。

 そこくらい、俺が手を貸してやるか。

 

 イネスとデボラの給仕長ズに何かを吹き込まれたのは確かだろうが、こいつはきちんと『自分から』殻を破ろうと努力した。だから、そのご褒美だ。

 

「あ~ぁ、こりゃ負けたな」

 

 死ぬ気で速度を上げて、バルバラの隣に並び、そして最大限に見下した視線を向けてやる。

 

「約束したことすら守れない『嘘吐きお姉ちゃん』は、一番も取れない『負け犬お姉ちゃん』なんだな!」

「……ん、だと?」

 

 もっとスマートに決めたかったが、すでに心拍数が限界に近い。脳に空気が回っていない。

 勢いだけで乗り切るしか術がない。

 

「姉貴がこれじゃ、妹もたかが知れてるよなぁ!?」

 

 安い挑発だが、アホのバルバラにはこれくらい分かりやすい方が効くだろう。

 

「ふっ…………ざけんなぁ!」

 

 ドン! ……と、バルバラが一気に速度を上げる。

 

「アーシは負けねぇし、嘘吐きでもねぇ! そして、テレサは……シェリルもっ、めっちゃ可愛いんだっつーの!」

 

 バルバラが、残った体力のすべてを脚力に注ぎ込んだんじゃないかってくらいの加速を見せる。

 お前、人智は超えるなよ! あぁ、くそ! お前も獣人族なんだよな! それも速度に自信があるタイプの!

 

「テメェも約束は守れよ、アブラムシ! 絶対、ムム婆さんとかーちゃんを守れよ!」

「愚問だぜです」

 

 ぐんぐんゴールが近付き、アンカーの『壮年』チームが迫ってくる。

 いや、こっちがジジイババアに迫っていってるんだけども。

 

「止めてみせろぉ、アーシの全力をぉおお!」

「よしっ、今だぜです! ヤシぴっぴ! 横で揺れてるおっぱいを揉みしだきやがれです!」

「いや、それ犯罪だから!」

 

 モコカの言わんとするところを察し、俺はバルバラにタックルを喰らわせる。

 突然真横から衝突されたバルバラが、俺の体もろとも地面へと転がる。

 要するに、最後まで全力で来られたら止めきれないから、バルバラの動きを止めてくれってことだろ?

 このバカは、ゴール手前で速度を落とすとか大玉を止めるとか、そういう調整がクッソ下手だろうしな。

 ギリギリまで全力を出させて、強制排除するのが一番ロスが少ない。

 

 ……のは分かるが、「揉みしだけ」はねーだろ。

 

 …………そして、なんで俺は取り囲まれてるんだろうか?

 なぁ、答えてくれるか、エステラ、ナタリア、ノーマにデリアにマグダに、ほっほ~ぅ、メドラまでいるのか。よかった、酸素の回ってこない脳が早まった判断を下さないで。

 

「……ててて……なんなんだよ、英雄?」

「モコカの作戦だよ」

「作戦?」

「ん」

 

 俺は俺で、転倒のダメージと、無茶な全力疾走でもうガタガタだ。

 アゴをしゃくってあとは自分の目で確認しろと丸投げする。

 

「おぉ! なんか、すげぇぶっちぎりじゃねぇか!」

 

 痛む体をひねってコースを見ると、白組のムム婆さん率いる近所のしわしわ仲間が「えっさほいさ」と息を合わせて大玉を転がしていた。

 第二走者で躓いた黄組と青組、そして第三走者へのバトンタッチで盛大に事故った赤組との差は歴然で、白組のジジイババアが揃ってぽっくりいかない限り、このリードは縮まらないだろう。

 年寄りの冷や水はどのチームもお互い様だし……こりゃ、勝ったな。

 

「あ~ぁ……ったく」

 

 再び地面に倒れこみ、誰に憚ることなく大の字で寝転がる。

 実に面倒くさいミッションだった、マーゥルの頼みは。

 けど、まぁ。

 

 なんでかなぁ。

 悪くない気分だ。

 

 爽やかな青春の汗の影響か?

 この晴れ晴れした気分は。

 それとも、『自分を信じろ』と言ったモコカの声が、しっかりと給仕のそれになっていたって確信できたからか?

 

 まぁ、なんだっていい。

 とにかく、このレースはいただきだ。

 これだけの苦労をさせられて一位が取れなきゃ割に合わん。

 

 

 徐々に脳に酸素が戻ってくる。

 

 ジネットが声を張り上げてムム婆さんを応援している。

 白組の連中がやけに盛り上がっている。

 隣に転がっていたバルバラが立ち上がり、飛び跳ねて、そして駆け出していく。

 

 あぁ、そうか。

 きっと勝ったんだろうな。よしよし。

 

 あいにくと、こっちはもう体を起こす気力も残ってねぇ。

 ……吐きそうだ。

 一瞬だけ心臓外せないかな?

 

 空が青く、風が心地よく――

 酸素を得た脳で俺は少しだけ考えた。

 

 揉みしだくのはさすがにダメだろうけど……ドサクサに紛れて一揉みくらいはしてもよかったんじゃないだろうか……実に惜しいことをしたもんだ。うん。

 

 

 

 

 

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