「まずは、標準のモツを試してみてください」
白っぽい綺麗な桃色をしたぷるっぷるの物体が金網の上に載せられる。
マルチョウこと小腸だ。
まぁ、初心者には無難な導入だろう。
「ジネットちゃん、シマチョウ!」
「私はセンマイだ、ジネぷー!」
「欲しい思う、ハチノスが」
「アーシ、ミノ!」
「みのー!」
「じゃあ、私はギアラ☆」
「あの、とりあえず、順番で……ね、みなさん?」
次々飛んでくる注文に困った笑みを返すジネット。
ジネット、言っていいんだぞ。
「自分で焼け」って。
「うげぇ……マジで内臓じゃねぇか」
物凄く嫌そうな顔をするモーガン。
よし、まずお前が食え。
「じゃあ、モーガン。試食してみろ」
「はぁ!? なんでオレなんだよ!?」
まるで罰ゲームを受ける芸人のような表情をしている。
失敬な。
お前の育てた牛だぞ?
残さず食ってやることこそが生産者・消費者の責任だろうが。
「いらないなら……、ほれ、エステラ」
「やった!」
モツを楽しみにして、肉を抑えていたエステラ。
キラキラと瞳を輝かせてマルチョウをタレにくぐらせて…………食べる。
「ぅ…………あんまぁ~い!」
肉はかっすかすになるまで焼くエステラが、モツの脂身はイケるようだ。
くにくにとアゴを動かし、その食感を堪能している。
「んふふ……飲み込むタイミングが難しい」
とか言いながらも、顔はすごく楽しそうだ。
「はぁ……美味しい。その上ヘルシー。おまけに美容にいいなんて最高だね」
ヘルシーに関しては、部位によって脂の量が違うから一概にはいえないけどな。
特にマルチョウは脂が多いのが特徴だから。
「おいしい……の、ですか?」
レーラが、怖々と尋ねてくる。
「食ってみれば分かる」
「え……っ」
俺の言葉に頬を引き攣らせるレーラ。
すかさず、ジネットがレーラの取り皿に焼けたマルチョウを載せる。
「召し上がってみてください。苦手なら、お行儀は悪いですが、出してしまっても構いませんので」
「は……はぁ…………じゃあ」
箸を持つ手が震えている。
じっと小皿を見つめ、ちらっとこちらを窺うように視線を向けて、再びマルチョウを見つめる。
「い、いただき、ます……!」
意を決してマルチョウを口へ運ぶ。
「ん!?」
くにっ、くにっと、数度咀嚼して、そして「くにくにくにくにくにくにくに!」と物凄い速度で咀嚼を繰り返す。
「すごい!」
くにくにくにくにくにくにくに!
「噛めば噛むほど」
くにくにくにくにくにくにくに!
「甘みが出てきます!」
くにくにくにくにくにくにくに!
――って! もう、そんだけ噛めば十分だろう!? 飲めよ、早く!
散々咀嚼して、十分に堪能したところで嚥下する。
「これは……これが本当に内臓なんですか?」
「『モツ』だ。『ホルモン』って呼び方でもいいけどな」
「……モツ」
はぁ…………っと、呆けたような息を漏らすレーラ。
その顔を、待ちきれないというような顔でガキどもが見つめている。
「お母ぁーさん! どうだった? 美味しかったの?」
「美味しかった?」
「え? えぇ」
ハッとしてガキどもを見て、そしてもう一度じっくりと噛みしめるように口を閉じ、確信を持って言う。
「美味しかった。とても美味しかったわ」
「私も食べたい!」
「僕も!」
「オレも!」
最後にビビりの初老が名乗りを上げた。
お前、カッコ悪いなぁ……レーラの前に「オレが試してやる」って身を挺してこその恩人だろうが。こいつ、いまいち恩人に昇華されてないんじゃないか? 小物臭が隠しきれてない。
マルチョウを食い、一瞬で忌避感がなくなったようで、モーガンは次々に別の部位に手を出し始めた。
「ん! こっちは歯ごたえがすげぇな」
「それはミノだな。その歯ごたえが好きだってヤツは結構いるんだぞ」
実際、バルバラとテレサはミノがお気に入りのようだ。
「こちらは、脂身が少なくてあっさり……でも深い味わいが……」
「それはハツ、心臓だな」
「心臓!? ……食べちゃっていいんでしょうか、そんなところ」
「いいんだよ。美味いだろ?」
「……はい。とても」
レーラもいくつかモツを試していく。
モツの中でも好みが分かれるようで、レバーやハチノスなど、クセの強い物は賛否あるようだ。
