異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

163話 早朝の出発 -2-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:3,704

「硬いパンは嫌だとか、ミリィたんがいなきゃ乗らないとか、そんなしょうもないわがままはDカップになってから言ってください」

「胸は関係ないだろう、ナタリア!?」

「そうだぞ! 少し大きいからといって、調子に乗るでないぞ、給仕長!」

「少しではありません、かなり大きいのです。分かりましたか、乳なき子」

「「あるわっ!」」

「仲良くしろよ、お前ら……」

 

 領主の館に着くと、庭先で領主と給仕長が二セット、面白おかしく騒いでいた。

 朝っぱらから元気だなぁ、こいつらは。

 

「おや、ヤシロ様。おはようございます。乳なき子たちも準備は整っておりますよ」

「家なき子みたいに言うなよ」

 

 まぁ、何があってこうなったかは、悲しいかな、言われなくても想像がつくけどな。

 

「何かとわがままが多い、領主という人たちは。すごい思う、私は、ナタリアさんの毅然とした態度を。見習いたい思う、給仕長として、私も」

「ギルベルタやめろ。ナタリアが増えると、さすがの俺も対処に困る」

 

 黙って仕事してさえいてくれれば文句ない人物なんだけどなぁ……黙っていられないんだよな、こいつは。

 

「ねぇヤシロ、聞いてよ。ナタリアは、こんな硬いパンが朝食だって言うんだよ? 馬車の中でこれを食べろって」

「パンが食べられるだけありがたいと思ってください。エステラ様は最近贅沢過ぎます」

「領主なんだから、食事くらい豪勢にいきたいじゃないかっ!」

「お太りください、エステラ様!」

「胸元なら大歓迎さ!」

 

 ……こいつらは、毎朝こんなにテンションが高いのか?

 

「ジネットからの差し入れがあるぞ。それで機嫌を直せ」

「ホントにっ!? やったぁ!」

 

 デカいバスケットを見せると、エステラが残像が残るくらいの速度でこちらに急接近してきた。

 人智を超えんじゃねぇよ、軽々しく。

 

「……ビーフカツ、かな?」

 

 喜色に満ちていたエステラの顔が、一瞬だけ曇る。

 さすがに、昨日嫌というほど食い続けたビーフカツは御免らしい。

 

「朝になって反省の色が見えていたから、中身は普通の弁当だと思うぞ」

「でかしたよ、ヤシロ!」

 

 バスケットを持つ俺の手を両手で握りしめ、ぐぐっと身を寄せてくるエステラ。

 何がでかしただ。えらそうに。

 

「朝食をダシに、いちゃいちゃしないでください」

「そっ、そんなつもりじゃないよっ!」

 

 ナタリアの指摘に、エステラの顔が瞬間沸騰する。

 手も離し、必要以上に俺との距離をとる。

 

「しかし、店長さんのお弁当があるのでしたら、パンは置いていった方がよさそうですね」

 

 そう言って、馬車に積んであったカゴを持ち出すナタリア。

 カチコチのパンがカゴの中で音を鳴らす。

 

「わざわざ降ろさなくても、置いとけばいいだろ。途中で食うかもしれないし」

「いえ。馬車で向かう以上、疑わしい物は持ち込まない方が賢明かと思いますので」

「疑わしいもの?」

 

 なんだ? パンが爆弾にでも見えるってのか?

 

「もう忘れたのか、カタクチイワシよ。『BU』の収入源を」

 

 そう言われて、ようやく思い出す。

 あぁ、なるほどな。

 

「パンを大量に持ち込むと、関税がかけられかねないってわけだな」

「そうだ。特に、今回のように、目の敵にされている状態では、どんな嫌がらせをされるか分かったものではない」

 

 俺たちをやり込めようとわざわざ呼びつけた連中だ。

 馬車の中の荷を調べてちまちまと関税をかけるくらいはやりかねない。

 

「関税をかけられる程度なら可愛いものだが、あえて関税をかけずに後から『脱税だ』などと騒がれては厄介だからな」

「脱税?」

「『BU』を通過した物品で、『BU』の関税がかけられていない物を売買すると脱税になって、後から高額な罰金を請求されるんだ」

 

 エステラの説明に、背筋が寒くなる。

 

 俺……以前、街の外から持ち込んだ香辛料を二十九区と、その周辺の区で売りさばこうとしたことがある。

 あの時は、『強制翻訳魔法』のせいで、その香辛料が盗品だとバレて誰も買い取ってはくれなかったのだが……もし売買が成立していたら後から脱税とか言われて多額の罰金を払わされていたかもしれないのか……

 盗品を売りさばいて脱税で罰金…………詰んでたな、こりゃ。よかった、誰も買ってくれなくて。

 思いがけず、精霊神に救われていたってわけか。……なんか悔しいな、くそ。

 

「売買の意思がなくとも、まとまった数を持ち運べば『嫌疑』をかけられてしまう。まったく、面倒くさい街だ、『BU』は」

 

 腰に手を当て、ルシアが嘆息する。

 領主として、何かと『BU』と関わりがあるのだろう。その顔には『BU』に対する面倒くささが染みついていた。

 

