「じゃあ、次はタコスだ。トルティーヤは教会の定める『パン』には分類されない。そうですね、ベルティーナさん」
「…………もくもくもくもく(こくり)」
……どんだけ、ポップコーンに夢中だよ。
八十年代のアメリカかぶれ世代か。フリスビーとかアメリカンクラッカーとかにハマってた時代か。
まぁいい。この人は食べること以外には無関心なのだ。
なら、料理が出来るまでは静かにしていてもらおう。
「ジネット、葉物の野菜を持ってきてくれ」
「はい」
モーマットから購入したレタスと、角切りにしたトマトをトルティーヤに載せ、ひき肉のそぼろをこれでもかとのっけて、具を包むようにトルティーヤを巻く。そして、サルサソースにつけて齧りつく。
……うん! 即席にしては上出来だ。
「いただきましょう」
真っ先に手を伸ばしてきたのはベルティーナだった。
この人の胃袋は本当にどうなっているのだろうか?
あと、「慎ましい」って言葉を誰かに教わってきてほしいと切に願う。
つか、長いこと教会を留守にしてるけど、子供たち大丈夫なんだろうな?
ベルティーナに続いて、ヤップロックが手を伸ばす。
やはり、自分の作ったトウモロコシがどのような料理に化けたのか、気になるのだろう。
「これは…………あのトウモロコシがこんな豊かな味に……」
「美味しいですね、あなた」
「おいちぃー!」
この一家には好評なようだ。
「……ん?」
視線を感じ顔を向けると……トットが羨望の眼差しで俺を見つめていた。
キラキラと瞳から光を放っている。
……やめろ。そんな目で見るな。俺に憧れても行く末は詐欺師だぞ。
「ヤシロさん。これを、陽だまり亭のメニューに加えるつもりなんですか?」
「そうだが……不服か?」
「とんでもありません!」
ジネットのテンションが物凄いことになっている。
顔をグッと近付け、俺の両手を握り、一歩二歩三歩と俺にグイグイ接近してくる。
近い近い近いっ!
「こんなに美味しいものがメニューに加わるなんて、わたし、感激ですっ!」
「そ、そうか……それはよかった。分かったから、ちょっと落ち着け……」
ぐいぐい押されて、俺は壁際へと追いやられていた。
これでジネットが壁に手をつけば、見事な壁ドンだ。……立ち位置は逆だがな。
「え………………はっ!? す、すみませんっ!」
自分の状況を顧みて、ジネットは顔を真っ赤に染める。
慌てて飛び退き、俺から必要以上に距離を取る。
小動物が逃げていく速度だ。
「す、すす、すみませんでしたっ、は、はしたない真似を……っ!」
「いや、まぁ……それだけ喜んでもらえたんだと思えば、悪い気もしねぇよ」
むしろ、ちょっとラッキーだったくらいの気持ちでいっぱいだ。
だが、ジネットが照れまくっているのはどうも居心地が悪い。話を逸らして、ジネットがクールダウンする時間を稼いでやろう。
「エステラはどうだ?」
「うん。悪くない」
上から目線だな、こいつは。
「焼き鮭に合いそうだね」
「それはねぇよ」
日墨合作料理かよ……ちなみに、『墨』は『墨西哥』で、『メキシコ』のことだ。
「マグダ。お前はどうだ?」
「……食べていない」
「ん? 口に合わなかったか?」
「……お腹、いっぱい」
まぁ、あんだけポップコーンを食ってりゃな。
タコスを食べるみんなの顔を見るに、評判は上々のようだ。
大絶賛されるよりも、長く、頻繁に食べたいと思われるポジションに収まってくれるのが理想だな。
タコスの形式をとらなくても、トルティーヤだけで主食としてもいい。
ご飯がメインで、たまにトルティーヤ。時々お好み焼きと、こんな感じでいいだろう。
「さて……と」
エステラやヤップロック一家、そして大ボスベルティーナまでもが満腹感をその表情に表し始めた頃、俺はもう一度フライパンにバターを落とす。
「ヤシロさん、まだ何か作るんですか?」
俺の行動を見てジネットが驚きの声を上げる。
「ボクたちは、もう何も食べられないよ」
エステラがシンクにもたれかかりながらダルそうな声で言う。
腹をさすって、少しでも胃を落ち着けようとしているようだ。
エステラの向こうで、ベルティーナが賛同するように首を縦に振る。
「それに、そろそろお暇しないと……教会の子供たちが心配です……」
おい、どの口が言ってんだ!?
ここまで思うがままに食い意地を発揮してきたくせに。
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