「すまねぇ、酒をくれるか!?」
そして、ついにモーガンが酒に手を出した。
マルチョウを甘口のタレにチョイつけして、こりこりと咀嚼して、辛口の酒で流し込む。
「……っかぁー! うめぇ!」
湯呑み一杯分の酒を一気に飲み干す。
エステラが持ってきた、ナタリアお勧めの清酒だ。
リベカの麹を使って醸造される三十三区の酒だ。こいつは美味いとハビエルも太鼓判を押していた。
焼肉にはビールなんだろうが、辛口が好きだというモーガンに合わせてこっちを持ってきたのだが……どうやら甚く気に入った様子だ。
「とんでもねぇ物を持ってきやがったな、えぇおい、若ぇの!」
モーガンの吐く息が酒臭くなっている。
いつもよりも15%ほど目が据わっているように見える。
「なんであんな臭ぇ内臓が、こんな美味いもんに変わるんだ? こいつは臭ぇどころか、脂身のいい匂いがしやがる。吐け! 秘密はなんだ!?」
「俺がそれを教えたら、お前らがその方法を管理するか?」
「ん……?」
少々真面目な声音を出したらモーガンの顔つきが変わった。
「管理、だと?」
「あぁ。面倒ではあるが、誰にでも出来る処理方法がある。その方法を、牛飼いで管理・伝承してほしい」
「……いいのか? お前ぇらに、なんのメリットもない話に思えるんだが?」
まぁ、メリットはないわな。
だが、目に見えているデメリットを防ぐってだけでも十分価値はある。
「お前も言ってたろ。『肉屋』は競合しちまうって。こいつのせいで他の店が潰れちゃ後味が悪いからな」
それに、広めなきゃモツの流通は滞ったままになる。
それじゃ牛飼いの販路が広がったことにはならないからな。
「必要だとお前らが判断したところには教えてやって、それ以外は下処理済みのモツを売ってやればいい」
「ってことは、処理はオレらがやるのか?」
「肉の解体だって、お前たちがやってんだろ? その一環だと思えばいい」
「確かにそうだが…………ふむ」
技術をタダでもらえるというのは、とんでもないラッキーだ。
だからこそ、少々慎重にもなってしまう。
モーガンみたいな苦労人は特にな。
「それじゃあ、ウチがいい思いをし過ぎだ。収まりが悪くて尻がムズムズしやがるぜ」
「お人好しの領主が牛飼いと狩猟ギルドの軋轢を憂いていてな。こっちはそのとばっちりだ」
「しかしよぉ……」
「それに、この店をなんとかしたいって上司命令もあってな」
モーガンがエステラとジネットに視線を向ける。
俺の言い草に、「なんと言ったものか」と否定こそしないものの困り顔の二人。
そんな二人を見て、それでもモーガンは難しそうな顔で「う~ん……」と唸る。
「そんなに恩義を感じるなら、この二人に『ちょっとくらいおっぱい突っつかせてやれ』って説得してくれよ」
「君はバカなのかい?」
「ヤシロさん。……ダメですよ、もう」
俺にメリットがないことを気にしてるんだから、俺に分かりやすいメリットを提供してやることが解決への近道だろうが!
そもそも、大袈裟に言ってはいるが、お前らのために技術を放出することに変わりはないんだから、ちょっとくらい突っつかせてくれたっていいじゃないか! 減るもんでもないんだし!
「ちょっとくらい突っつかせてやれよ、乳くらい」
「初めて味方が出来た!」
「悪しき交友を広めるんじゃないよ、ヤシロ! 君も真に受けないようにね、ミスター・オルソン!」
「……もう! ヤシロさん、懺悔してください」
相変わらず懺悔は俺に回ってくるらしい。
それがダメとなると……他に分かりやすいメリットは…………
「じゃ、陽だまり亭にモツの優先権をくれ。大人気になって手に入らないことがないように」
「そんなことでいいのか?」
「それでいいよな?」
「はい。お店でどのように扱うかはまだ決まっていませんので、量は未定ですが」
ウチで焼肉をやってしまうとトムソン厨房の足を引っ張るどころか正面衝突して商売の邪魔をしてしまうから、モツは焼肉以外の方法で提供することになる。
そうだな。マルチョウがある程度あればそれでいいだろう。あ、ニラレバが食いたいからレバーも押さえておくか。
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