「ともかく、全員が揃いましたので出発いたしましょう。ルシア様、本日はエステラ様以下、我々まで同乗させていただきありがとうございます。謹んで、お礼申し上げます」

 

 慇懃な態度で、ナタリアが深々と礼をする。

 すげぇ。まるで偉い人に仕える責任者のようだ。

 ……うん、領主のところの給仕長なんだけどな。

 

 ルシアも、その想いは汲み取りつつも、整った顔を軽く歪ませる。

 

「よせ、給仕長。今さら形式ばった付き合いなど求めたりはせん。普通にしていろ」

「ルシア様……」

 

 心持ち砕けた表情を見せるルシアと、それを見つめるナタリア。

 四十二区と三十五区は、いい意味で近付いたのだろう。

 

「私、普段家に居る時は全裸で……」

「さぁ、馬車に乗ろうか!」

 

 ナタリアとルシアの間を通り、俺は馬車へと乗り込む。

 この会話はここで終了! 強制終了だ!

 誰がそこまで普段通りにしろと言ったか!

 

「おい、カタクチイワシ! 貴様はきちんと礼を尽くせ! 私は領主だぞ!」

 

 なら、領主らしい振る舞いを心がけろと言いたい。

 ここ最近は、俺の前では痴態しかさらしていねぇじゃねぇか。

 

「よし、俺が上座に座ってやろう」

「貴様! 領主を差し置いて!」

「ヤシロ、ボクも一応領主なんだよ。断りもなく上座に座るのはどうなのかな!」

「やかましい、胸の順だ!」

「「負けてないわっ!」」

 

 狭い馬車の入り口に俺とアホの領主二人が殺到してつっかえる。

 くそっ、なんて品の無い貴族共だ! 教会のガキと同レベルじゃねぇか!

 

 こうなったら、意地でも上座に座ってやる!

 一番奥の、進行方向を向いた方の、窓際に!

 

「ギルベルタさん」

「何かと問う、私は。ナタリアさんに」

「引っ張り出してください」

「了解した私は」

「強めに」

「心得ている、私は」

「「「ぅぉおおっ!?」」」

 

 俺たちの服が割と強めに引っ張られる。

 遠慮も手加減も無しだ。

 

 俺は地面へと倒され、その上にエステラ、ルシアが覆い被さってくる。

 退け! 重い!

 

「まったく……嘆かわしいですよ、皆様」

「まったく思う」

 

 倒れる俺たちを給仕長二人が見下ろしている。

 

「男女がもつれ合って転倒したというのに、なぜ顔がおっぱいに埋まらないのですか!?」

「そこなのかい、君が嘆いているポイントは!?」

「仕方ない思う。領主二人の大きさでは起こり得ない、『埋まる』という現象は」

「やかましいぞ、ギルベルタ!」

 

 それぞれの給仕長に怒鳴り散らす領主。

 ちゃんと躾けていないからそういうことになるのだ。

 ……くそ、どっちもまともじゃない。まともな人間が一人もない。

 

「俺がしっかりしなきゃ、『BU』との交渉で酷い目に遭いそうだ……っ!」

「もともとは貴様がふざけたからだろうが! その結果がこれなのだぞ、カタクチイワシ!」

「まったく……出発前からこれじゃあ、先が思いやられるよ」

 

 立ち上がり、服の砂を払い、改めて馬車へと乗り込む。

 やれやれ。ようやく出発だ。

 

 一応、馬車の持ち主に気を遣い、上手にルシア、二番目にエステラ、そして、俺の順で座った。

 ナタリアとギルベルタは俺たちの向かいの席、進行方向とは逆向きの席へと腰を下ろす。こいつらはいつも下座だ。

 ルシアが上座にいるからか、ギルベルタが下座へと座っている。

 

「ドアの開閉を行う、私が。所有者の給仕として」

 

 そこには、一種の誇りのようなものがあるらしい。

 この世界の給仕長は決して偉ぶらない。実に忠実だ。

 

「図らずも、上座下座で乳格差が生まれてしまいましたね」

「優位に立って申し訳ない思う、私は」

「「余計なことは言わなくていい!」」

 

 まぁ……俺の思い描く『忠実』とは、ちょっと種類が違うようではあるが。

 

「それにしても、随分と出発が早いよな」

 

 いくら二十九区が遠いからといっても、こんなに早く出る必要があったのだろうか。

 呼び出しは、今日の午後ということだったと思うが。

 

「『午後』という表現は実にあいまいだからな。正午を過ぎた瞬間に『遅刻だ、非礼だ』と騒ぎ立てる腹積もりかもしれん」

「酷い場合は、時間に遅れたとして、一方的に交渉破棄だと決めつけられることもあるんだよ」

「……子供じみた嫌がらせだな」

「貴族……、だからね」

 

 わずかな自嘲を含み、エステラが肩をすくめる。

 こいつは、自分が貴族であるという事実をどう受け止めているのだろうか。

 

 少なからず、その他大勢の嫌な貴族と同じような振る舞いはすまいと思っているようだが。

 貴族に対する付き合い方ってのは、やっぱり貴族にしか分からないものなのだろうな。

 

 労働もしないで金を得ているから、暇な時間にそういうイヤミなことをねちねち考えちまうんだろうな。少しはエステラを見習ってもらいたいもんだな。

 

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